アンコンディショナリー
 

「ひっ、ひっ…ひっくしゅっ」
「わ!もう満生(みつき)!くしゃみする時は口を手で押さえる!」
「うぅ〜おにぃごめん…」

吐く息が真っ白に曇るようになった季節。
俺の隣を歩いていた満生が短く履いたスカートを木枯らしに吹かれ靡かせて、寒さにくしゃみをする。も、ブレザーのポッケに手を突っ込んでいたせいで口を押さえられず酷い有様だ。

「ほらも〜、鼻水チンして」
「ブビーッ」

俺は即座に鞄からティッシュを取り出し満生の鼻をかませてやった。満生と俺は二卵性の双子だ。妹の満生はドジで目を離せば何かとトラブルに巻き込まれたりすることがあるからほっとけない。高校生になっても世話を焼いてしまうのも仕方がないと思う。だって心配だ。

「満生風邪か?そんなもんぜんぶ利伊汰(りいた)にうつして早く治せよ」
「おい、なんで俺だよっ」

満生の隣を歩きながらその様子を見ていた幼馴染の遼(りょう)がシシシ、と悪戯っ子みたく笑った。
現在清々しい晴天に恵まれ登校中。家が隣同士で3人とも同い年、同じ高校。毎朝3人で登校するのは小学校からの恒例だ。

遼はかなりの美形で男女問わずモテるし、満生は儚げで守らないと、ってまわりに思わせるような可憐さだ。美男美女の2人と並んで歩くあくまで平々凡々な俺。人とすれ違うたびに同情の視線とか、不釣り合いだな、っていう視線にはもう慣れた。

「今日、おにいの作るハンバーグが食べたいなあ」
「あ、俺も食べたい。ソースは和風ね」
「なんで満生はともかく遼の分まで作らにゃならんのよ」
「いーだろー別に。いつものことじゃん」
「作ってやりたいけど、俺今日バイトなんだ。2人で適当に食べて」
「えぇーざんねん」
「そのかわりお弁当には満生の好きなタコさんウインナー入れといたから!」
「わぁ!やった!お昼楽しみ〜」
「俺には弁当ねえじゃーん」
「あるわけないだろっ」

仕事で忙しい両親に代わって家の事はずっと昔から俺がしてる。満生にさせると料理なら怪我を、掃除ならさらに散らかしてしまう事態になるからだ。
それに、元はと言えば母さんと父さんの、おにいちゃんは偉いね、ありがとう。って言葉が嬉しくて。もっと褒められたくて始めたことが今でも続いてる。別に家事自体は嫌いではないし、苦と思うことは無かった。

そんな、毎度毎度俺に世話を焼かれる満生、その満生に騎士みたく寄り添って守る遼、その遼に蔑ろにからかわれる俺。これがこの3人のいつもの様子だった。

「じゃあ今日も満生の事頼むな、遼」
「おー」
「またね、おにい」

学校についたら、俺だけが2人とクラスが離れてしまうから満生を遼に託してから俺は自分の教室へ向かう。これも毎朝恒例だった。

満生は性こそベータだが、その辺のオメガより異性を惹きつける才能があった。

黒髪ロングで色白、マスカラやアイライナーに縁取られた目はぱっちりしていて兄の俺が贔屓目なしに見てもとてもかわいいと思う。絵に描いたような理想の清楚系女子な満生。しかも性格は大人しくて天然だから、みんな満生に寄り添う。

…親も、遼も。俺と満生共通の知り合いはみんな、なにかと双子の兄の俺を天秤に乗せて惨めな思いにさせてくれるのだ。

満生はそそっかしいから、見守ってないとね、
利伊汰はしっかりしてるから1人でも大丈夫だな、
双子でも、お兄ちゃんはやっぱり頼りになるわ、
妹をずっと守ってあげてね、

そんな類の言葉はもう何百回と聞いた。

無条件でみんなに心配されて愛される満生と違って、俺はいい子ちゃんでいることしか親から認めてもらえない、満生の世話焼いて守る兄でないと、周りの目に映してもらえないから。
自分から進んでそういう風に環境や状況を持って行ってるトコロもあるけど…。 最近、1人になるとよく考え込むようになってしまった。

さっきみたいに、遼に…好きな人に目の前で満生と比べられて、俺は蔑ろに物言われると、なんかこう、性格見直した方がいいのかな、とか。自分で整えたこの環境を無性に壊されたくなってしまう。


