「やあ、君が編入生かい?」
そう言ってアズミの目の前に立つのは、見る人全てを魅了するような笑顔を浮かべる美青年だ。
完璧な、偽物の笑顔。
「…はい。はじめまして、アズミ・エノモトといいます。あなたが私の世話係になってくださるという方ですか?」
ああ、お願いだ。頼むから、違うとは言ってくれないだろうか。そんなアズミの儚い期待は、一瞬のうちにかき消されてしまった。
「そうだよ。僕はトム・マールヴォロ・リドル。よろしくね、アズミ」
「こちらこそ、どうぞよろしくおねがいします…」
青天の霹靂。
アズミが密かに考えていた楽しい夢の魔法界ライフ計画が、ガラガラと崩れ落ちていく音が聞こえた。
***
遡ること2時間前。
前日にあのままぐっすり寝入ってしまったアズミの目が覚めたのは、次の日の朝8時だった。また昨日のように天窓から差し込む朝日に起こされて起き上がると、ベッド横にあるサイドテーブルに、サンドイッチの入ったバスケットと中身がぎっしり詰まった革の小袋、置き手紙が置かれていた。
そしてその手紙の差出人はダンブルドアであり、中には、今日は休日なので世話係と共に学校で必要なものを買い揃えてきなさい、という趣旨の言葉が書き留められていたのである。手紙を読み終えた時、アズミはハッと顔をあげた。
(買い物ってことは…あのダイアゴン横丁に行けるの!?)
ファンにとって、ダイアゴン横丁は夢の聖地である。テンションがあがらないはずがない。
その手紙によると10時に門のところへ行けば、昨日ディペットに言われた『世話係』の人と合流でき、その人と共に買い物へ行けるらしい。アズミは世話係がどんな人なのかと想像しながらサンドイッチを頬張り、部屋のクローゼットの中にあった白地のワンピースを着てそこへ向かった。
アズミは、手紙に付け加えるようにして書かれていた、人目につかない門への行き方に従って、夢にまで見たホグワーツ魔法学校の廊下を歩いた。動く階段に肖像画、気になるものはたくさんあったが、足を止めている暇はない。
そんなふうにしていろいろと我慢しながら歩いて門まで行けば、そこにはもう人影がある。 相手を待たせないためにと、待ち合わせ時間の15分前に着けるよう部屋を出たはずなのに、と思いつつ、突然『世話係』などという役割を与えられただろうに、休みの日にこんなに早く来てくれるだなんて律儀な人だ、と感謝の念を抱いて人影に小走りで近づいた。
そして、話は冒頭に至る。
(まだヴォルデモートになってない時代だろうとは思っていたけど、まさかこんなことになるなんて…!)
「同い年だから、敬語なんて使わなくてもいいよ?」
アズミが緊張していると思ったのか、リドルは明るく笑いかけてくる。とりあえず声が震えないように、警戒してるのがバレないようにしなければならない。
「そう?わかった。…えーっと」
「好きに呼んでくれればいいよ。トムでもリドルでも」
「…うん。よろしくね、リドル」
…トムって言った一瞬だけ、瞳の色が赤くなった気がする。きっと気のせいではない。アズミは背筋が凍りそうだった。ただ、勿論リドルはそんなこちらの事情など知らないので、着々と話を進めていこうとした。
「自己紹介も済んだところだし、そろそろ行こうか?」
「うん。でもどうやって行くの?」
「ポートキーを使うんだ」
「ポートキー?」
アズミは知らないふりをして首を傾げながら、自分より背の高いリドルを見上げた。
「遠いところに一瞬で行くことができる道具だよ」
「へぇ、すごい!」
リドルはポケットから金色の美しい装飾の施された手鏡を出した。そして『魔法なんて知らないマグル』のアズミにポートキーについての簡単な説明を始める。ポートキーというアイテムについての基本的な情報は勿論知っていたが、それにしたってリドルの説明はわかりやすかった。
(流石に何年も優等生をやってるだけあるね)
小さく頷きながら、リドルの姿に少しだけ自分の学生時代が思い出された。彼と同じようなことをしていた優等生な己の姿が、脳裏に浮かび上がっては消える。
「えっと、じゃあ今回はその手鏡をポートキーにしてあるってことね」
「そういうことだね。それじゃあ行こうか?」
まるでダンスにでも誘うかのように、リドルはアズミに優しく手を差し伸べた。リドルは自分以外には毛程も信頼を置かないような人だから、きっと他人に触られることなんて死ぬほど嫌いだろう。なんてそんな予想をして、けれどそんな予想された負の感情を微塵も感じさせもしない雰囲気のリドルに、よくやるものだと感心する。
アズミは、できる限り触れないようにとやわらかくリドルの手をとった。そして、もう片方の手で手鏡を触る。
数十秒後、視界が大きくぐにゃりと歪んだ。