やがてクリスマス休暇は明け、生徒達がホグワーツ特急から降りてどんどん校舎にやってくる。人がまばらなために数日間静まり返っていた廊下もいつもどおり活気に満ち始め、誰もが休暇中の話を友人と楽しんでいた。
そんな中、アズミは名前も知らない人達にずっと声をかけられ続け、それに答えなければならないので初日からダウン寸前だ。
(リドルとのクリスマス休暇があまりに楽すぎたから差にやられそう…)
引き攣りそうになる笑顔を何とかいつも通りのものに変えて、少しずつ廊下を進む。足がだるくて重い。いい加減限界を迎えそうになった時、急に周りから人が離れていくのを感じた。なんだ?と後ろを振り向いた瞬間全身に凄い衝撃が走る。
「うっ!」
きらめく眩しい金色に視界が埋め尽くされた。
「カ、カナリア?」
「そうだよアズミ!お久しぶり!元気だったー!!?」
ぎゅうぎゅうと苦しいほどに抱きつかれる。なんとか両腕をカナリアの背中に回してぽんぽんとあやすように叩いた。
ちなみに、ハグという文化に対して日本人らしく戸惑い恥じるといった可愛らしい面をアズミは持ち合わせていない。(それどころか挨拶と称してハグをすることで、しつこく構ってくる男子生徒を照れさせ引き剥がすという所業すら成し遂げている。ハグの習慣がある外国人を照れさせるほど今のアズミは魅力的な容姿をしているのだ)
腕の中で何かをきゃーきゃーと話続けている彼女に適当な相槌をうっていれば、横を通る人達はこちらを気の毒そうにみて去っていく。スリザリン1の問題児に絡まれているがそれを邪険にできない優しい不憫な少女とでも思われているのだろうか。
これからはカナリアを傍に置こう、とアズミが心の中で決めながら廊下のど真ん中で抱き合い続けていると不意に腕の中から体温が消えた。
「全く、何をしているのカナリア。アズミを困らせるのはやめなさい」
「エミリア、久しぶりだね!」
「ええ、お久しぶりですアズミ」
エミリアは嬉しそうに笑う。
「うーっ!離してよエミリア!助けてアズミー!」
その手には首根っこを掴まれた暴れる金髪の少女が一人。アズミはそんな光景に曖昧に笑って、彼女たちのクリスマスに関する話を聞きながら大広間へ向かった。
***
カナリア効果で人にあまり声をかけられることなく大広間へ着いたが、出入り口付近に、何故か動く人だかりができていた。しかも、その塊は女子生徒だけで構成されている。エミリアはそれを見て目を細めた。
「あら、何でしょうあれ」
「んー何だろう。今日ってなんかあったかな?」
「姫と数週間ぶりに再会できたよ!」
「カナリアは黙っていなさい」
エミリアに話をばっさりと切り落とされ、カナリアはショックを受けたように固まる。アズミはそんなカナリアを慰めつつ、興味本位で歩幅を広げてその人だかりに近づいた。そして、人だかりまであと5メートルくらいのところまで接近して、小さく「ああ」と呟いた。
「久しぶりね、会いたかったわ!」
「そうだねMs.ルベルト」
「休暇中に以前貴方がおすすめしてくれた本を読んだのよ!とってもとっても面白かったわ」
「本当かい?ありがとうMs.ロック」
「この間貴方が気になるっていっていた珍しい魔法石、ルーマニアに行ったから買ってきたの。あげるわ」
「気なんて使わなくてよかったのに…僕のためにありがとうMs.サリヴァン」
…リドルがこぞって寄ってくる女子生徒に笑顔で対応していた。笑顔こそ優等生だが目が死んでいる。普通の人にはわからない程度ではあるが。これは後で愚痴に付き合うべきかもしれない、とアズミは珍しくリドルを心配してみる。
そんな時、ふと、そういえば隣を歩く2人はリドルをどう思っているのだろう、と考えた。アズミは、そろそろと左右の様子を伺う。しかし、隣を見てもエミリアは人が邪魔だと言わんばかりの顔をしているし、カナリアはまた意味のわからないことを独りで話続けているままだ。彼女たちはリドルに興味がないようである。アズミはなんとなく、ホッとしたように息をついた。
人ごみの理由もわかったので早く大広間に入りたいと思い、目の前の女子生徒で出来た塊を避けて3人は入口に向かうことにした。面倒事に初日から関わる気はないのだ。
と、そう思っていたのに。
「ああ、アズミじゃないか。やっと見つけたよ」
後ろから投げかけられた悪魔の呼びかけによって、アズミの希望は無残にも崩れ落ちていくのだった。
ゆっくりと振り返れば、リドルが早歩きでこちらに迫ってきていた。その目は先ほどよりわずかながらに活き活きしている。その勢いのまま強く肩を叩かれた。
「今朝君が教えてくれた本、とっても役に立ったんだ。だから早くお礼が言いたくて」
何も教えていないのですが、とは言えない状況だ。そうわかっていて話しかけてくるところに腹が立つ。アズミもリドルと同じように笑顔を取り繕った。
「別に気にしないで。他のところでいつも沢山助けてもらってるから、お互い様だよ」
「そんな風に謙遜しなくてもいいのに、でも本当にありがとう"アズミ"」
その整った唇で美しく弧を描いてそう囁くように言い、リドルは大広間の中へ入っていった。
(?なんだろう今の…)
妙に強調して名前を呼ぶことに意味があるのだろうか。よくわからないのでとりあえず無視しておくことにして続くように大広間に入ろうと思った。アズミは、横にいるエミリアの袖を引っ張る。
「何か立ち止まらせちゃってごめんねエミリア、カナリア。私たちも入「何ですか今のは」
「え?」
長身のエミリアを見上げる。エミリアは目を見開いて、呆然としたように立ち尽くしていた。
「リドルのあんな顔初めて見ました…というか彼、アズミのことを名前で呼んでいるんですか?」
「え、クリスマス休暇前から…というか最初に会った時からそうだったけど。というかいつもあんな顔じゃない?」
アズミにはエミリアが何故そんなに驚いているのかがわからない。質問の意味もわからない。しかし彼女はこちらの返答にさらに驚き信じられないといった顔をする。
「リドルが女子生徒のことを名前で呼んだことはありませんよ。これまで気にしたことがなかったので気づきませんでしたが…。それにさっきの笑み、アズミと話す前とは全然違ったじゃないですか。なんていうか、本当に楽しそうでしたよ彼。気づかないんですか?」
「いや、あんまりリドルが他の子にどう対応してるかとか見ていないというか…だって私がいるとリドルがこっちに来るし」
編入して1ヶ月の間はこちらの素性を探るために接近してきていたし、その後から休暇前までの間は初めてネックレスを使って意識不明になったりカナリアに絡まれたりでリドルを観察する暇がなかったのだ。
(…というか、どう考えてもさっき楽しそうにしてたのは、私と話したからなんて可愛い理由じゃないよね、これ)
アズミは目だけを使ってぐるりと周りを見渡す。後ろでリドルを囲んでいた女子生徒たちがこちらに向かって鋭い視線を送ってきていた。他にも遠巻きに見ていた生徒がざわめいている。誰もがエミリアと同じように驚いているのが手に取るようにわかった。
絶対に確信犯である。
「アズミ?エミリア?何してるの?早く入ろうよ」
強い力で腕を引っ張ってくるいつも通りのカナリアに少し安堵しつつ、未だにぽかんとしたエミリアを連れて大広間に入る。なんだか面倒なことが始まりそうだ、とアズミはバレないように溜息をついた。