ーー利伊汰は、守られなくても一人で強いじゃんーー

強く悩むようになったキッカケは、遼からしてみればなんでもない、いつものように俺と満生を比較した時の言葉だった。

(俺だって、守られたいとか思うし)

1人で強い訳じゃない。
強くないと、誰も見てくれないんだよ。

遼の言葉に笑いながら、その時は「そりゃ当然だろ」と強がってはみせたが、心の中の俺がそうハッキリと自己主張していた。

俺の性はオメガだ。俺だけを見てくれる運命の番に出会いたいしとても憧れている。大勢じゃなくていい、たった1人俺だけを愛して、守ってくれるような人に会いたい。俺と満生、持って生まれる性を間違えたんじゃないだろうかと思った事もある。そんな事絶対口には出せないけど。

しかし現実は長年兄弟みたいに一緒に育って来た好きな人にすら、そんな事を言われてる訳で。
こんな俺が人から愛されるようになるのは地球の隅っこと月くらいに遠い、来るか来ないかも分からないようないつかの話だ。





「あ、雨だ…」

ポツポツと雨が降り出したと思ったら、それは次第に音を変えて窓に叩きつけるように降る大粒の雨に変わる。朝は晴れてたのにな、と思いながら曇天を仰いだ。

その日の授業が全て終わって、バイトに向かおうとしてた時だ。こんな事もあろうかと俺は常に傘を学校のロッカーに置いていた。 みんなが帰りどうしようやらで慌てる中、俺は平常だった。

「あ、おにぃ」
「あ、利伊汰」

ちょうど屋根のある校舎から外へ出ようと傘を広げようとしたとき、聞き慣れた同時にはもった声に振り向いた。

「満生、遼。2人も今帰り?」
「そうなんだけどこの大雨で…」

バイトがある日はいつも俺は一人で帰ってる。今日はちょうど、2人で帰るところだった満生と遼に鉢合わせた。2人はどうやら傘が無くて慌てる側の人間だったらしい。
急な雨だもんな、こんな大雨の中帰ったら風邪を引くに決まってる。

「じゃあ2人でこれ使えよ」
「えっ、いいの?」
「でも利伊汰の傘なくなるじゃん、どうすんの?」
「俺はロッカーに置き傘してたのあるから大丈夫!それ取って帰るから、気にせず使いな」
「おにい、ありがとう!」

いいよいいよと、2人仲良くビニール傘に入って帰るのを見送る。なんでだか最後まで遼が不服そうだったけど。

2人が見えなくなったところで、俺はそのまま傘を持たず覚悟を決めて、カバンをお情け程度の傘がわりにして外へ飛び出した。

咄嗟に満生には嘘ついたけど、実は俺のロッカーに常備してあった傘は2人にあげたあの傘だけだ。取りに戻ったところで傘なんてもうないし、満生と遼が雨に打たれて風邪を引かないで済むならそれでいい。学校から歩いて10分かかる最寄駅まで雨に打たれてビショビショになりながら走った。


「なんかさあ、利伊汰くんって隙がないよね」
「はあ?隙ですか?」
「そ。隙」

バイト終わり、雨に濡れた服を更衣室の1番風があたるところに干しておいた俺はそれをハンガーから外しバイト着からそれに着替える。

まだ微妙に湿ってるけど仕方ないな、とか考えてた時だ。
同じくバイト終わりの大学生でベータである先輩も着替えながら突然そんな事を言ってきた。

「だって今日もさ、雨に濡れてびしょびしょだったけどテキパキ自分でタオルで拭いて服も干して、なんかこっちが心配する余地もないくらいしっかりしてた」
「風邪引いちゃいますからねー」
「ほら、そーいうトコ!りーた君はもちょっと人に頼る事を覚えた方がいいよ」


ーーその方が、可愛げあるよーー

先輩のその言葉は帰り道、ずっと俺の頭の中に残っていた。
帰りの空は夜と合わせて未だ黒く曇っているものの、雨はもう止んでいた。

(可愛げ、なあ…。別に、あの状況で誰かに雨に濡れたので手伝ってください、なんて。そっちの方がメーワクだろうし、もたついて風邪引く確率高くなるじゃん)

