今宵、反旗を翻す時・後
 

「魔王暗殺?嫌だね。新しい魔王様になってからお給料が上がったんだ。俺はこのままで十分だよ」

と宣うは魔王や城のお偉方の為に、給仕をしている八番目の息子。料理長という職も立派に魔王の役に立っているのだろうが魔族の端くれなら下剋上の風の一つや二つ吹かせて見ろよ、とサフランは調理場で器用に10本の手足を使って忙しそうに調理している姿に、幻滅しながらそこを出た。


「ええ?魔王暗殺?!サフランってばなに考えてるのさ!そんなこと出来る訳ないじゃないか!むりだよむりむり!あんなに美して格好良くて神々しい素敵な魔界の至上の宝!殺すなんて勿体無くてできないよ!」

綺麗なものに目がない五番目の息子。吹き抜ける空の青と、燃え上がる炎のような赤と暗闇を駆ける稲妻の金色をした額の瞳も合わせて三色のオッドアイを全て見開かせ首も手もぶんぶんと振ってサフランの言葉を拒否するのは城一番の医師だ。全く情けない。医師ならブスっと毒針の注射の二本や三本や十本軽く打って殺してくれたらいいのにと思いながらウハウハとバロックの魅力について興奮して語る五番目を放ってその場を離れた。


「ガルルルぅ、ガルッ、ガルララァァ」

次に訪れたのは九番目の魔獣の息子。真っ黒な大獅子の様な見た目である。美しい毛並みに鋭い牙や爪、魔界の魔獣たちの頂点に立つ魔獣だがどうやらサフランの言葉にお怒りのご様子である。さすがに息子といえど魔獣ともなると意思疎通が難しい。説得もできそうにないため噛み殺される前にさっさとその場からサフランは退散した。


魔王城の王の間と大庭を結ぶ渡り廊下を腕を組みながらなにやら考え事をしている様子で歩くサフラン。

「どいつもこいつも全く使えないな」

不機嫌も付け加えておくとしよう。

ぽってりとした上唇まで隠れるほどフードを深く被り、さらにその奥のあまりきちんと手入れなされていないボサボサの黒髪の奥でアメジスト色の瞳が露骨に苛立ちで燃えていた。

「おっ、サフランじゃーん、100年ぶり」

そんなサフランに気軽に声をかけるのは炎のように燃え盛る真っ赤な髪と瞳の男。容姿はニンゲンと大差ないがこれまた恐ろしく強いサフランにとってバロック暗殺の為の大本命。

「やあ久しぶりだね、会いたかったよ三番目。さっそくだがバロック殺してくれない」
「わはは、早速すぎるって。あ、あと俺七番目ね」
「で、どうなの。僕の息子達の中で闘うと一番強いのはおまえだろ。ぜひ引き受けて欲しいんだけどね」
「褒められるのは嬉しいねえ。けど悪いな、俺はバロックになんの恨みもねーし人間の国潰してる方が楽しいんだわ」

純粋な戦闘能力だけならバロック相手は分からないがロマネや他の息子達には勝てる力量は持っているはずなのに魔王の座も興味ねえとケラケラ笑う七番目にサフランはさらにイライラを増した。

「おまえには召喚のとき良い素材をふんだんに使ってやったのに。なんて親不孝者なんだ」
「わっはっは、ごめんなー。あっ、代わりにいい情報教えてやるよ」

犬歯を見せて明るく笑うその笑顔だけは爽やか満点だが内に秘められた残虐性もまたサフランの息子達の中でも随一である。

「城の地下深くの牢獄に一番目が幽閉されてんだって。先代の魔王がこいつは危険すぎるっつって閉じ込めたらしいのよ。なんでも三世紀も幽閉されてるらしいから“魔王”には相当な恨みがあるって噂」



所変わってサフランが現在歩いているのは魔王城の地下に続く螺旋階段。ヒタヒタと何故か階段も濡れており不気味な雰囲気が漂っている。しかしそれらも魔の森で長年暮らしていたサフランからしてみればなんのその。目的の一番目が幽閉されているとされる牢獄を目指すのみだった。



「…ふう、やっとついたな」

永遠に続いていきそうな長い螺旋階段をしばらく降り続けてやっと辿り着いた階段の終わり。その前方の、魔術で出来た手錠と鎖で縛られたった5メートル角ほどの狭苦しい、外の光も届かない地下深くの牢屋に閉じ込められていたのは、見た目は桃色の髪と作り物のような真っ白な肌にきゅるんとしたまん丸の瞳。愛らしいピクシーのような一番目の息子。

