非日常その二
 

「こここ、こんにちわ…あ、あおみくん」
「あ、いろはくん。久しぶり〜〜。にいちゃんならまだ帰ってないよ」
「え゛っ!うそ」

ほんと〜〜、と語尾を伸ばして藤崎家の玄関前で俺に死刑宣告するのはなみくんとはまた毛色の違ったタイプの甘いマスクのイケメン、青生くん。彼はなみくんの弟である。

なみくんがワイルド系な美形ならあおみくんはアイドル系とでも言うのかな、高一で、俺より一つ下には見えない大人っぽさを兼ね備えてるのに年相応の愛嬌あるところがかわいいくてかっこいい。

「どどどどうしよう…!!」
「いろはくん目の下クマやべぇ〜」

あはは、と無邪気に笑うあおみくん。その手はスッと俺の目の下を撫でる。
あおみくんの言う通り、ここ4、5日俺は全くと言っていいほど眠れていない。なので安眠を求めになみくんのところへやって来た訳だけど。

「あ、あおみくん…」
「ん?なに?」
「パーソナルスペースに入ってくるの、う、うまいね」
「そう?いろはくんこそ変な褒め方〜」

いや、俺は褒めた意味で言ったんじゃないんだけど、と思ったものの口にはしなかった。自然な流れるような動作で優しく触れてくる手に驚きはあっても嫌悪はなかったし。

当たり前だけどなみ君とはまた違う感触の手は数回目の下を撫でるとパッとあっさり離れた。

「あ、じゃあまた今度お邪魔します…」
「え?帰るの?なんで?にいちゃんと寝に来たんでしょ?部屋で待ってたら?」
「ねっ…ん、うんん、でも、なみくんいないのに…おこられないかな」
「にいちゃんがいろはくんに怒るわけないじゃん〜」

おいでおいでと尻込みしている俺の手をあおみくんは引いて、藤崎家に迎え入れてくれた。

「あれ、おばさんとおじさんは…」
「母さんは買い物で父さんはまだ仕事だと思うよ」

つまりいるのはあおみくんだけ。ご両親がいないのにお家に入るなんて益々申し訳ないというか、いけない気がしている俺を余所に、あおみくんが連れて来てくれたのは勝手知ったなみくんのお部屋。

パイプのベッドに、流行りの漫画がいっぱい収納された本棚、大きめのクローゼット、折り畳みのミニテーブル。統一感はないし乱雑に散らかってるけど、なみくんの匂いが充満しててとても落ち着く。俺にとってパワースポットのような、神聖な場所だ。

ジュース取ってくるね、とあおみくんは早々キッチンへと引っ込んでしまった。

「なみくん…はやく帰ってこないかな」

朝寝起きのまま出てきたであろうベッドのシーツは皺がよったままで、俺は床に座りながらそのベッドへ上半身だけ預ける形でもたれる。

すぐにでも瞼が降りて眠ってしまいそうだ。でも寝たら無防備な俺の体に幽霊達が勝手に入り込んでしまう。

幽霊達に入り込まれると、夢としてその幽霊の人生が見たくもないのに流れてくる。凄惨な死に方をした人の夢なんか見たときはそれはもう悪夢だ。グロいのとか怖いのとか、そういうのに耐性がないのに、恐ろしくて飛び起きたら夢の中で亡くなった人が亡くなった時の凄惨な姿のまま幽霊となって俺の目の前にいる。

そして言うんだ、無念を晴らしたいとか。悔しくて死ぬに死ねないとか。
俺も心優しい人間ではないし、無力な高校生に過ぎない。何時間、何日と纏わり付かれても俺にはただ彼らの姿が見え、声が聞けるだけでなにもしてあげられることはない。ひたすら気が狂いそうになりながら彼らの恐怖に耐えるだけ。

ガックンガックン船を大きく漕ぎながら眠気と戦う。あんな怖い思いをするくらいなら、怖いものを見るくらいなら眠らなくていい。ああ、でも眠たい…。






「…人の部屋でなにしてんだよ」

七生が機嫌悪いの半分と、状況がいまいち掴めない半分な気持ちでそう声を出すのも無理はない。

学校帰り、少し本屋へ寄り道してから家に帰ってくると、自分の部屋のベッドにもたれて寝落ち寸前のいろはと、それを面白そうに観察し、たまに頬や手をつついてはいろはが完全に眠るのを阻止する弟青生がいた。

「いろはくん、寝不足みたいだよ。ここ最近来なかったもんね」
「いや、だからお前は何してんだよ」
「せっかくいろはくん、にいちゃんと寝にきたのに帰ってくんの遅いんだもん。俺が相手してた」
「ねっ…ん、んん。ちょっと寄り道してたんだよ」

しかし半分寝落ちしている相手をつついて正気に戻すというのは相手をしていると言うのだろうか。
青生曰くいろはが七生無しで眠って怖い思いをしないでいいように見張っていたらしい。

「じゃ、俺はたいさ〜ん。あ、飲み物いろはくんに入れてきたんだけどにいちゃん飲んでもいいよ。いろはくんもう今日は起きないでしょ」
「おー、あんがと」

弟を筆頭に我が家族はいろはに理解がありすぎると七生は内心思う。母はいろはの為に安眠枕や肌触りのいい羽毛布団を揃えたし、なんなら父はダブルサイズのベッドを買ってやろうかと提案する始末。

「ん、んんん、うぅ…なみくん?」
「お、起きた?俺ここいるから寝てろよ」
「うん…、ありがと」

もそもそベッドの中へ移動するいろはと七生。布団の中に収まるといろはは母親にしがみつく子猿のようなスタイルで七生に抱きつくとすぐに夢の中へと旅立っていった。

帰って来たばかりで眠くない七生は買ったばかりの漫画を寝転びながら開封して読むことにした。読み終わった時の為にスマホや充電器も手の届く範囲に配置済みだ。もちろん青生が淹れてくれたオレンジジュースも忘れずに。

「ありがとねえ…むにゃ、おやすみい」
「オヤスミ」

むにゃむにゃと幸せそうに眠るいろはと寝顔と言ったら。
七生はボサボサの前髪を掻き分けてその額にチュ、とキスを落とした。

「わ、ごめん。お邪魔しちゃった」

と同時に、ガチャリと部屋に入ってきた弟青生。
ストロー忘れてたから持ってきたよ、とそばのオレンジジュースにぽいとさした。

「…にいちゃん、ちゃんといろはくん、寝かしてあげなね?」
「……はやく出てけ」

中々恥ずかしい現場を見られたものだ。
帰って早々自分を抱き枕扱いするいろはに八つ当たりとして鼻を摘んで少し呼吸を乱すくらいの悪戯ぐらい許されるだろう。

「ふごふご。ぐう」

いろはの目が覚めたら今度は俺の相手をしてもらおう。七生は心に決めて漫画に集中することにした。





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