美しい装飾のされたティーカップを、ゆっくりと傾ける。そうすれば、ほのかな甘みと豊かな香りが口いっぱいに広がった。アズミは思わず、声をあげる。

「おいしい…!」

「気に入っていただけたようで何よりじゃな」

ダンブルドアは、そう言って笑った。

アズミがダンブルドアに連れてこられたその部屋には、ひどく不思議な空間が広がっていた。最初に起きた部屋に似て様々な本が山積みにされており、謎の怪しげな物品が大量に置かれている。なので、一見するとごちゃごちゃとしているように思えるが、それでいて何故かまとまっているような印象を受けた。

そんなダンブルドアの自室に呼ばれたアズミは今、彼のいれたおいしい紅茶を頂いている。一口飲んだだけでその豊潤な香りが広がるその紅茶は、間違いなく今までに飲んだ紅茶の中で1番おいしかった。

「さて、落ち着いたところで話を聞いてもよいかの?」

ゆったりと、それでも確かに真剣さを帯びた声色で為されたダンブルドアの問いかけに、アズミは手の中の小さなティーカップをソーサーに戻してこの部屋に来るまでに悩んでいたことを思い返した。

(一体どこまで本当のことを話していいの?)

「名前はアズミ・エノモトといいます。ファーストネームがアズミで、ファミリーネームがエノモトです」

とりあえず名前を名乗ることで間を繋いでおこう。そんな考えを見透かすように、ダンブルドアはアイスブルーのきらつかせた。

「アズミか。いい名前じゃな」

社交辞令的なやり取りに、少しだけ息が詰まる。それでも、おそらくそんな思いを持っていることなどまるでわからないような顔をできている自信があった。全く違う外見になったところで、やはり染み付いた身の振り方は抜けないようだ。

「早速本題に入るようで悪いが、おぬしは一体どこからきたのじゃ?あそこは隠し部屋の一つでな、その中でもおそらく儂しか知らないような場所なんじゃ。先ほどの口ぶりからしてアズミはここの生徒ではないのじゃろう?」

「…はい。それで…」

「できることなら正直に全てを儂に話してほしいと思っておる」

「!」

まずは移動中に考えていたそれらしく聞こえる嘘を言ってみよう、というアズミの心を読んだかのようにダンブルドアはそう告げた。 半月型のレンズの奥にあるアイスブルーには、確かな意志のようなものが光っている。こちらが嘘をつこうとしていることが、バレている。

(ああ、やっぱり駄目だ。いくら私の知っているダンブルドアより若いといっても、この策士には敵わない)

一時でも騙せていると思った自分が恥ずかしくなる。元いた世界で通じた程度の外面が、魔法界を生きるダンブルドアを欺けるわけがない。

話すしかないのか。

アズミは一度大きく深呼吸をして心を決め、ダンブルドアの瞳をまっすぐに見つめた。

***

「ほう…。そのようなことが起こりうるとは…。いやはや驚かされた」

「本当のところ、私が1番信じられないんですが…」

長い話を終えた頃には、手元の紅茶は冷めきってしまった。

アズミはダンブルドアに全てを伝えた。違う世界から来たこと。そこにはこの世界の未来が書かれた本があること。自分の外見が別のものであること。本来はもっと年齢が上であること。もちろん未来については詳しく説明しなかったが、ダンブルドアは所々相槌を打ちながら黙ってそれを聞いていた。

アズミから聞いた内容を咀嚼するようにうんうんと頷き、それから顔をあげて虹色の瞳を見つめる。

「…それで、アズミはこれからどうするのじゃ?」

「へ?」

話した内容…特に未来ついて深く聞かれると思っていたのに、そのような素振りを見せないダンブルドアにアズミは思わず変な声を出してしまった。まあ聞かれても困るからよいのだろうか。

「…どうしたらよいのでしょう…」

心の中ではどうしたいかなんて決まっているが、それを自分から言うのは図々しいように思える。困ったように目を泳がせれば、ダンブルドアが言った。

「中身が大人であろうと、その外見なら大丈夫であろう。だから、ホグワーツ魔法学校に編入してみてはどうじゃ?」

編入するならおそらく5年生からになるだろう。大変だろうが、他に行くところもなかろう。そう付け足して微笑むダンブルドアは、やはりこちらの心を読んでいるのではないだろうか。

