取り戻せない
 

「シノ・バルバーニです。よろしくお願いします」

緊張した面持ちで壇上で挨拶したのは季節外れの転入生だった。
赤毛が少し混じった茶髪に、同い年とは思えないほどの身長。目はくりってしてる方だけど、鼻はぺったんこだし、なんか垢抜けてない感じのちんちくりん。

この学園は容姿重視なところがあるから、この先苦労しそうだなあ、って第一印象。

そんな転入生の席は俺の隣に決まった。

「あっ、あの、よ…よろしく」

転入生、シノは俺に引きつった笑顔を浮かべて噛みまくりのぎこちない挨拶をくれた。

「俺はミサカ。よろしく。困ったことがあれば頼ってくれよ」

そう笑顔で言ってやれば、花綻ばせたように笑って俺の手をぶんぶん掴んでありがとう、と言った。ちょっと驚いたけど、いい奴そうだ、と思った。



「シノー、食堂いこー」
「いいけど俺今日もお弁当あるよ?」
「まじで?じゃーまた卵焼きもらお」

シノが編入してきて早いことにもう一ヶ月が経とうとしていた。

四限目の授業が終わって、隣の席のシノに声を掛ける。
ガサゴソと教科書類を鞄になおして、かわりに布地の袋に入ったお弁当箱を取り出す。

この一ヶ月でシノについて分かったことは、シノの作る卵焼きは甘いこと。料理が上手いこと。人見知りなこと。勉強は苦手なこと。体を動かすのは得意じゃないこと。負けず嫌いなこと。

「卵焼きあげてもいいけど交換だかんね、早く行こ」

「またミサカくんと…」
「なんであんな平凡が…」

そして、まだ俺以外のクラスのみんなとは打ち解けていないこと。

明らかにこっちに聞こえる声で話すクラスメイトは、多分俺のファンクラブの人だと思う。
この学園では美形だとかかわいい子だとかには親衛隊が出来るのが普通だ。男子校なのに馬鹿らしいとは思うけど。

俺の親衛隊発足したいとか言う人たちが何回か来たけど許可しなかった。そしたらなんかファンクラブって形で活動してた。

スクールカーストで言えば俺はトップらへんの人間で、きっとシノみたいな奴は下から数えた方が早いんだろう。
俺は俺が好きなやつと連んでるから周りにとやかく言われたくはないんだけど、周りはそうじゃなかったようだ。

今もシノはその声が聞こえていたはずなのに、知らんぷりしてる。なんか無理して笑う姿とか痛々しくて、すげえ申し訳ない。

俺がシノのそばにいなかったら、シノはこんな目に遭わなくて済むのかな。

次の日から俺はシノと関わる事をやめた。




それから、約一年が経った。
無事二年に進級して、俺は生徒会に入った。生徒会長として。
これも馬鹿らしいと思ったが、抱かれたいランキングとかで二位に選ばれたらしい。本当は一位のやつが会長になるはずだったんだけど、蹴ったらしくて二位の俺に会長の座が繰り下がって来た。
仕事は大変だけど、その分の生徒会特典がすごい。なんかいろいろ特別扱いされてる。

本当は生徒会とか興味無かったけど、これはチャンスだと思った。

親衛隊、馬鹿らしいランキング、定期テストの度のクラス変動を無くすチャンス。

これらは全てこの学園特有の制度で長年続いて来たものだ。簡単にはいかないかもしれない。
だけど、もし一年前にこれらが無かったら俺はシノと離れずにすんだ。今からでも遅くないはずだ。
俺のこの案が通って、無事施行されたらシノをSクラスに戻して、また楽しい日々を送ろう。今度は文句を言う奴らだっていない。




