杖を振る。頬を汗が伝う。顔の真横を粉々呪文がよぎっていく。
アズミは今、これまで平穏を目指して生きていた自分が味わったことのない、鋭い緊張感に襲われていた。
リドルの攻撃を防ぐのに手いっぱいで、アズミは少ししか攻撃呪文が打てていない。心臓めがけて爆発呪文を放ってくるあたり、先程の宣告は本当のようだ。もしかしてこの機に自分を始末しにきてるのではないかと思うほどに、リドルは本気で攻撃してくる。
弾いても防いでもすぐに次の呪文が飛んできて、この数分の間で何度も命の危機を感じた。その度に、手から杖が滑り落ちてしまいそうになる。
(これが戦い…。怖い。でも、ここで立ち向かわなきゃ。逃げちゃ駄目だ!)
強くなりたい。絶対に諦めたくない。全ては成し遂げるべき事のために!無我夢中で、アズミは魔法を使い続ける。どんな呪文を使えばいいかなんて判断する時間もなく、本能のままに思いつくものを放ち続けた。
そんな時、
「エクスペリアームス」
「アグ、っ!」
目の前から飛んできた炎を水で消そうとした瞬間、赤い光が手元を襲った。そうすれば、力を込めて握っていたはずの杖はあっさりと拳からすり抜けて、弧を描きながらリドルのところへ飛んでいく。
どうやら、アズミの負けのようだった。
そうわかると急に気が抜けて、疲れからかその場に座り込んでしまう。そうして真正面にいる勝者を見上げた。決闘中はほとんど意識がなかったので気づかなかったが、リドルも汗をかいていた。
もしかしたら結構いい勝負だったのかもしれないなんて、いいように解釈するぐらいは許されるだろうか。
(っていってもリドル笑ってるし、余裕だよね。運動して暑くなっただけか、悔しいなあ)
ローブの裾でぐいっと汗を拭って笑う。戦っている最中は怖くてしょうがなかったが、終わってみればなんだか楽しかったような気もした。
リドルはアズミの杖を持ってこちらまで歩み寄ってきた。しかし、何も言わずに目の前でわずかに立ち止まって動く気配がない。けれどひと瞬きの後に、身じろぎを見せる。そんな動作は、なんだかリドルらしくない。
「?」
アズミが首を傾げてみせると、リドルはいよいよハッとしたように瞬きをして杖を渡してきた。
「あはは、負けちゃった」
そう言えば、やはり鼻で笑われた。
「当たり前だ。僕に勝てるわけないだろう」
「だよね」
リドルはふんぞり返るように、腕を組んでこちらを見下ろしてくる。なんだ、いつも通りだ。
(あ、そうだ)
アズミは戦いで乱れた髪を手ぐしで整えながら質問する。
「ねえ、リドル。どう?私に訓練をしてくれる気になった?」
「毎週土曜の夕食後」
「え、」
「場所はここで。いいな」
有無を言わせない言葉に、アズミは瞬きをしてリドルを見つめた。リドルは、そんな視線から逃げるかのようにくるりとこちらへ背を向け、出口へ歩き出す。
「、リドルー?」
「期待以上だった」
「へ?」
突然言われたお褒めの言葉に、気の抜けた声がこぼれた。けれどそれに応えることもなく、リドルは部屋を出ていってしまう。アズミは、閉められたばかりの扉を思わず凝視した。
(…リドルが私を褒めるなんて)
「うーん、やっぱり何かおかしい?」
アズミは1人、舞台に座って去っていった優等生を思って頭を抱えるばかりだった。