FAKE6・後
 

「おかえりなさいませ、結仁さま」

決意した日の晩から翌々日の午前。別荘ではなく姫松家にやってきた帝と、およそ4年ぶりの帰宅となる結仁。学園を出て送迎のタクシー車内で移動中もずっとそれぞれ種類は違うものの緊張しながら、親が雇った使用人の案内で父、母、兄が待つ部屋の前までついにやってきた。

帝の手には道中に買ったお菓子と予約注文して作って置いてもらった夏らしい立派な花束がある。結仁の家族に手土産として渡す用だ。

「帝、あけるね」

らしくない緊張した面持ちの、何度も気を落ち着かせるため深呼吸を繰り返す帝に結仁はそう声かけるとコンコンと部屋の扉をノックする。中からはーい、どうぞ、と明るい女性の声がそれに返事をした。

隣で自分よりもガチガチに緊張している帝を見ると少し可笑しくて結仁の緊張はほぐれる。意を決してドアノブをひねり中へ入ると、室内には記憶より少し老けた父と笑顔の変わらない母、普段着のラフな格好に身を包んだ兄がいた。

「た、ただいま」
「結仁!待ってたわよ〜大きくなったわね!我が息子ながら格好良さに磨きがかかったんじゃない?」

まず結仁を歓迎したのは結仁の母だった。リビングのソファでくつろいでいたのを廊下に繋がるドアの前まで小走りでやってきて結仁を抱きしめる。

最後に会った時は同じ目線だったのがいつのまにか母を頭一つ分見下ろせるくらい、結仁の身長は伸びていた。感慨深い事実に結仁の手は自然と母の髪をさらりとひとつ撫でていた。

「ひさしぶり…母さん」
「そうよ!何年振りだと思ってるの!ほんっとにもう冷たい子!突然全寮制に行きたいなんて言い出して!行ったら行ったで一年に一度帰ってきたらいい方じゃない!」

歓迎ムードが一転、結仁の一言により母は一気に不満が込み上げてきたようで結仁はそれに返す言葉もなくたじたじであった。

小学校高学年時期の反抗期だったとしても、親からすれば反抗らしい反抗もされぬまま突然息子が全寮制の学園に入学すると言って、したらしたで連絡もこちらがしなければ向こうから寄越してくることもない。家族の寂しさは計り知れないものだ。

「弥生(やよい)さん、それくらいにして。結仁、こっちへ来て座りなさい」

見兼ねた父が母を諌めて結仁にそう声をかけた。

「私としたことが、ごめんなさい。疲れたでしょう、座って休んでなさい。飲み物いれてくるわ…あら?どなた?」

結仁がドアも開けっぱなしで母の熱烈な歓迎を受けていたたため、家族の再会に水を差すのもな、とずっと気配を消して結仁の後ろに目立たないようにいた帝の存在に結仁の母がやっと気付いた。

それに返事をするのは結仁である。

「この人、俺の紹介したいって電話で言ってた人」
「初めまして。天王寺帝と申します」

礼儀正しい好青年の挨拶に結仁の家族たちはどうぞーと笑顔で歓迎する。腕いっぱいの花束も手土産も結仁の母は喜んで礼を言ってから受け取った。


「結仁の父の姫松清次(せいじ)です。息子がいつもお世話になってます」
「母の姫松弥生です。帝君は男前だからオバさんよりも弥生さんって呼んでほしいわ。そしてこちらは結仁のお兄ちゃんの縁乃(よの)です」
「よろしく、帝君」

白髪混じりの渋い魅力に包まれた清次に、顔のパーツのほとんどが結仁そっくりの弥生、結仁の顔をもう少しキツめな印象にして儚くした顔をしているのが結仁の兄の縁乃である。それぞれソファに腰掛ける結仁と帝の対面に座っており帝を挨拶がてら歓迎した。
目の前のローテーブルには冷たいコーヒーと帝が手土産として買って来た有名店のクッキーが並んでいた。

しばらく五人で結仁の学校での様子は、とか姫松の会社は今とても順調で、なんて今まで会えなかった時間の分だけ取り戻すように会話に花を咲かせる。

アイスコーヒーの氷も溶けてクッキーもなくなりつつある頃、少し雑談が落ち着いたところで結仁は口を開いた。


「あの、父さんたちに今まで黙ってたことがあるけど…その、実は俺、オメガ…なんだ」

それはあまりに唐突な告白で直前までわいわいと雑談していたから余計、その真剣な告白は異彩を放った。
家族の反応を確かめるのが少し怖かった結仁はそのまま俯向きがちに誰と目を合わせることなく言葉を続ける。

「帝はただの友人じゃなくて、俺の番。隠しててごめん。三人にオメガだってことを黙ってたのは、俺は縁乃兄さんになにを努力しても勝てる部分なんてなにもなかったのに、その上アルファじゃないなんて、幻滅されると思って…黙ってた。っでも、こんな俺を帝は大切にしてくれるって言ってくれたから、俺はちゃんと三人に認められたいって思えて、今更だけどちゃんと説明しようと思った」

そこで言葉に一区切りつけると結仁は両膝の上で拳をぎゅっと強く握りしめる。その緊張を解いてくれるかのように隣から帝の繋ぎ慣れた手が伸びて来て結仁の手を優しく包んだ。