それは、アズミの願望をきれいさっぱり叶える提案だった。

(開心術でも使われてるのかな…)

思わずそう疑ってしまった。だからといって、開心術が使われているかどうかなんて関係ない。もうこちらの答えは決まっている。

「わかりました。ぜひ編入させてください」

そうして、願ったり叶ったりなその提案を二つ返事で承諾すれば、ダンブルドアは青い目を細めてにっこりと笑った。

***

ホグワーツ編入を即答で決めた後で、アズミはあることに気づいた。

「あ、あの…ダンブルドア…教授?」

「何じゃ?」

「その、ホグワーツに通うと言ったはいいんですが、あの、私…魔法が使えるかどうかわからないんですが」

アズミはしどろもどろになりながら、膝の上に置いた握りこぶしをぎゅっと強ばらせながら言った。

今、アズミはダンブルドアと日本語を話す感覚で英語を話している。これはアズミが元々英語をできたから、というわけではない(むしろ英語は苦手な方だった)。おそらくトリップしたおまけみたいな感じで頂けた能力みたいなものなのだろうが、真相はわからない。

ただ、これと同じような要領で魔法を使える能力も頂けていたらいいなとポジティブに願っているのだ。むしろ、これで魔法が使えなかったらホグワーツに通うことはできなくなるだろうから、今のアズミにとってこの問題は何よりも重要な物であった。

おずおずと言葉につまりながら質問したアズミに対して、ダンブルドアは少し目を細めて探るようにこちらを見ると、少し微笑みながら頷いた。

「……それに関しては、どうやら何の問題なさそうじゃ。こうして向かい合っていても、アズミからは強い魔法の力を感じる。使えないどころか、頭一つ飛び抜けた才を持っているようじゃの」

「ほ、本当ですか!」

どうやらトリップした先で特別な才能を持ってみたい、という願いまで叶ってしまったようだ。そんな喜びで、思わず大きな声が出てしまう。神様は、随分とアズミにサービスしてくれたらしい。最初は子世代にトリップして話の本編に関わってみたかった、とこの時代に来てしまったことを少し残念に思っていたが、これだけサービスされたらもうそんなことはどうでもよくなってしまった。

この時代にやれることなんてあるかわからない。それでも自分の意志で何かを成し遂げてみたい。そのために必要な力を得てここに来たのだから。来たのだと、信じているから。

そんな明るい思いが、アズミを包み込んでいた。こんなに希望的な気持ちになったのはきっと生まれて初めてのことだった。

***

その後、ダンブルドアに少し魔法界の話をしてもらい、それからディペット校長に会って直接編入の願いをしにいった。あまりトリップのことは口にするべきではないというダンブルドアの助言の元、彼にはダンブルドアほど詳しく事情を話さなかったが、案外あっさりと編入を了承してもらえた。

そうして今は、最初に目が覚めたあの部屋に戻ってきている。寮が決まるまでの間は、ここにお世話になることになったからだ。ふと天井を見上げれば、起きた時に昇っていた太陽はもうすぐ沈もうとしている。アズミはまるで保健室にあるような簡素なパイプベッドに腰をおろした。

「あーあ…。なんかとんでもないことになってきたなぁ」

ハリー・ポッターの世界へのトリップ。美しい外見への変身。英語をしゃべれるようになる。ホグワーツ魔法学校への編入。才能の獲得。

なんというか、1日でやれるようになったことがあまりにも多すぎた。しかもその全てがアズミが望んだことである。ここまで来ると、逆に恐ろしい。けれど、そんなことでびくびくはしていられないだろう。

「これを期にちゃんと自分を変えてみせる!」

アズミは拳を天井に突き上げ、盛大な独り言を叫んだ。本音を言える自分に、ちゃんと自分の意思で動ける自分になるのだ。そう心に刻み、まだ少し明るいがベッドに倒れ込む。なんだか気が抜けてしまい眠気が出てきてしまった。夕食は食べていなかったが、胸がいっぱいでご飯が喉を通りそうにない。このまま寝てしまおうと決めてアズミは目を閉じた。

その時、アズミは考えもしなかった。

ディペットが言っていた、世話係としてつけてくれるという優等生のことを。その、ホグワーツ史上最も優れていると言われる天才少年のことを。

***
追記

夢主の名前は、夢主が海外にいると自覚した瞬間からカタカナ表記に変えてます。

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