学園の大食堂は基本たくさんの人間の雑談で騒ついているものだが、その日の夜のざわめきはいつもと違った。

「お腹すいたー。ね、ソーは何食べるの」
「さあ、食堂はあんま来ねえからな。メニュー見てから決める」
「俺も食堂一年ぶりくらいに来るんだよね」

学園一の人嫌い、ソー・カーライルが人間と雑談を交わしていたのだ。
人型の精霊でもなく、ケンカを買っていた訳でもなく、茶髪の生徒と楽しそうに喋っていたのだ。

人前に出ること自体滅多にないー俺でさえほぼ一年振りに見たーのに、しかも人を一緒に連れて歩いているのだ。
その人間離れした美貌から彼とお近づきになりたい人間はこの学園にはごまんといるが、実際に近づけた人間はいない。みんな血の海に溺れて死にかけた。


「…シノ…?」

その、カーライルの連れている茶髪の少年に見覚えがあった。俺の記憶の中のシノと、然程変わらない。
クラスが変わって、寮が変わって、会う機会が全くなくなった、ずっと会いたかった俺の友達。

俺の呟いたような声に、シノがこちらに目をやる。
アーモンドのような瞳を大きく見開いて驚いた様子でいたが、隣のカーライルに声を掛けたと思ったら俺の元へ走り寄って来た。

「ミサカ…ひ、久しぶり」

おずおずと俺の顔色を伺いながらそう言った。シノが転入してきた、俺と初めて言葉を交わした日を思い出す。
一年前、泣きながら、怒りながら話しかけて来たシノを無視し続けたのは俺だ。
そんな俺を普通は無視してもおかしくないのに、今こうやって話しかけてくれるシノの優しさが嬉しい。

「元気してた?シノ」

俺が答えればシノはパァっと笑う。表情がすぐにコロコロと変わるところも変わってない。

「俺、生徒会長になった。この学園で一番権力を持つ人間になったんだ。
もうすぐシノをSクラスに戻してやれるんだよ」
「え、ミサカ、それってどうゆう…」
「親衛隊だって潰す。もう俺とお前の仲に文句は誰にも言わせない。だから…ッ?!」

突如左の頬に走る衝撃。勢いよく吹き飛び地に尻を着けてから何が起こったのか理解する。

カーライルに殴り飛ばされた。
後からジンジンと左頬が熱を持って痛みを訴える。

「だから、何?」

今にも殺さんばかりの冷たい目で俺を見下ろし俺の言葉の続きを待つ。
周りは俺が殴り飛ばされたことで阿鼻叫喚の嵐になっている。

俺はシノから目が離せなかった。
カーライルはシノの腰を自分に抱き寄せシノを俺に近寄らせないように、自分のそばから離れないようにしている。

一年、離れていただけでシノはこんな大物を釣って来てしまっていたのか。

「…だから、あと少し待ってくれ。すぐにFクラスから出してやる」
「へえ」
「ソー!!やめて!!やめてってば!!」
「ぐぅッ、ガッ」

俺の言葉にニヒルな笑いを浮かべたと思ったら、シノの声も無視してその足を何度も何度も俺の腹に高く上げて振り下ろす。


ギリギリ意識を失わないうちにその猛攻は終わった。

「くだらねーこと考えてんじゃねーよ」

俺は未だシノから目が離せなかった。
カーライルの腕の中に、胸の中に閉じ込められ泣くシノは俺と目も合わせてくれない。

彼らはきっとここへ食事しに来たはずなのに、シンと静まり返った大食堂から出て行ってしまった。

「会長様!大丈夫ですか?!」
「誰か治癒魔法を使える人は!」

二人が出て行った途端、俺の周りに人がわらわら集まる。俺を心配する声やカーライルやシノを非難する声で食堂は溢れかえった。

この騒ぎの中、俺の意識はここには無かった。
二人が出て行った扉から目が離せない。

一年前、俺が無視しなければ今シノの隣にいたのはカーライルではなく俺だったはずだ。
そして気付く。俺はシノを友愛ではなく恋慕していたことに。

口の中は殴られた拍子で切れて、鉄の味が舌に広がる。

なぜかシノのつくった甘い卵焼きの味を思い出して、無性に食べたくなった。


つづく





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