FAKE3
 

天王寺帝が初めて姫松結仁という存在を認識したのは意外にも中等部の一年の春のことだった。

彼らがこの全寮制の学園に入学してから一週間。まだまだ春らしい陽気な天候が続き、少し桜が散ってきたかなというくらいの風の強い日だった。

未だ慣れぬ環境と、学友たち。
そんな中たまたま廊下ですれ違った彼はおそらく授業の後だったのか、教室を出たばかりの教師の後をノートとペンを持って小走りで追って質問攻めにしていた。帝から見た結仁の第一印象は「勉強が好きなやつ?」だった。

二度目にその存在が帝の視界に入ったのはそれから二ヶ月後の事だった。
みんなが学園での共同生活に慣れて来た頃、今度はお昼休みに隣の二組の教室の前を通りがかった時。ちょうどお昼も食べ終わった頃くらいで、とくに談笑なんかで盛り上がる時間、彼は二組の教室の中心にいて、

「結仁!今日の放課後はぜったいサッカー部に来てくれよっ!おまえサッカーやってないなんて絶対嘘だろー。かなり上手かったからさ、もっかい一緒にプレーしようぜ」

「いやいや、今日はバスケ部に来るって約束だっただろ?キャプテンも結仁は次いつ来るんだ?って楽しみにしてるんだよ」

「結仁は野球は好きか?一度野球部にも来て見ろよ!知らねーなら俺が教えてやるしさ!」

彼はスポーツも得意なのだろうか。あれだけ人に囲まれて、愛されているようにも見える。
名前は「ゆに」というのか。きっと彼も優れたアルファなんだろう。将来、いいライバルになるのかもしれないと、帝はこの時13歳ながらに感じていた。


それから時間は経って二人は18歳。13歳の時に帝が感じていたことは現実となり帝も結仁もこの学園を大きく支える生徒会の一員となっていた。

帝は変わらず番になるまでは結仁のことをアルファだと勘違いしたままだったが、性を除いて人間として帝はしっかり者で、周りには優しく、時に厳しく。自分は決して人に弱味を見せない芯の強いところのある結仁のことを尊敬していたし純粋に好きだった。

一時は自分を含め会計も書記も生徒会の仕事を全うせず結仁に迷惑もかけたが。

「まさか、結仁が俺の番になるなんてなあ」

記憶の中にいた彼は今現在、ベッドの中で帝の逞しい腕を枕にしてすうすうと穏やかに眠っている。その寝顔は当時の面影を残していて、しかしその時より艶があった。

中等部の頃は真っ黒な髪を爽やかな学生らしい短髪で揃えていた結仁は高等部に上がってから垢抜けて、髪をミルクティー色に染めた。それは彼の少し茶色味がかった瞳と白磁のようにつるりとした色白の肌にとてもよく似合っていた。
結仁のことを「荊姫」と呼ぶ一部のファンは、彼のことを絵本の中に出てくる王子様みたいだとよく黄色い声を上げているのも帝は知っている。

帝はいつから結仁を好きになったのか。正直なところその線引きが曖昧だった。

中等部のあの春から気づけばいつでも結仁の動向を目で追っていたし、高等部2年の終わりに同じ生徒会に選ばれた時は雲に乗ってどこまでも上って行ける気持ちにもなった。


結仁がこの学園で皆に愛される王子様と呼ばれるなら、帝は皆から尊敬と畏怖される王と呼ばれるに相応しい貫禄と佇まいだ。

生徒会で一緒になるまでは二人はお互いを認識していても共に連まず、会話すらあまりしたことがなかった。だからこそ余計、今は番同士となっていることが夢のようで信じられないのも多少なりとあった。

さらりと帝は自分の胸の中で眠る王子様の髪を愛おしそうに撫でた。

(いつから好きだったかなんてどうでもいいな)

帝は番契約を結んでからというもの、湧き水のように止め処なく溢れる結仁に対しての好きという感情で心がいっぱいだった。

ご飯を食べる姿も眠る姿も、真剣に生徒会の仕事や勉強をこなす姿も。そこいらのアルファよりもアルファらしい、決してオメガ性だからではなく姫松結仁という人間だから、周りの人に可愛がられ愛されて、その上努力も怠らない姿も。どんな表情の結仁も、帝は自信を持って好きである。逆にそれ以外なんて無かった。

腹の底から喉元までぐわあと込み上げてくる得体のしれない感情の求めるまま、帝は眠っている結仁に構わず力いっぱい抱きしめた。

「ん、んう。苦し…もー…なに…?」

案の定、昨晩遅くまで事に及んでいたため寝起きの悪い恋人は腕の中でその綺麗な顔の眉間に皺を寄せて不機嫌そうに起きた。

「好きだ、結仁」

いつの日かの告白と同じ言葉。あの時と気持ちは変わらず、さらに大きくなったこの感情を帝は伝えたくて仕方なかった。端正な顔をだらしなく緩ませてショートケーキよりも甘ったるい声でそう結仁に伝えた。
「んー、そんなこと分かってるってえ…、そんなことで起こさないで…」

しかし恋人はツレない。
もぞもぞと布団をかぶり直して再び夢の中へ戻っていった。

それすらも可愛らしく、愛おしいと思うのはもう末期だろうか。
帝は抱きしめる腕の力は緩めたものの、その体勢を変えることはなく自分ももう一度眠ろうと目を瞑った。

「ーーちゅ」
「……寝たんじゃ無かったのか?」
「…誰かさんが起こすから。もう目が覚めたよ」

しかしそれは叶わず。
子どもがするような、頬とはいえないくらいの唇の端に口付けた結仁。

二人の春の夢はまだまだ醒めないようである。





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