コツコツコツ。

静まり返ったホグワーツの階段を降りる足音が、小さく響く。校舎から少し離れた南の塔にある最初に目覚めた部屋から、指示された大広間近くの踊り場に行くと、やはりそこにはもう彼がいた。

「やっぱり、リドルは早いね」

その声に反応して、リドルはゆっくりとアズミの方に振り返った。

「いや、そこまででもないさ。でも早くアズミに会いたくて、つい早足で来てしまったのかもしれないね」

「お世辞でも嬉しいよ。ありがとうリドル」

本気なんだけどね、と言ってリドルは眉を下げる。ただ、アズミはそんな懐柔作戦に絆されるような甘い性格はしていないのだ。それに、正直原作での悪いリドルの印象が強いため、そんな顔をされても可哀想に感じるだけである。

(本音と逆のことするのって、すごい気分が悪いし疲れるんだよね)

得体の知れない編入生のお世話なんて面倒くさいだろうに、優等生で居続けるためにこうして気を配らせているのが少し心苦しかった。

「それじゃあ行こうか。皆アズミの登場を待ちわびているよ」

そうリドルに促されて、歩いてすぐのところにあるらしい大広間へ向けて歩き出した。

***

「さあ、ここだよ」

リドルはそう言って立ち止まった。リドルとアズミが立っているのは、大広間に入るための大扉の前だ。木造で、身長の何倍も大きい重厚な扉がそこに佇んでいる。

アズミは、リドルに緊張していることがバレないようにしながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。話によると、どうやら夕食前の時間を使って全校生徒の前で挨拶と組み分けを行う手はずらしい。まさかそんな大々的に行われるとは思っていなかったアズミは、つい緊張してしまって手のひらに変な汗をかいていた。

(変に緊張して怪しまれるのは避けたいなぁ。……大丈夫、大丈夫。こんなの現実世界でもやってたことじゃない)

アズミは、学生時代に先生に頼まれて断りきれずに生徒会副会長になり、大衆の前で演説をしたときのことを思い出す。その時も最後まで噛むこともなく立派な副会長になりきることに成功したのだ。これはそれと同じだ。そう何度も何度も強く自分に言い聞かせる。

私は人前に堂々と立つことができる。自信に満ち溢れる、それでいて謙虚な、人の上に立てる人間だ。

かちり。スイッチが切り替わる音がした。

リドルがドアの取っ手に手を掛け、1度こちらに視線をやってから扉を開けた。芝居がかった口調でこう告げる。

「ようこそ、ホグワーツ魔法学校へ」

ギイ、と木が軋む音がして、まばゆい光がアズミを包んだ。視界に飛び込んできたのは人、人、人である。

実際に目にするホグワーツ魔法学校の大広間は、大きく広く美しかった。天井は満点の星空を映しており、ロマンチックである。そしてその下に並ぶテーブルたちに、4色にそれぞれ身を包んだ生徒たちがずらりと並んで座っている。

アズミは全寮のテーブルから注がれる大量の突き刺すような視線をないものとして一歩踏み出した。この全ての目を欺いて生きるリドルを改心させるためにここに来たのだ。この程度で怯んでいては、何も変えられない。

英国ではなかなか見られない東洋人であり、艶やかな黒髪と異色な七色の瞳を持つ少女に全校生徒がざわめいた。浮き足立つ男子生徒と嫉妬に燃える女子生徒が騒ぐ中、それらに一瞥もくれずに壇上まで登りつめる。

ダンブルドアとディペットは、そんなアズミに優しく笑いかけた。ディペットが立ち上がり、生徒に呼びかける。

「さて、今日から5年生に新しい仲間が加わることとなった。アズミ・エノモトだ。皆仲良くするように。…アズミ、挨拶を」

その呼びかけに、アズミは壇上に立ってからずっと足元を見ていた顔を全校生徒に向ける。その顔に貼り付けるのは極上の笑みだ。

「はじめまして、皆さん。アズミ・エノモトといいます。慣れないことも多く、迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」

アズミがそう言い終わり深く一礼すると大広間中が大きな拍手に包まれた。その多くが突然現れた編入生を歓迎するものであることが感じられる。どうやら、好意的な第一印象作りは成功したようだった。

ただし、皆に混ざって拍手をするリドルに対してはうまくいってはいないようだけれども。

割れんばかりの拍手が収まった頃、 アズミはディペットに促されて椅子に座り、組分け帽子を被った。本来1年生が被るための帽子なのでサイズが合わないかと思われたが、アズミの頭にしっかり収まる。帽子を被って少しすると、脳内に声が流れ込んできた。

「やあやあこんばんはお嬢さん。ホグワーツ魔法学校へようこそ」

「はじめまして、素敵な帽子さん」

組分け帽子は『素敵な帽子』という言葉に気を良くしたのか、声のトーンをあげてしゃべり始める。

「うーん…なかなか複雑な人格をしているようだな君は。勤勉家であり努力家、そして狡猾さと勇敢さもある…君はこの全ての要素に当てはまる。いや、当てはまることができるといった方が正しいのかな?」

その的を射た発言に思わず息を止めた。

「君ならばどの寮に行ってもうまくやれると思うが…」

「じゃあ、私の希望を聞いてくれますか?」

「ほう。どこがいいんだ?」

アズミはにやりと笑う。

「私が行きたいのは…」

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