ロータス4
 

空がうっすら紫に染まりつつある夜と朝の間の時間、アル・ニールはふと目が覚めた。開けっ放しだった大窓のカーテンの奥から無数の星と大きな満月がきらきらと控えめに夜を照らす。

同じベッドの中には夢の中にいるだろうリエンがアル・ニールの腕に抱かれ、胸の中に収まり眠っていた。アル・ニールはリエンを起こさないようさらりと浅い夜のような紺色の髪をそおっと一房とって撫でる。

(そう言えば…)

昼間にリエンが、お日様が気持ちいいから私は昼の方が好きですと暖かな陽射しをきらきらと全身に浴びながら慎ましく微笑んでいたのをアル・ニールは思い出した。

アル・ニールは特に朝昼夜どれが好きだなんて意識したことが無かったからリエンのそんな話はなんだか新鮮だった。しかし気の利いた返事ひとつ出来ず、そうか。としかアル・ニールは言えなかった。

「…愛しいリエン」

そのリエンが望むならなんでも贈ってやりたいアル・ニールだが、さすがに“昼”はプレゼント出来ない。むにゃむにゃと眠りながら微かに微笑むリエンを見てきっといい夢を見ているのだろうとアル・ニールは思わず笑みが零れた。

ただ寝ているだけの姿もずっと見ていて飽きない。アル・ニールはふとリエンの髪色から夜の空を連想した。大窓に映る空の色にまるでリエンが溶けていってしまいそうな。唐突にリエンが居なくなることを想像して胸が太い針で刺されたような気になった。

「…ぅ、んん…アル・ニールさま…」

その存在を確かめるみたく力を込めてぎゅっと抱き締めればリエンの体温と心臓の音をもっと身近で感じることができた。だがしかし、その代わりにすやすや眠って居たリエンを起こしてしまう事となったが。

「すまない。起こしたか?」
「ん、いえ…。アル・ニールさまは、ねむれないのですか?」
「いや、その…リエンが私の元から消えたらどうしようかと」

元々奴隷の身分だったリエン。アル・ニールがリエンと初めて出会った時は奴隷商の男に好き勝手乱暴されて酷い暴行を受けていた。それにまともな食事も与えられずこき使われていた為、年齢と体格が全く見合っていなかった。
あの頃よりかはそれなりに肉もついたが、それでもリエンの今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気はなくならない。

夜に溶けるだけじゃない、さらりと風に舞う砂みたいにさらさらどこか遠くへ飛んでいくかもしれない。流れる水に飲まれて見えなくなってしまうかもしれない。
一度アル・ニールの心を過ぎった不安はなかなか消えずその存在を確かめるように、離さない覚悟が篭った力でリエンをぎゅっと抱きしめるのは仕方ない事だった。

「消える?私はずっとアル・ニールさまのお側におりますよ」
「…リエンの髪が綺麗で、しかしこの空と同じ色をしていたから。リエンがこの空に飲み込まれてしまうかと思ったんだ」
「ふふふっ!そんなことは絶対にありえませんよ」

喉を鳴らして可笑しそうに笑うリエン。ツボに入ったようで控えめにではあるがアル・ニールの言葉でずっと笑っていた。

「もし私が飲み込まれるならアル・ニール様の瞳がいいです」
「私の?」

すっかり目が覚めたリエンはもぞもぞとアル・ニールの腕の中で体勢を直し、抱き込められる形から、アル・ニールの顔がよく見える位置まで顔を出した。

「その、アル・ニールさまの瞳の色が、私の髪の色と似てるなあと常々思っておりました。…思い上がりも甚だしいのですが」
「そんなことはない!…そうか、私の瞳はこんな色をしているのか」

しおらしいリエンの言葉を受けてアル・ニールは再びリエンの髪をとった。

「アル・ニールさまの瞳はとても綺麗です」

星々に照らされた銀河の一部を切り取ったようなアル・ニールの瞳は金糸の髪によく映えて美しい。うっとり呟くようなリエンの声を受け、その瞳の瞳孔が瞬きの度に拡縮を繰り返す。

「そうか…。リエンはこの瞳が好きか?」
「はい!…だから、私はこの瞳の中でなら、溶けてみたい」

きっとリエンなら目に入れても痛くないんだろうとアル・ニールは思う。不安だった心はいつの間にか身を潜めた。

リエンが自分の瞳の中に溶けたら、離れ離れになる日は来ないのだろうな。それは悪くないとすっかり気を良くしたアル・ニールはリエンの真白い額に触れるだけのキスを落とす。

「しかしリエンをこの瞳に閉じ込めておくのは勿体無い。変わらず、私のそばにずっといてくれるならそれでいい」
「もちろんです。アル・ニールさまから離れることなんて、離れろと言われたって出来ません」
「ふ、そうか…。今度、天気のいい日の昼間にでも2人で散歩に出掛けよう」
「っ!はいっ。行きます!」

弾かれたように返事をするリエン。

アル・ニールは“昼”をリエンに贈ってやることは出来ないが、共に過ごすことなら出来る。
瞳の中にリエンを溶かすことも出来ないから、代わりに2人でたくさんの景色を見よう。それも、それなら出来る。そしてその目に思い出を閉じ込めるのだ。

その意が込められた二度目の額へのキスはまた幸せな眠りへつくための合図となった。





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