その日の晩、エミリアが突然言い出した。
「アズミ、貴方ってリドルとお付き合いなさっているんですか?」
「…え?」
アズミは夕食を食べる手を止めて左隣にいるエミリアを見た。エミリアは、なに食わぬ顔でスープを黙々と口に運んでいる。
「まさか、そんなわけないよ。突然どうしたの?」
「ですが、学校中が今その噂で持ち切りですよ」
「…嘘でしょ?」
「本当です」
周りを見てご覧なさい、と言わんばかりに視線で合図された。それに従い、バレないようにそろそろと目を動かす。
他寮は勿論のこと、スリザリン寮のテーブルでも半分くらいの女子生徒がアズミの方を見ては何かを囁いてる。観察されるような目で見られて、全身にまとわりつく気持ちの悪い感覚が走り不愉快極まりない。
「本当だ…」
あまりに慣れない感覚から、つい周りを見ることを忘れていた。エミリアはその呟きに大きく息を吐いて肩を落とす。
「リドルは学校のアイドルですから。そんな彼の前に突然現れて初めてその心を開かせた女、なんて1年生の頃から彼をみていた皆さんは良い気持ちをしないのでは?」
「心を開くとか、大袈裟だと思うよ」
「とにかく、付き合っていないということなら、こういった嘘は早めにすっきりさせましょう。カナリア!」
「はーい!」
アズミは、元気に返事をした右隣のカナリアをみつめる。なんだかやる気に満ち満ちた顔をして深呼吸をし始めたカナリアに不安にならざるを得ない。
呼吸のリズムを整えたカナリアは、こっちに向かってぐいっと顔を回して大きく息を吸った。
「結局アズミってリドルと付き合ってるの!?」
地声の高い彼女の声はよく響く。瞬間、大広間中が静まり返った。
突然のことにアズミが目を瞬かせていると、エミリアがそっとテーブルの下で手を握ってくれた。そこで彼女たちの作戦を察し、アズミはそれに乗る。
「いや、まさかそんなわけないでしょう?名前呼びなのは私が最初に会った時にお願いしたからだよ。きっと編入することになって緊張してた私のために気を使ってお願いを聞いてくれたんだと思う。それに笑顔が出たのはずっとリドルが探してた本を見つけてあげたからだって。私なんかがリドルと付き合えるわけないよ」
手を胸の前で横に振りながら、恐れ多いといった顔をする。カナリアはその言葉に、「そっかー」と呑気に言ってまた夕食のハンバーグがのったプレートに目を戻した。
と同時に大広間がまた騒がしくなった。向けられる黒いものが和らいでいく。「なんだ、勘違いだったの」「最初に言い出したの誰よ」とそこらじゅうから安堵の声が聞こえてきた。
アズミはそっと両隣に手を伸ばし、テーブルの下で手を握る。
「ありがとうエミリア、カナリア」
そう言えば、2人は少し得意げな顔をして笑った。
***
夕食を終えて、3人で喋りながら寮へ帰る。廊下を通る時、また休暇前のように皆が話しかけてくれた。
「…なんていうか、ここまであからさまだと何も言えないや」
「人間なんてそんなものですよ」
「あー!エミリアがなんか哲学みたいなこと言ってるー!」
「黙りなさい」
エミリアがカナリアの頭に鋭いチョップを食らわせる。凄い音がして、思わずカナリアを心配してしまうほどだった。
「大丈夫?カナリア」
「へーきへーき!」
にこにこと笑いながら腕を組んでくる彼女に微笑む。
アズミは、とても幸せだ、と思った。
元の世界ではいつも相手の顔色を窺うことが癖のようになっていて友達とちゃんと呼べる人がいたかどうか微妙だった。でもここではそんなことをしなくても笑い合える人たちがいる。それがとても嬉しかった。自分の口角が自然とあがっていくのが、はっきりとわかる。
「…アズミ、どうかしたのですか?」
「ううん、何でもないよ」
そう言いながらエミリアの腕に空いている方の腕を絡ませる。それに一瞬驚いた顔をしたが、彼女は優しく笑って何も言わなかった。カナリアもまた、そんな笑みに合わせて大声で笑う。両腕に感じる暖かな温もりに安らぎながら、アズミはゆっくり歩いた。
また、途中、遠くで「私のことも名前で呼んでくれる?」と何人もの女子生徒に絡まれているリドルを見かけたので、アズミはとびきりの笑顔を送ってあげた。