目を開ければ、そこは夢の国でした。
まさにそんな感じ。
「うわあ…!!」
目の前に広がる町並みに、アズミは思わず感嘆の声を漏らした。ダイアゴン横丁はもう入学の時期をとっくに過ぎているはずなのに、沢山の人に溢れていた。見たことのない不思議なものたちがたくさんあって、それに思わず心が躍る。
ちなみに、ここの世界は向こうの世界と同じくらいの時期で、現在は11月の中旬らしい。本当はあのハロウィーンパーティーに参加してみたかったのだが、残念ながら間に合わなかったようだ。少しだけ残念である。まあそんな贅沢は言うべきではないだろう。アズミは目の前にある本物のダイアゴン横丁に興奮しながら、そう思った。
そしてそんなふうにテンションがあがって珍しく素の表情ではしゃぐアズミでは、リドルが自分の横顔を探るような目で見ていたことに気がつくはずもなかったのである。
***
「さあ、まずはここからだ」
そう言ってリドルがアズミを最初に連れてきたのは、憧れていたオリバンダーの杖屋だった。そこは実際に目の前にすると、思っていたよりも随分とこじんまりしているな、という印象を受けた。ただ、長い歴史によって生まれた貫禄のようなものが滲みでていて、アズミは思わずごくりと唾を飲んだ。
(ああ…!緊張して手が震える!)
一応ダンブルドアには飛び抜けた魔力を持っていると言われたものの、やはりアズミには自分が魔法使いになっているなどとは信じられなかった。もし魔法が使えなかったら、杖が全く反応しなかったらどうしようと頭を悩ませた。
それでもずっと入口に立っているわけにもいかないため、勇気を振り絞って扉を開ける。オリバンダーは、入店してきたアズミを見て笑いかけてくれた。
「やあ、お嬢ちゃん。話はダンブルドアから聞いてるよ」
それじゃあ早速だけど、杖腕はどちらかな。オリバンダーがそう聞こうとした瞬間、店中が大きく揺れた。
「えっ!?」
日本ならすぐに地震だろうと判断してしまうが、如何せんここはイギリスだ。そうそう地震に巡り合うはずがない。何事かと周りを見回す。
アズミのように状況を確認しようとしているリドルと、驚きながらも興奮したような表情を浮かべるオリバンダーが視界に入った。
「こりゃあすごい!こんなことは初めてだ!」
「こんなこと、とは…?」
「店中の杖が君に選んで欲しくてうずうずしているのだ!」
目を輝かせて、オリバンダーはそう言った。よく見れば棚に入っている杖の箱が激しく振動しているだけで、他の物…電灯や椅子なんかは揺れていない。それでも数え切れないほどの杖が揺れているため、店中がぎしぎしいうほどの力が発生しているようだ。
こんなことが起こるなんて原作には書いていなかったし、それにそんなことを考える余裕もなかった。アズミは凄まじい音を立てて揺れる杖の箱たちを見ながら慌てて言った。
「あ、あの。私が杖を決めないとこの揺れは収まらなさそうですし…早く決めてしまいませんか?」
アズミはさっと利き腕である杖腕をみせて測ってもらい、早急に杖を決めてしまうことにした。自分のせいで老舗杖店、オリバンダーの杖屋が壊れたら洒落にならない。
「おお、そうだね」
オリバンダーはそう頷くと、変わらず嬉しそうな顔をしたまま手際よく出されたアズミの杖腕の寸法を測り、店の奥に引っ込んでいった。
***
「アズミは随分と人気者なんだね」
リドルが笑いながらアズミにそう言ったのは、オリバンダーの杖屋を後にした時だった。
アズミの杖は思いのほか早く決まった。買ったのは『クチナシに不死鳥の羽。二十三センチ。バネのようにしなやか』である。
オリバンダー曰く、「この杖に選ばれる者が私の生きているうちに現れるとは思わなかったが、君ならば納得の品だ!」らしい。
聞くと、オリバンダーの杖屋が創業してすぐの時期に作られて以来どんな魔法使いも使いこなせなかった杖なんだとか。本来は杖に使わないクチナシの木を使って作られた、初代オリバンダーが遊びと実験を兼ねて生み出した所謂『試作品』らしい。ただ、やはりこれまでにも杖に使われてこなかった素材によって作られた故に、杖として機能する状態でできたクチナシの杖は最初に作成したこの1本のみだという話だ。ああ、なんて肩書きをもって作られた杖なんだろう。仰々しいことこの上ない。
「うーん…。杖に人気でも困るんだけどね。喜んでいいのかな」
曖昧に笑いつつ、リドルの横を歩く。次は教科書を買いに行く予定だ。アズミは石畳の道を見つめながらため息をついた。そんなアズミに、リドルは言った
「でもあんな風に杖からアプローチされるのは君が初めてだってオリバンダーさんが言ってたじゃないか。
それに長年どんな人にだって使われたがらなかった杖なのに、アズミに使われたいとその身を震わせたんだ。喜んでいいと思うよ」
「私に使いこなせるかな?」
「君は選ばれたんだ。使えるさ」
リドルは優しく笑って、あくまでもにこやかな姿勢を保っている。が、あの杖の様子を見てから明らかに最初とは態度が違うように感じられた。
(笑うときの目の細め方から口角の上がり方まで全部完璧なんだけど、なんか怖い…んだよね)
すでに手遅れかもしれないが、アズミはリドルに怪しまれないように笑いながら買い物をして回った。