FAKE6・前
 

「帝がよかったらなんだけれど、俺の家に遊びに来ない?」

夜、情事後にのんびりと2人でお風呂に浸かっていたときのこと。家と言っても別荘なんだけれど、そう付け足しほんのり桃色に染まった頬を細い人差し指でかいて控えめに笑ういじらしい結仁にとりあえず帝はいったんキスをした。

「行ってもいいのか?」
「うん、海がよく見えるところと、自然が綺麗なところとあるんだけど、どっちがいい?」
「お前といれるならどこでも」
「その答えが一番困るんだよー」

浴槽の中で結仁は帝にバッグハグされた状態で、真上を首の後ろが痛くなるほど見上げれば帝がじゃれながら結仁の顔中にキスの雨を降らせる。
一瞬触れるだけのものや、吸い付いてかわいくリップ音を鳴らすものまで。困ると言いつつもまんざらでもなさそうにふふふと笑う結仁を抱きしめる帝の力は強くなるのは当然だった。

「海の岩場に隠れてセックスはベタすぎるか?」
「プライベートビーチだから隠れなくてもいいよ」

帝の冗談にさらに冗談で返す結仁。しかしそれを冗談と分かりつつ間に受けることにした帝によって、夏休みの2人の旅行の行き先は決まった。




「えっ、えぇ…いや、ちょっと…、う、うぅん…それは、そうだけど…、あ、ちょっ、…切られた」

しかし問題発生である。時計はちょうど八時を回ったばかり。お風呂から上がってお互いの髪をしっかりトリートメントも使いながらタオルで乾かしあっていたところである。
ソファに座る帝の足の間に三角座りをしながら座って結仁は電話をしていた。相手は別荘へ遊びに行く許可をくれる結仁の家族の誰かではあるが、結仁の言葉は電話の向こうの相手に対してあまりにたどたどしく歯切れが悪い。

ちょうど電話も切れたようだったので帝は結仁の髪を乾かす手を止めて声をかけた。

「どうだった?だめって?」
「いや、別荘に行くのは全然いいって。…ただ、」
「ただ?」
「条件に、顔を見せに来なさいって、怒られた」

不安と緊張も入り混じる苦虫を噛み潰したような顔をして言う結仁。家族仲がいい人ならそれくらいどうってことないだろうが、結仁が家族を避けて生きてきたことは帝も結仁から話を聞いて把握している。

家族のことはどちらか言わなくても大好きな結仁だが、小学生最後の年の第二次性徴検査をきっかけにこの歳になるまで家族との距離を図りかねていた。

特に八つも年の離れた兄を尊敬ばかりする内に自分でも収拾のつかなくなった劣等感が結仁の心に拭いきれないコンプレックスとしてずっとわだかまっていると言う。

帝からしてみれば結仁のいう兄に対する劣等感など、八つも年が離れていればそりゃあ兄の方が優れているのは仕方のない、それが結仁11歳で結仁の兄が19歳の時の話ならなおさらそうではないのかと思うのだが、負けず嫌いで自分に厳しい結仁はそれすらも悩みだと言うからいつも帝は結仁にあまり深く考えるなとしかアドバイス出来なかった。


「帝と学園外で遊びたいし、それくらい仕方ないよね…」

足の間で首を90度下げてあからさまに憂鬱になる結仁。学園では完璧なアルファを演じている分、帝と2人になったときの結仁の感情の起伏は激しい。
全然仕方なくなさそう、そんな様子に帝は見兼ねて背後から結仁の丸くなった背中を広い胸板と逞しい腕の中に閉じ込める。

「最後に会ったのはいつになるんだ?」
「さいご…んー、いつだったかなあ、高校上がってからは会いに行かなかった気がする…」

帝が贔屓目に見ても少し結仁は薄情なところがあるのは会計の馬場や書記の喜志の受け入れ方なんかを見て薄々感じていたが、家族に対してまでもとは、と帝は驚いた。帝と結仁はもう高等部3年だ。ただでさえ全寮制で特別な許可でも下りない限り、外出は長期休暇期間中くらいにしかできない。結仁は家族と丸2年は顔を合わせていないことになる。

人間誰しも好き嫌いの感情やそれに並ぶ「どうでもいい」といった気持ちは持ち合わせていることだろう。
帝は、「好き」「嫌い」「どうでもいい」はそれぞれ独立していてこの人は好きだ、あの人は苦手だ、その人はどうでもいい、とか。そんな価値観を持っているのだが結仁は違う。

好きだけど、どうでもいい。嫌いだから、どうでもいい。結仁の場合、好き嫌いの感情の奥に「どうでもいい」があった。

帝はそれを悪いとは全く思わないが、結仁の優しさからではなく無関心からきている言動を見ると多少は薄情な奴だなと思ってしまう。しかしそんな結仁が自分に向けた好きと言う感情の奥にある嫉妬や独占欲に触れるとなんともいえない感動に帝は見舞われるのだ。

「顔を見せに行くの、結仁が嫌じゃなければ俺もついていっておまえの家族に挨拶したい」
「え?本気?」
「かなり本気。こんなこと冗談で言わねーよ。…番の契りを交わしたしさ、挨拶するのが筋だろ?」

それもそうだけど…と結仁は言葉尻を詰まらせた。帝の言葉は正しい。これから死が二人を別つまで結仁と帝は共に生きていくのだ。ただの結婚とは違う、アルファとオメガの魂の繋がり。番とはそう言うものだ。

それを結仁の家族に報告しにいく。つまり結仁が今まで家族にまで隠してきた自分の秘密を打ち明けるということだ。
自分は本当はオメガで、アルファの番が出来たのだと。

帝の胸に背を預けてその腕の中に収まっていた結仁はその拘束から一度抜け出すと向き直って、正面から帝に抱きついた。風呂から上がった直後だから乾かしきれていないシャンプーの香りが濃く残る帝の髪が結仁の頬を撫でる。火照った体同士を合わせて重なる二つの心臓の音を感じながら結仁は覚悟を決めた。

「ちゃんと話さないとね。…俺も帝の家族に挨拶したいし」
「俺がついてる。大丈夫だ。俺の家はまた今度にでも行こう」

帝もソファにもたれてマーキング中の猫のようにすりすりと自分の胸の中で頭を寄せてくる結仁を優しく抱きしめた。





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