忘れっぽい、息子の名前も召喚した順も覚えていないサフランだがこの一番目だけはしっかり覚えていた。

「やあ、ルネ!元気にしてたかい?僕のかわいい一番目」
「っ!ママンっ!ママンなの?会いたかったよう」

一番目ことルネ。可憐な見た目だが彼は立派な男で、夢魔である。目があった者全てを虜にし思うまま操って精力を根こそぎ奪う。性欲まみれの先代魔王が恐れるのも無理のない魔族であった。

召喚主であるサフランにはルネのチャームは効かないし幸い彼はよくサフランに懐いている。
つまりサフランはバロックを殺すための最強のカードを手に入れたも同然だった。

「可哀想なルネ、ずっとここに閉じ込められていたんだね。僕が助けてやろう」
「一人でずっと寂しかったんだよう。はやく出してえママン」
「ああ、もちろんさ。ルネは良い子だからそこから出してあげる優しい僕の言うことを聞けるね?」
「うんっ、ママンのゆうこと聞くよう」

サフランが持っていた杖を使って“ロケトヨリサク”と二回唱えるとルネを拘束していた鎖や手錠はでろでろに真夏の太陽の下に放置されたチョコレートのように溶けていった。

「ルネ、おまえの力で魔王を魅了して傀儡にしてやってくれない」
「任せてママン」

ルネにチャームをかけさせ、バロックをルネの言いなりにさせる。そうなればバロックはサフランの言いなりも同然。すぐさま離婚して、城の金銀財宝全てを貰いサフランは魔の森のマイホームに帰ることが出来たなら命だけは奪わないでやっても構わないとそんな計画を瞬時に立てた。

幸いルネも先代だが魔王には強い恨みも持っている。唯一にして最強のカード。サフランは上機嫌で再び長い長い螺旋階段を今度はルネとともに上がっていくのだった。



「…サフラン。誰だそいつは」
「おや、ルネではないですか」

サフランがバロックのいるであろう王の執務室にルネを連れて行くと中にいたのは目当ての人物とオマケの二番目の息子ロマネ。これから起こることを知りもしないバロックに、サフランはルンルン気分でニヤニヤ顔を抑えきれないまま返事する。

「ふふん、バロック。まずは僕の隣にいるルネの瞳をしっかりよく見ておくれ。…そして僕はおまえと離婚するつもりなんだ。良い返事を頼むよ」

夢魔のチャームは魅了したい相手の目を見るだけで完了する。ルネの事を知っているロマネなんて後回し。まずは先手必勝、バロックと離婚することがサフランにとって最大の課題だ。さあ、ルネ!やってくれ。この男を虜にして精を根こそぎ奪って傀儡にしてやれ!とサフランはわくわくどきどきと毒蛙ジュースを作る時よりも胸をざわめかせバロックとルネの次のアクションを待った。

「…サフラン、貴方諦めてなかったのですね」
「バロックがルネの犬になる無様な瞬間をこの目に焼き付けてしっかり見届けないと。後で構ってやるから今は喋りかけてくれるなロマネ」

やれやれと心底呆れ返った冷たい視線をこちらに送ってくるロマネをサフランは無視して、隣のお互い見つめ合うルネとバロックの様子を見守る。

「ママン…」

先に口を開いたのはルネだった。とろんとした甘い声でサフランを呼ぶ。

「ああ、なんだいなんだい。もう術をかけ終わったのかい」
「ママン…だめ、このひと、チャーム効かない…」
「はぁっ?!?!」

ルネの不安と困惑が相まった涙声にサフランは思わず素っ頓狂な声をあげる。確かにバロックに視線をやっても特に先ほどと比べて何か変化があった様子もなく。ロマネはへえ、と少し興味ありげに事態を見物するだけだった。

「…ロマネ、私の妻はつい今し方なんと言った?」
「はい、魔王様。私の耳がトチ狂っていなければ“離婚する”“犬になるのを見届ける”“無様な様を目に焼き付ける”と仰られました。ああ、それと。先刻前には私の元に魔王様を暗殺してくれと直接頼みに来ましたね」
「ロマネエエエエエ!」

一番目のチャームは効かず、二番目には慈悲もなく売られる。机から立ち上がって離れ、じりじりとそれはそれは魔界を統べる魔王様に相応しい悪どい笑みを浮かべながらサフランとの距離を縮める十二番目ことバロック。打つ手なし。万事休す。万策尽きた。絶体絶命。

サフランの頭頂部からさらに頭二つ分大きいバロックに上から威圧感たっぷりに見下ろされ壁際に追いやられていく。背中に冷たい壁が触れたことでこれ以上逃げ場はないと知らしめられた。

「さてサフラン。私は離婚する気も犬になる気もないが、他にお前が望むことは?」
「ア…アリマセン」

その日から丸一週間、不敬罪だの反逆罪だのとつけ込まれたサフランはバロックから刑罰と言う名のお仕置きを受けたのであった。





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