日常その二
 

「なんかさあ、前から思ってたんだけど七生くんと宮古の距離って近くない?」

そう話を切り出すのはクラスのギャルグループの一人だ。高校生らしくない茶髪に派手めの化粧で着飾っている彼女らは教室の中心で昼休み、食後のトークタイムを楽しんでいるところだ。

「あたしも前からちょいちょい思ってた」
「お互いキャラ全然違うタイプなのに常に一緒だし」
「この前体育館で集会あったじゃん、なんか映像見せるのに照明落として暗くなってさ、そしたら宮古と七生君手繋いでんの!しかも宮古ってば思っきし七生君にくっ付いてて、ほんと宮古キモイって思った」
「男同士なのに距離近すぎでしょ〜」

だんだん盛り上がって声量も大きくなっていく彼女らの会話は同じ教室内にいる話題の中心人物、いろはの耳にも届いていた。
その場に七生はトイレへと席を外している為いない。

天パのせいで思いどおりにならない髪はそれぞれ好きな所にハネており、加えて視界を広くしたくないという理由から伸ばし続けた前髪のせいで、ぼさぼさ、不潔、と言った印象を周りに与えていることをいろはは自覚している。
肉の付いていない骨のような体はいつも寝不足でフラフラしており、それが気味の悪さを醸し出していることも自覚済みだ。
そして、もちろん自分が七生に対する物理的な距離感の無さが異常だということもいろはは自覚していた。

「おー、一人で待てたかー」
「なっ、なみくん」

トイレから帰って来たらしい七生は自分の席はそこではないのに当然のようにいろはの前の座席に腰掛ける。いつものいろはなら七生には出来るだけ幽霊除けの為にも触れていたいのだが女子グループの会話があった手前、少し遠慮気味になって七生の手に自分の手を伸ばすのをためらってしまう。

「ん?どした?」

いろはにとって恐ろしいものといえばなにより幽霊の存在である。さらに言えばこの先幽霊以外の妖怪や魔のものも見えるようになってしまったらどうしようという妄想も恐ろしい不安の種だ。

こんな感じで小、中と七生のいなかった時期を過ごして来たからいろはは生きている生身の人間に敵意や悪意を向けられようが仲間外れにされてクスクス笑われようが他人の感情には鈍感でいられた。

自分に触れてこない、喋らずなにかぼーっと考えている様子のいろはに七生は不審に思ったのか髪に遮られた瞳を覗き込もうと首をかしげる。

「な、みくん…には迷惑をかけてるって、分かってるんだけども」
「おー?なんだ」

いろはは、自分はそういった陰口を叩かれても致し方のない人間だと思っているが七生は絶対に違うとも思っている。
自分が七生にくっついていることで周りから一目置かれる人気者の七生まで悪く言われるのはあってはならないのだと。

「できるだけ、迷惑を掛けないようにしたいのだけどもっ」
「改まって、まじでどした?」

言葉を発する内に感極まったのか、いろはの瞳にはうるうると涙が浮かんでいた。

「お、俺にはなみくんがいないとむりいいい」
「うわっ、おいっ」

決壊したダム、いや、こけて打ち所が悪かった園児のように、ビャービャーと泣き喚いて七生の太い首に両腕を回すと首を絞めるように抱きついた。二人の間には机を挟んでいるためいろはは立ち上がって少し前のめりの体勢になっている。

七生はそれを拒むことなくボサボサそうに見えるが実は触れると柔らかい髪質のいろはの髪をぽんぽんとあやすように撫でる。というか、実際あやしている。

「なにー?そんな一人で寂しかったか?ユーレイがまたなんかちょっかいかけてきたか?」
「か、かけられてないぃ…うぅ」
「じゃあなんだ?周りがなんかいらんことでも言ってた?」
「うっ、んんん〜、ちがう…、言われてない…」

嘘がど下手くそないろはの反応と、教室中が二人に注目する中でちらりと七生が視線をやっただけで分かりやすい程にぎこちない態度を取る女子グループの反応を見て、七生は突然いろはが変なことを言い出した理由を把握した。

七生といろはは二日三日に一度は共に寝る生活を続けて一年。初めて出会った高一の頃より、だいぶ心の距離も縮まったと七生は思っていたが、今回あまり関わりのないクラスメイトの言葉ひとつでいろはに距離を置かれかけたかも知らないという事実は七生にとって全く持って心外であった。
結果的にはいろはは七生から自主的には離れられなかったが、これから先こういったことが何度もあっては困るなと思案した。

「…あのな、俺がいろはに一回でも迷惑だっつったことあるか?」
「…ない」
「だろ?で、お前も俺がいねーと寝るのもままならんくせに、俺無しで生きていけるわけ?」
「む、むりっ、絶対むり!」
「じゃあお前がすることは俺に対する遠慮とか謝罪じゃなくて、“これからもなみくんと一緒のベッドで、俺のことを抱きしめながら寝てください。お願いします”って言うことじゃねーの?」
「え゛っ」

いろはの涙はぴたりと止まって、頬を濡らしたまま七生の首に回していた手を解いて再び着席する。

「そ、そんなこと…ここで言うの?」

ボサボサの髪の奥で、また瞳がうるうるして泣きそうになっているのが七生には分かった。
いろはが躊躇っているのは決して周りに聞かれるのが恥ずかしいからではない。そもそも幽霊ばかりを気にして生きてきたいろはにとって人からどう思われるかなどあまり気にしたことがない話だ。

「いーろーは。はやく」

しかし何故かな。七生に言うのはやはり恥ずかしい気持ちがいろはにはあった。
七生が求める言葉が純粋な文字通りの意味だけでない言葉なのもいろはにはなんとなく分かっている。それを面白がって七生が言わそうとしているのも。

恥ずかしがって俯くいろはの頭を重っ苦しい前髪ごと引っ掴んで少し乱暴に七生は顔を上げさせる。病人並みに真っ青な色白の肌が今は羞恥で朱に染まっていた。

「こ、これからも…なみくんと一緒に寝たい…です。なみくんに抱きしめられて寝るの、好きだから…お願いします」

いろはは観念し、さらに顔を赤くして潤んだ瞳をぎゅっと瞼で閉じそう言った。

「よく言えました」

返事は後で二人のときにいっぱいしてやるよ、と七生はいろはの耳元でいやらしく囁くと、ケラケラと八重歯を見せて笑って機嫌良さげに昼休み終了のチャイムと共に自分の席に帰っていった。

そして席に残されたこれ以上赤くなるのは限界だろうというところまで顔を真っ赤にしたいろは。

「…なんかさあ、距離近いところか、もうゼロ距離だよね」
「まじそれ。なんか、こんなこと言ってんのもしょーもない感じする」
「ねー。しかもなんか、思ってたより宮古の反応かわいくない?あたしちょっと二人を見守ってあげたくなっちゃった」

それと二人のやり取りをずっと注目していたクラスメイトの面々。中でも先ほどまで七生と特にいろはのことを悪く言っていた女子たちはそのやり取りでいろはのことを見直したらしく、彼女らは午後の授業が始まっても所謂恋バナトークで盛り上がっていた。



………

七生のお願いの返事については「非日常その一」をどうぞご覧ください!





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