FAKE4
 

俺は嫉妬深い人間であると思う。

日中、クラスが違うため学校で帝と過ごすことはほぼなく、一日姿を見ない日なんてザラだ。
そんな時ふと授業中とか、お手洗いに行った時とか、一人になったときに考えてしまうのだ。

帝は今なにをしてるんだろう、他の人に言い寄られていないかな、なんてことを。

考え出すと胸がザワザワして胃はキリキリする。
自分の無駄な妄想に過ぎないと理解はしているが、やっぱり一度考え込むと不安の深海にどんどん溺れていく。

なにせ、彼はこの学園一のアルファ。
彼の魅力に魅了され、誰もが彼を求める。

帝は俺の今まで通りの生活を守る為、番が出来たこと、その相手が俺だということを公表しなかった。
もし公表したら俺がオメガ性だという事が全校生徒に知られてしまうからだ。いくら副会長とは言え、オメガだと知られれば少なからず偏見や差別の目で見てくる者は現れるだろう、と。

俺もそれには助かったし、無駄なフェロモンを撒き散らして周りを刺激する心配が無くなったのにも感謝している。

しかし、それにはやはり憂いがあって。
他のオメガたちの中にはこの学園で一番優れているアルファである帝の心を射止めようとする者もいた。

一度、帝が後輩と思われるヒートサイクル真っ只中のオメガの子に言い寄られているところを見た事がある。
既に俺と番になった後だったから帝がそれに靡くことは全く無かったがあの光景は忘れられない。

頬を火照らし艶のある少し荒れた吐息を吐いて、体をくねらせて帝に縋るオメガの後輩。

もしあれが俺と出会う前なら?
帝は俺にしたみたいに抱きしめて、その場で番にしてしまっていたのだろうか?

それに、あの新しくやってきた転校生も。彼も帝を好いているようだった。
本当はこんな身長も高い方で、決して可愛らしいとはお世辞でも言えない、中性的な顔をしている訳でもない、愛嬌もない俺なんかより、愛らしい守りたくような彼の方がよかったんじゃないか??

考え出せばどこまでもキリがなく、たったこの今瞬間も帝が何をしているか気になって仕方がない。

(帝を好きなのに、信じられない自分が情け無い)

帝を信じたいし、疑いたくない。
決して帝が悪いのではなくて、俺自身の考え方に問題があるだけ。

帝は言葉もたくさんくれるし、付き合ってまだ二ヶ月経たないほどだが一緒に過ごしていて落ち着く。二人で過ごす時には、こんな考え、全くしないのに。生徒会の早めに仕上げなければいけない仕事もあるのに手がつかない。

(自分がこんな醜い感情をもつ日が来るなんて)

とても苦しくて、心臓がずっとキュッと締め付けられてる。
何度目かも分からないため息をついたときだった。

「ゆーに」

机に右の頬を預けて俯せる俺の肩を優しく掴んで、しかし突然声をかけて驚かせてきたのは帝だった。

「みかど…びっくりした」
「何を考え込んでた?」
「別に…なにも、」
「嘘つけ。口がなんか言いたそうにもごもごしてるけど?」

していないよ、言おうとした唇は帝に指でいやらしくなぞられていた為、発せられなかった。

「…ちょっと、自分の嫉妬深さに病んでたところだよ」
「なんで嫉妬?」
「なんで、って…俺の、感じ方のもんだい…だとおもう」

ふーん、と帝はそれ以上追求することはなくなにか考えた様子で、俺の唇に触れていた手で髪を撫でてから生徒会長席に座り仕事に取り掛かっていた。

もう少しすれば秋の体育祭がある。生徒会はその準備に大忙しだ。

(こんなこと、考えてる場合じゃない)

帝が自分の近くにいるだけでさっきまでの嫉妬とか負の感情がサーっと冷めて気持ちの切り替えが出来るようになった。なんとも自己中心的というか、現金というか。自分の心の変化に笑いつつ、さあ仕事しようとシャーペンを握り直した。



二人で仕事を進めてから暫くして、がちゃりと生徒会実の扉が開いた。

一体誰が、という思考はすぐに薄れ思わず気まずい気持ちになった。

「やっほー、かいちょー。ふくかいちょもー」

生徒会室にやってくるのは風紀か、生徒会顧問の先生。たまに各部の部長たち。皆入る前にノックはするし、ノック無しで我が物顔で入ってこられる人物なんて限られている。

「会計の馬場くんだよお」
「…喜志です」

ヘラヘラとだらしのない顔と口調の馬場(ばんば)と、その半歩後ろをついて入ってきた少しは罪悪感を感じている様子にも見える書記の喜志(きし)。
久しぶりにこの生徒会室内で見た二人は、とくに以前と変わった様子はなく。