先輩に返せなかった言い訳をつらつら頭の中で並べて行く。きっと満生ならどうしよう、濡れちゃった、なんて言って風邪引くのも御構い無しに濡れたままでいるんだろう。そして俺や遼が見兼ねて助けてあげる。周りに自然にそうさせる事を満生は無自覚に出来るし、先輩が言う可愛げ、ってのもそういうのなんだとも思う。

俺にはそんな真似到底できそうにない。
そういうのは満生だから許されるのであって、俺が同じことをしようものなら母さんたちには幻滅されるだろうし、遼にも呆れられるに決まってるから。
先輩のアリガタイご忠告は俺の機嫌を損ねるだけだった。


「利伊汰」

ふつふつ湧き上がる苛立ちを、さっきまでの雨で出来た水溜りに重ねてパシャパシャと靴や裾が濡れるのを構わず踏んで歩いている時。もうすぐ家、というところで名前を呼ばれた。その声にぱっと顔を上げると、少し先に遼がいた。

「遼」

遼はほとんど毎日、放課後を俺の家で過ごす。親が帰ってくるのが遅いうちの家と、一人っ子の遼。小学生の時から夜ご飯を共にして、たまに風呂まで入っていって、遅くまで遊んで、そして帰る。高校生になっても続いてるその習慣、ちょうど遼も自分の家に帰るタイミングだったんだろう。

偶然の鉢合わせに、いつもなら遼の顔を見るだけで元気になれる単純な俺だけど、前に言われた遼の言葉と今さっき言われたバイトの先輩の言葉が心を占めていて、どうしようもない苛立ちが胸の内をぐるぐる巡る。

「…利伊汰、傘は」
「え?傘?…あ、ああ。……バイト先に忘れて来た」

放課後、不機嫌そうだった遼は今も変わらず、なんなら増して不機嫌そうで、眉間に皺を寄せながら低い声で俺に詰め寄った。一瞬、傘って何の事だと口をついたしまいそうになったが放課後の帰り際のやり取りを思い出した。そして咄嗟についた嘘の言い訳に、遼は眉間の皺を深くする。これは信じてくれそうにもないヤツだ。

「本当に?しっかりしてる利伊汰が忘れ物って滅多にないじゃん。本当に傘持ってたの?」
「持ってたよ、俺だって忘れる事くらいあるよ。いきなりなんだよ」
「ならなんで制服湿ってんの?」
「雨強かったじゃん、傘で防ぎきれなかったんだよ、多分」
「嘘ばっかり。この濡れ方、服全体濡れてる」

案の定俺の話を信じてくれない遼が超エキスパート尋問官かのように俺を問い詰める。いつのまにか距離も縮まって遼は俺の目前にまで迫っていた。帰り際だと思ったけど、これはきっと、遼は最初から俺の嘘を見透かして問い詰める為に満生のいない外で俺を待ってたカンジだな。
美形に凄まれるというレアな経験、なかなか迫力がある。だが、機嫌悪いのは俺も同じ。憎まれ口叩くのを止める事はできなかった。

「なに?しつこいな。仮に俺が初めから傘持ってなかったとして、遼に迷惑なんかかかってないだろ」
「は?かかってるだろ、俺と満生が傘持ってなかったせいなのに利伊汰が俺らに傘譲ったことで雨に濡れて風邪引いたらどうすんだよ」
「今朝は満生の風邪、俺に全部うつせばいいとかそんなの言ってた遼が言うなよ」
「…っ」
「もう、この話終わりな」

じゃあな、また明日、と態度悪く肩をぶつけ去る俺。
ーー俺、可愛げないなあ。先輩の言葉が脳裏を掠めるがついた言葉はもう引っ込みがきかない。心臓が早く鼓動して、冷たい汗が額からこめかみに流れる。微かに手も震えた。
思えば、遼にこんな本気の喧嘩腰で喋る事なんか今までなかった。こんな緊張してるのはそのせいだ。

「利伊汰!」

やばい、涙が出そう、となったところで遼の語気が強めの声で呼ばれて手首を後ろ手に掴まれた。そしてそのまま無理やり振り向かせられる。

「…っ、自分で言ってて泣いてんじゃねーよ!」
「はぁ?!泣いてないっ。遼が俺に言ったんだぞ、利伊汰は1人でも強いだろって、守られなくても大丈夫だろって!俺のことなんかほっとけばいいだろ!」
「ほっとける訳ねえだろ!それにあれはそういう意味で言ったんじゃねえよ!」

