なかなおり
 

橙の空が濃藍に染まりつつある頃、シノはキッチンに立ってその日の晩ご飯を作っているところだった。

食堂のご飯はどんなメニューでも頬が落ちそうになるほどの美味しさだが、味に比例して値段も高い。
将来有望な魔術師の卵ばかりが集まるルイスは在校生の親族や卒業生、全世界から多額の寄付金が寄せられるお金持ち校だ。食堂はもちろん購買で販売されている教材や文具は学生の財布には痛い金額で売られている。

大都市では超高層ビル群が立ち並び、車や船は空を飛んでいる。そんな魔法との融合により進んだ科学の恩恵を受けない農村で生まれ育ったシノに、ルイスの高級な味は毎日食べ続けられるものではなかった。

この学園にやってくるまでは村のお年寄りと共に農作業をずっとしていたシノは当然自炊を選んだ。
学園内で唯一食品を扱っているコンビニは品揃えが悪く、シノは週に一度ネット通販で野菜や生もの、調味料などを買い揃えている。ソーと付き合うようになってからはたまにソーの愛車…バイクに跨り街に出て買い物に行くこともしばしばあった。

今日の晩ご飯は和食だ。大根おろしと葱をのせた出し巻き卵に肉たっぷりの野菜炒め、豆腐とワカメの味噌汁。それにソーは加えて酒を飲む。

晩ご飯の準備を済ませれば後はソーの帰りを待つだけ。
大体授業を受けずに部屋にいることが多いソーは珍しく今日はいない。きっと旧広場で寝こけてるんだろう。
膝の上で眠るケット・シーを撫でながらソーが帰ってくるのを待った。


しばらくしてから玄関からガチャリと音がなった。シノは立ち上がって玄関に出迎えに行く。立ち上がった拍子にケット・シーはシノの膝から転げ落ちた。

「おかえりー…ん、ちゅ」
「ん…ただいま」

シノは体を繋げることよりキスをする方が好きで、よくシノからキスをしかけることが多い。
お帰りのキスもその一つで、盛り上がった二人が晩ご飯も食べずに寝室へ直行するのは一度や二度のことではない。

しかし、今日はそういかなかった。
背伸びをして両腕をソーの首に回し舌を絡ませる。シノがふと薄く目を開くとソーの肩越しに人影が見えた。

え、と思わずソーから唇を離して後ろを確かめる。

「…やあ、お熱いね」

なんと、ミサカがいた。
気まずそうに笑っている。
シノの頭の中はなんでここに、ソーが連れて来たの、恥ずかしいところを見られた、と大パニックだ。

「とりあえず入れば」

ソーがミサカを連れて来た理由はハッキリとは分からないけど、きっと俺が前にミサカともう一度話したいと言ったからだとシノは考えた。
ソーはミサカに入れと促した後、自分はそそくさと寝室に入って行ってしまったのがその証拠だろう。ソーはシノにミサカと二人で話す機会を作ってくれたのだ。

シノとミサカはリビングのソファに並んで座る。

「…ミサカ、あの、前はソーがごめんね…、その、怪我とかは…」
「…シノが謝る必要はないよ。本人にさっき謝られたところだしね。怪我はまだ少し痛むけどもう大丈夫」
「…そっか…」

人嫌いのソーが自分以外の人間とケンカ以外で関われた事にまず驚きだが、さらにミサカに自分の非を認めて謝ったと言うのだ。

(……愛されてるなあ、俺)

ソーは本来なら自分がいくら悪くても謝るような人間ではない。
なのに、ミサカに謝った。きっとシノがソーを怒ったことが原因だ。

「…一年前、俺シノを無視したの申し訳ないとずっと思ってた」

ミサカがそう話を切り出してハッとなる。
それに関してはシノはミサカに聞きたいことがたくさんあった。しかしシノがそれらを聞く前にミサカは答えてくれた。

「俺と関わることで、シノが俺のファンクラブの奴らに危害を加えられるのが嫌だったんだ」
「…そうだったの…」
「……もっと、怒るかと思ってたよ」

ミサカは確かに初めて出来た大切な友達だ。
ソーに出会っていなかったらきっと、泣き叫んで怒り狂っていたことだろう。

なんでそんなことしたの、だからって無視するなんて、ミサカと友達でいれたらそれでよかったのに、
今の自分がそう思わないのはソーがいるからだ。

「…言い方は悪いかもしれないけど、俺…今はソーがいれば他はもうどうでもいいっていうか…」
「……そう」

どうでもいいとは言ったけど、村に残して来た家族、使い魔のケット・シー、初めての友達のミサカだって大切なのは変わらない。でも、ソーには劣る。

「カーライルがいるから、俺はもういらないんだね」
「いじわるな言い方だなあ。…ミサカはいなくても俺は生きていけるけど、ソーがいないと俺、駄目なんだよね」

口にする言葉はお互いなかなか棘があるが、雰囲気はそうではなかった。
今にも笑い飛ばせる冗談のような本気を語り合っている。

「…悔しいなあ、たった一年間しか経ってないのに」
「俺からしてみればあっという間だけどね。…晩ご飯、食べていきなよ。俺お腹すいちゃった」




「…確かに話し合いすることは認めたけど晩飯は許した覚えはねーよ」
「怖い顔しないでよもう。たまにはこういう日もいいじゃん」
「どれも美味しそうだね。シノ頂きます」
「どーぞー」
「おい、話聞け」

いつもならシノとソーは向かいあって食べるが今日はミサカがいるため、二人は並んで座っている。シノは隣のソーを宥めながら野菜炒めを口に運んでやる。

「そんな怒んないで、ほら、あーん」
「……うめえけど…」
「ホント見せつけてくれるね」

ミサカはそんな二人の様子に微笑む。
一応、ミサカはシノの事がライクではなくラブの意味で好きなのだが、先ほどのシノの惚気振りとカーライルに謝罪された時の真摯な姿勢を見て、自分は二人の間に割り込むべきではないと思った。

これからはこの二人に一番近い所にいて、この幸せを守ってあげよう。

「この出し巻卵、甘くて美味しいよ」

今はまだ、シノの笑う顔が見れるだけで十分だ。



……

ミサカは金髪碧眼の王子様なイメージ。
ソーとは正反対。





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