怒られても、最悪勘当されても結仁はそれを受け入れるつもりである。今まで自分が勝手に避けて遠ざけて来たのだ、今更ながら容易に受け入れてもらえると思ってはいない。

「全く…。本当に今更だな」
「そうよ。ホントにね」
「何年かかってるんだって話だよ」

ため息を吐く清次にそれに同調する弥生、結仁を批難する縁乃の言葉に覚悟はしてたもののやはり辛いものは辛い。
結仁の俯く首の角度はさらに深くなる。

「あのねえ、結仁。あなたにはずっと黙ってたけど縁乃はね、この春から弁護士さんになったのよ」

俯く結仁にそう声をかけるのは弥生である。

なぜ今、不出来なオメガの自分に優秀なアルファの兄のそんな話を聞かせると言うのか。克服すると決めたはずの結仁の中の黒い心がざわついた。

「縁乃には本当はうちの会社を継いでもらいたかったんだけど、どうしてもこの道がいいって。私とお父さんの説得も聞かずにね。…なんでか分かる?」

結仁にそんなこと分かる訳がない。
アルファにはなにをやらせても有能だと教えるため?兄の縁乃はこれだけ立派で弟の自分がどれだけ無能か知らしめるため?どちらにしろ結仁は責められているとしか思えなかった。
唯一縋れるのは自分の手を握ってくれる帝の手だけ。冬の凍てつく寒さのような風に晒された心を温めるようにさらにもう片方の手を帝の手に添えて結仁は帝に縋った。

「オメガの人権を守れる人になりたいんだって、縁乃は」

弥生の言葉に結仁は金縛りにあったみたく重たかった頭をはっとあげた。
視界に入るのは言葉とは真逆に優しく慈愛に満ちた微笑みを浮かべる両親と照れくさそうに頬を指でかいて笑う兄、縁乃の姿。その縁乃の仕草に帝は照れ笑いする時の癖が結仁と全く同じだと気付く。

「ほら、オメガ性なせいで社会的地位が低かったり不当な扱いをされるだなんて当たり前な世の中じゃない。縁乃はそんな人たちを守ってあげたいんだって。我が息子ながらなんてカッコいいこと言うんだろうって、話を聞いた時私感動しちゃった」
「そんな縁乃に影響されてね、私たちも心理カウンセラーの資格を取ったんだ。 オメガ性に悩む人たちの相談相手になれればいいなってね」
「バースシェルターも創設したのよ。性に悩む人たちの駆け込み寺、兼オアシスをつくろうって」

弥生と清次の話に結仁は真っ暗な絶望の闇の中で温かな朝の日差しによく似たキラキラと眩い光が見えた。

家族みんながオメガに偏見を持たず、それどころか理解を示し受け入れる心を持っている。

(こんなの、思い上がってしまうじゃないか)

「失礼ですが、それってじゃあ弥生さんたちは…」
「ふふ、そうだ。帝君。君の予想の通りだよ」

震えたまま言葉の出ない結仁に変わって、言葉を代弁するかのように帝は声を出す。

オメガ性に理解のある人間などこの世の中では同じオメガ性か、その身内しかいないだろう。身内だとしても理解してくれない人間や変えられない事実に批難する人間だっている世界だと言うのに、ましてやそのオメガという性を受け入れ守ろうとするなど。

「俺も父さんも母さんも、みんな結仁がオメガだってこと、知ってたよ」

遂に縁乃の決定的なその言葉に結仁は言葉が出るよりも先に涙が放水したダムのように溢れ出た。

結仁の家族は結仁がオメガな事を知っており、その上で結仁が自分から相談してきてくれる日を待っていたという。
自分は兄に嫉妬して劣等感を抱き家族を身勝手に避けてきたというのに、その家族たちは結仁が黙って隠し通してきた事に怒らず、受け入れる準備をしていたのだ。

結仁は自分をとてつもなく恥じた。

「だから、俺たちみんな怒ってないよ。むしろ、よくこの歳になるまで一人で耐えてこれたね。不甲斐ない、頼りのない兄でお前に申し訳ないと思ってる。辛かっただろう?」
「そんな、ぅ、にいさん、あやまらないで。そん、な風に思っててくれていたなんて、俺…しらずに」

優しい兄の言葉に結仁の涙は止まる気配を見せない。泣きじゃくる結仁を前に帝はただただ玉のような涙を掬ってやることしかできなかった。

「結仁ってばすぐ一人で抱え込んで悩んじゃうタイプなの。私たち、いつか結仁がその不安に押しつぶされてしまわないか心配で。でもそれを吐き出すことも出来ない子だから。だから帝君、こんな子だけど、結仁をお願いね?」
「っはい!勿論です。これから先、結仁に悲しい涙は流させないし一生かけて大事にすると誓います」

弾かれたように勢いよく返事する帝にくすりと笑ってそれなら安心、と言う弥生に、もし帝君と喧嘩したならいつでも帰っておいでと冗談を言う縁乃。こら、帝君ももう私たちの息子同然なんだからと縁乃を嗜める清次に結仁は当然、帝も心を温かくした。

体の内側からじんわり温もるその心地良さは夏だと言うのに不快になることは全く無く、帝の母らへ向けたその言葉に結仁はすっかり泣き止んでなんて自分は幸せ者でこんなにも恵まれているんだろう、と頬をかいた。





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