「…久しぶりだね、今日は何をしに?」

怒っていないと言えば嘘になる。

彼らが生徒会に来ないで仕事をしなかったせいで特に負担だった訳でもないが、帝が戻って来るまでは俺一人で仕事を回していた。慣れない会計作業や生徒会の関連する会議資料の作成など、多少の苦労もした。帝が戻って来てからは二人で余裕を持って仕事を回せていたし会計と書記の二人がいなくても別に困りはしなかったがこのままなあなあと流して仕事に戻らせるのも少し癪に触るというもの。

だからこの言葉は意地悪半分で聞いてやったのだ。

「うう、やっぱふくかいちょ怒ってるう?ごめんねえ、迷惑かけたよねえ。俺ちゃんと反省して仕事しに来たからさあ、ゆるして?」
「…俺も、姫松さんにも天王寺さんにも迷惑かけました。これからは心を入れ替えて頑張るのでもう一度チャンスを頂けないでしょうか」

手を合わせて頭を下げ、予想外にも素直に二人が謝るからこれ以上責めるのもな、と俺はじゃあこれからもまたよろしく頼むねと言った。それに続いて帝も結仁が許すなら俺は何も言わないと二人を受け入れた。



やはり俺と帝の二人で仕事をこなせていても四人になるのとでは進み具合も変わり仕事量も減って、負担が少なくなったことでかなり楽にはなった。
あれから今現在進めていた仕事の状況とこれからの段取りを説明すれば馬場も喜志も優秀なアルファ、巻き返しがすごくかなりの余裕を持って今までの遅れを取り戻した。

この日は夏休み前の最後のテスト日で、学校は午前まで。夏休み明けすぐにある体育祭の為に生徒会は午後から稼働中だった。

時間もちょうどおやつの時間になった事だし、馬場も喜志もしっかり反省して仕事に励んでくれたから、少し飴をあげようと顧問の先生から差し入れで貰ったロールケーキを四人分に切って冷たい飲み物を入れて、三人に休憩しようと声をかけた。

うわあ、ありがとう、だいすきと感激したのか抱きついてくる馬場をチョップして躱し、執務席とは別の応接用の席にケーキと飲み物を用意した。


「別に責めるつもりはないんだけど…どうしてふたりは生徒会に戻って来る気になったの?」

ケーキも食べ終わり、ふうと一息ついていたところ。ふと思いついた疑問を口にした。

帝は生徒会から一時期離れたと言っても一週間ほどでまた戻って来た。しかし二人はおよそ二ヶ月。学園の行事や風紀に関わる責任のある業務から離れていたのだ。
決して楽とは言えない仕事量に、生徒会役員になる事で得られる恩恵もたかが知れてるもの。とくに大きなメリットというメリットもない。

人間なら楽をすると自ら再び苦に戻るのはとても難しい事だと思う。

「天美に言われたんだよお、自分の仕事に責任持てない人は好きじゃないって」

天美(あまみ)とは転校生の事だろうか。そんなたったの一言で戻って来るのなら俺もなにか声をかければ良かったなと苦笑した。

「あっ!ふくかいちょ笑ったでしょお」
「笑ってないよ。…馬場は天美?のことが好きなの?」
「…俺だけじゃなくて喜志も好きって言ってたしい」
「ば、馬場!言うなよ…」

なんとシンプルで分かりやすい理由なんだろう。二人は天美が好きで嫌われたくなくて戻って来たと言う。
嫉妬ばかりしてグルグル考えるだけの何も行動できない俺なんかと全然ちがう。

「…それで、ふたりがまた頑張ってくれるなら俺はそれでいいと思うし、うれしいよ」
「はいっ!でも、それ抜きでも、もう姫松さんたちに迷惑をかけないと決めたので」

二人とも一年下の後輩。馬場も喜志もタイプは違うが容姿端麗で周りに黄色い声で騒がれるレベルのアルファだ。この二人のどちらかが天美と付き合うなり番になるなりしてくれれば、俺も天美に八つ当たりに近い嫉妬をしないで済むなあ、と考えるあたり本当に性格が悪いと思う。

