夜のスリザリン談話室に、2つの影があった。勿論今寮に残るスリザリン生は2人しかいないのだから、必然的にそれはアズミとリドルである。
「チェックメイト」
「あ」
「これで僕の10連勝だ」
リドルは自陣にあった黒のキングを取って指で遊ぶ。とびきり嫌味な笑顔で。疲れたアズミは、思いきりソファーに突っ伏した。
夕食後にリドルに談話室に呼ばれ、何が始まるかと思えばチェスに付き合えと言われた。基本的なルールしか知らなかったアズミが策士リドルに勝てるはずもなく、10戦10敗という戦績を叩きだすのは必然だった。
「どうする、もう一戦してみるかい?もしかしたら勝てるかもしれないよ」
ふて寝のように寝そべるアズミが面白いのか、まあそんなことは万一にも起こらないがな、と言わんばかりの口調で誘ってくる。
「…リドルが私をぼこぼこにするのが楽しいからやりたいだけでしょ。まあ、そんなに私に構ってほしいっていうなら付き合うけど」
「君の戯言に付き合う気はない」
リドルはぴしゃりと言い放つと、盤上の駒を並べなおし始めた。その反応にムッとしながらも、ソファーから起き上がる。
リドルは友達初日のときみたいに、直接的に探るような質問をしなくなった。それに加えて、軽口に言い返すことをしなくなった。おそらく直球勝負をすることが、話題を逸らしやすくしてしまっているということに気づいたのだろう。
力を使って自然と体が行った、軽口でリドルをけしかけて真相から逃げる、といった作戦を真似てこれからの追求を躱そうと思っていたアズミは、それが使えなくなって困り果てていた。
(まあ何か聞き出そうとするのをやめてくれたからいいけどさ)
きっとこうして駒を並べる今も、どうして昼に大広間へ来なかったか推理しているに違いない。何の質問もしてこないところに少し不気味さを感じながらも、わずかながらホッとする。
「アズミ。…アズミ!」
アズミが思考の海に沈んでいると、リドルに名前を呼ばれた。以前のような追求がないからか、心が油断していたのかもしれない。アズミは頭を軽く振ってから、大丈夫と答える。それにリドルは一瞬眉を潜めたが、何も聞いてこなかった。
アズミはへらっと笑って中央にあった白のポーンを動かす。チェスは白が先手だ。
***
試合中、ふとリドルが言った。
「もしなんでも願いが叶うとしたら、君は何を願う?」
アズミは突然されたその問に、ついリドルを見つめる。彼は盤上から目を逸らさず、ルークを動かして白のポーンを取った。
「どうして突然そんなことを?」
「チェスはいわばひとつの国軍を動かすゲームだろう?神のような立場で人に例えた駒を動かして戦うんだ。神だったらどんな願いでも叶えられる。だからもし自身が神ならばどんな望みを叶えるのか、アズミならどう考えるか気になっただけさ」
そう饒舌に話しながら、リドルはどんどんと白軍の中に攻め込んでくる。今回もまた、アズミが劣勢になってしまった。どうやらネックレスについて気づいたから質問したわけではなさそうだった。
ここは自分が素直に思うことを言ってみようか、と考える。この問に対するうまい答えを取り繕うのに自信がなかった。あまりいい行動ではないと思うが、そうしてみることにする。
「私は…そうだね、強い意志を持てるような人間になりたい。そう願うかな」
「意志?随分と変わった願い事だね」
「そうかな。でも、私はそれが欲しいんだよ。そしたら、きっともっと真っ直ぐ生きていけるんだよ」
リドルから視線を感じつつも、それを無視して黒のポーンを取る。
「つまり、君は今真っ直ぐに生きていないってことかい」
「…そんなのリドルから見ればとっくに気づいていたんじゃないの?まわりの人に対する私の様子を見てたら、なんとなくわかるでしょ?」
変に口が渇く。喉が張り付いてしまったように声が出にくい。生まれて初めて、ここまで人に本音を話しているからかもしれない。
リドルは頷いた。
「そうだね。アズミの処世術を見ていて君には自分のしたいことなんてないのかと思ったこともある。 君はあまりにも他人に合わせすぎているんだ」
「リドルはいつもうまく自分のいいほうに誘導しながら人を動かすから、優等生でありながら結構好きに行動できる。でも、私にそれはできない。あれしか上手に生きていく方法を知らない。おかげで私が本当に何がしたいのか、たまにわからなくなる」
自嘲するように笑いながらそう言う。リドルはそんなアズミの様子を見て、馬鹿にするように小さく笑い返した。
「確かにアズミは周囲にあわせて行動してるけど、君にはちゃんと確固たる意志はある。その証拠に、僕にはいつも強気だろう」
「…うん」
「あれは僕に正体を掴ませまいという君の意志が現れた態度じゃないか」
「あはは…そうだね。…、うん…そうだよ」
(…リドルに励まされてしまった)
リドルに慰められるだなんて、思いもよらなかった。できれば、こんな愚痴なんかいつものように馬鹿にして欲しかったのに。そうされると思っていたのに。
じんわりと、アズミの胸が暖かくなる。
「…なんか気を使わせちゃったね、ありがとう」
「別に、アズミに使う気なんて持ち合わせてない。本音だ」
「それでもだよ。ありがとうリドル」
そういって笑いかけると、リドルは何か変なものを見たような顔をした。ただ、それも一瞬だけですぐに元通りのリドルになる。
「チェックメイト」
「あ、」
白のキングが、無惨に崩れ落ちた。