今宵、反旗を翻す時・前
 

新魔王と魔王妃のお披露目式から早一週間。
式当日、式が始まる直前までむちゃくちゃに抱かれ倒していたサフランは指一つ動かすのが億劫なほど気怠い体をバロックにまるで父親が子を抱えるかのようにその太い前腕に尻を乗せさせられ、魔王城のバルコニーから下に集まった魔族たちに紹介された。

あのとんだ辱めを受けた式から一週間。
サフランにとって居心地の悪い城で一週間も過ごしてしまったのだ。

サフランはあれから毎晩毎晩バロックに激しく、それはもう激しく、抱かれていた。
そして嫌でも慣れるバロックのあの質量と熱、次第にそれを自ら求める浅ましい自分、このままではいけない、とサフランは一人でモヤモヤモンモン考えていた。

式もなんの問題もなく進み、バロックは魔界全体に歓迎された。もちろんその王妃であるサフランも。

「前魔王派でも誰でもなんでもいいからバロックを殺してくれないものかなあ」

てっきり式の最中にでも誰かデモやクーデターでも起こすかなと期待したのに。

ブツクサ文句を垂れるサフランは広い魔王城の中をうろちょろしていた。

なんとか打開策を見出そうと狡賢さだけは優れている脳みそ捻って考える。
あの愛しい魔の森に帰るのがサフランにとって一番の望みだがそれを叶えるのにはいくつか問題があった。

まず、城から魔の森まで距離があまりにも遠過ぎること。
この間は魔界最速のモンスター、ドラゴンに乗せられて連れてこられた為一刻しないで魔王城まで辿り着いたがこの城から逃げ出すのにドラゴンは連れていけない。
ドラゴンを一頭盗むのも手だが、サフランはきっと乗りこなせない。それにバロックが毎晩毎晩夜が明けるまでサフランを手放してはくれないせいでサフランの体はガクガクである。自分の足を使って逃げ出すのも当然却下だ。

ここに召喚の儀を行う為の材料と道具さえあれば飛行に優れたものや俊敏な魔族を召喚することが出来たのに。それらに必要なものは当然あの魔の森にしかない。

せめてバロックが毎夜サフランを求めるのを止めてくれれば。

そこでハッとサフランは閃いた。

(バロックがいなくなれば全て解決ではないか)

別に自分がここから逃げ出さずともいい方法があったじゃないか、と。

「他の息子たちを嗾けてバロックを殺そう」

そうと決まれば善は急げである。
サフランは短い足をるんるんと弾ませて早速二番目の息子のいるであろう部屋に向かうのだった。



「お断りします」
「なぜだ!」

早速出鼻を挫かれたサフラン。二番目の息子ことロマネは視線をサフランへ向けることなく目の前の執務に集中していた。

「なぜもなにも。貴方先日なにか私の名を出して十二番目を怒らせたようですね」
「怒らせた…?ああ、心当たりがあるよ。可愛い息子に助けを求めたんだけれどね」

サフランの考える心当たりとは一週間前の初めてバロックとまぐわった日の事だ。あまりの事の激しさに堪らずサフランはロマネの名を呼んで助けを求めたがその願いは届くことはなかった。

それでもバロックが怒っていたとは。なんとも心が魔虫よりもちいさな男だ。これは一刻も早く離婚しなければ。とフードの中で企むサフランに、ロマネは変わらず視線を向ける事のないまま話を続ける。

「お陰様で、私あの後両足千切られたんですよ」

十二番目にね、とケロリとした表情で言うロマネ。
なんとその様はサフランが魔法陣を書くのに失敗した時と同じように、羊皮紙をびりびりと破く姿に似ていたと言う。

「これでサフランに助けに呼ばれても駆けつけられないな?と。酷いと思いませんか。実際私は駆けつけていないのに。私の魔力と魔蜥蜴の性質を持っていなければここまで綺麗に完治しませんでしたよ」

ロマネの言葉通り、足はとくになんの違和感もなく生えているように見える。

魔蜥蜴とは魔界に生息する体長五メートルもある大蜥蜴のことである。縄張り争いや天敵の魔鳥に襲われて四肢や尻尾を失っても何回でも再生するのが特徴だ。
そういえばロマネを召喚したときの材料に魔蜥蜴の血を入れたような気がする、とサフランは遠い過去の記憶を思い出していた。

「私もこの魔界の宰相を務める身。それなりに強いと自負していましたが十二番目は別格だ。あれは私を赤子の手を捻るようにいとも簡単に打ち負かした」
「僕がおまえを強化する薬を作ってやろう」
「結構です」

サフランは首根っこ掴まれてそのままぺいっとロマネの執務室から廊下に放り出されてしまった。

「〜っこの弱虫!ヘボ蜥蜴!おまえなんか息子じゃないっ」

重く荘厳な扉にガンガンと蹴りを入れて文句を言ってわめき散らしても奥からは「あなたを母と思ったことは一度もない」とえらく冷たい返事が返ってきただけだった。
最後に一度だけサフランは渾身の力を込めて蹴りを扉に入れてその場から離れた。

(なにも息子はロマネだけじゃない)



つづく





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