でもそれを少し開き直って「応援するよ」(俺の心の平穏のためにね)と心の中の本音は伝えないまま口にすれば、会計の馬場はありがとう、うれしいよ、ひめちゃん!と馴れ馴れしい変な呼び方をしてまた抱きついて来ようとする。

後輩に慕われるのは嫌ではないがスキンシップが激しいのは少し鬱陶しい。それに帝の前だ。またチョップして躱そうとしたとき、今までずっと口を開かなかった帝が威厳ある落ち着いた声を発した。

「馬場、喜志。お前らが自分の好きな人のことを教えてくれたから俺も言おうと思う」

え、という声が三人分重なった。ついでに動きもぴたりと止まる。
ちょっと待ってみかど、と俺が声を出す隙すら無く帝はそのまま優雅にコーヒーカップ片手に言葉を続けた。

「俺は結仁のことが好きなんだ」

そして付き合って二ヶ月目だ、だからあまり俺の恋人にちょっかい出すなよ、と帝は羽場を窘めた。

突然の帝の告白に俺の心の中は機能停止状態の大混乱、大パニック中だ。

馬場と喜志に俺がオメガだとバレた?なんで帝はそんなことを突然言うんだ、学園全体に知れ渡るのも時間の問題か、とたくさんの不安要素が浮上し解決しないままどうしたらいいか、どうすればいいかの思考を混乱しながらもひたすら張りめぐらせる。

俺に抱きつこうとしている変な体勢のままの馬場は顔をきょとんとさせて、喜志は飲みかけのコーヒーが気管に入ったのか噎せている。俺はギリシャ神話の怪物メドューサに睨まれ石にされたみたいに固まった。

帝はそんな状態でもなんのその、自分のペースで落ち着いてコーヒーを啜っていた。

この状況で一番に口を開いたのは馬場だった。

「えええ!まじで?!二人とも付き合ってたの!おめでとお!
学園のナンバーワンとツーの超ビッグアルファカップルじゃん!」
「え、あ、お、おめでとうございます…?」

それに釣られて喜志も祝いの言葉。苦笑いでありがとうしか返せなかった。

「俺、喜志には負ける気はしないんだけど!二人にはどうしても勝てる気しなかったんだよねえ、だからもしかいちょとふくかいちょが天美を好きになったらどうしようと思っててえ」

二人がくっついてくれたんならちょっと安心だよおと馬場はいつものヘラヘラ顔で笑った。隣の喜志におい、と小突かれている。

「いや、でも…本当に…お二人が恋人同士だったとは驚きです…けど、二人ともとても優秀なアルファ同士だし、なんか雰囲気とか、同じ三年生だし、その、お似合いだと思います」

喜志は混乱の方が勝るらしく整理しきれていない祝いの言葉をくれた。

しかしどうやら、馬場も喜志も俺のことをアルファだと勘違いしたままのようだ。とりあえず帝は今度二人になったとき文句を言わせてもらうとするが、一先ずそれには安心した。


「おう、だから結仁に変な虫が寄ってこないようにお前らも協力しろよ?」
「おっけー、任せてえ。まずは二人が付き合い始めたって噂を流さないとねえ…それにしてもかいちょも嫉妬するんだねえ」
「当たり前だろ、こんな魅力的な相手を恋人に持つと心配と嫉妬で潰れそうになる」

くく、と喉を震わせて笑う帝を見て俺の心の奥でわだかまっていた負の感情がすうっと、消えていくような感じがした。


(やはり帝には敵わないな)

彼には俺の嫉妬の心も悩みも、お見通しだったらしい。

帝に誰も言い寄って欲しくない、
だから自分が帝の番だと声を大にして言いたい、
でもオメガだと周りにバレるのはとても怖い、バレたくない、

この負の感情の連鎖を帝はあっさり細い紐を切れ味のいい鋏で切るみたいにいとも簡単に切ってくれたのだ。

(ああ、本当に好きだ)

まず二人になったら文句を言うよりも先にお礼と愛の言葉を伝えることにしよう。

馬場の冷やかしも詳細を聞きたそうにする喜志も無視して氷も溶けてほんの少し淹れたてよりぬるくなったコーヒーを一口飲んで、喉奥に潤いを与えた。




……

アンチ王道ではないです。





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