住宅街近くの公園、夜だからか人通りは少ないものの公共の場で殴り合い寸前の2人。

「あの言葉に、悪意以外のなにがあるんだよっ」
「〜っああ、もう!お前はいつも1人でなんとかできんだろ!家のことだって、満生の世話だって、全部一人で背負い込んで…!……俺、そんなに頼りねえかよ。心配する隙くらい、俺にくれよ」
「…っ」

語気が弱まり、切実に乞うような瞳に今度、黙るのは俺の番だった。

「…俺の言葉が利伊汰をそんな風に傷つけてたのは、知らなかった。…ホントごめん」
「も、もう今更だし、その通りだし、別にいい」

大粒のそれが零れ落ちそうになって、咄嗟に俯いた。重力に従ってそれは落ちて、雨で濡れた地面をさらに濡らす。手は遼に掴まれたままだ。

「…泣くトコも見せたくないぐらい、俺って信用できねえわけ」
「そ、そういうんじゃ、ない…っ」
「じゃあ顔上げろ」

すると遼は手を離して、両手で俺の顔を挟むと無理やり顔を上げさせた。そしてばちりと絡むお互いの視線。涙が止めどなく溢れる視界でも遼の端正な顔が思った以上に近くにあるのを確認出来て、ぶわわ、と顔が真っ赤になるのを自分でも感じた。

「…はな、はなして。…なんで、今日はそんなに俺に構うんだよっ」
「お前の事が好きだからに決まってんだろ!だから、自分を犠牲にして俺や満生の為になにかして欲しくねえし、頼ってほしい!」

そしてその言葉でさらに俺の顔は赤くなった。

「言っとくけど、幼馴染とか家族同然の好きはそら当然あるけど、そういう意味だけじゃないからな、今のは!
毎度毎度、なんかあるたびに俺に満生をよろしくって、自分のこと後回しで満生の事ばっか気にしてる利伊汰を見て、利伊汰にそんなに思ってもらえていいな、って満生を羨んで、でも満生ばっかずりぃな、って嫉妬するくらいには、俺はお前の事が好きなんだよ!」
「い、いきなり…っ、!こ、告白?告白だよな、?」
「それ以外のなにもんでもねえだろ!お前の耳どうなってんだよっ」
「こ、告白なら逆ギレしながら言ってんじゃねーよっ!」

突然の事態に俺の頭はショートしそうだ。遼が不機嫌だなと思ったら、キレて、そしてまさか満生ではなくこの俺に告白しているなんて、信じられない。

不機嫌だったのは、俺を心配して?怒って問い詰めたのは、俺が自分を犠牲にして嘘ついていたから?
ーー告白したのは、?

「…イエスかはい以外の、返事は聞きたくない」
「そ、それは俺様過ぎるだろ、マジでいきなり何言ってんだよ」
「茶化すなよ、俺は本気だ。…俺に、利伊汰を守らせてくれ」

俺は今、夢でも見てるんじゃないだろうか。今までに見たことのないような、真剣な眼差しで遼が俺の瞳を射抜く。ついに満生を羨みすぎて、こんなリアルな妄想を出来るようになったんだろうか。
だって、こんなのあまりに俺に都合が良過ぎる。

可愛くて、穏やかな性格の満生じゃなくて。
平々凡々の、こんな憎まれ口しか叩けない意地っ張りの俺を。
見た目は王子様みたいな、人気者の、気付けばずっと好きだった遼が。

「…ほ、ほんとうに?ほ、んき?」
「本当です。本気ですよ。…どうすれば、信じてもらえるんだ」

守らせてくれと、守りたいと言ってくれた。
喉から手が出るほど欲しかったそれを、好きな人がこの俺に与えてくれようとしている。信じられない、信じられる訳がない。

「おれ、こんな、いいトコないし、卑屈だし、自分の妹を羨むようなヤツだし…」
「利伊汰が誰よりも優しくて思いやりがあるのは俺と満生が1番分かってる。それに、それを言うなら満生だって利伊汰を羨ましがってるよ」

小さい子を諭すかのような物言いに、その視線に、倒れてしまいそうだ。俺はそんな、優しい言葉をかけられていい人間ではないのに。

「…っ、なんで、?俺?、満生じゃなくて?俺と付き合っても、遼にいいことなんてなんもないよ、」
「俺は満生じゃなくて利伊汰と付き合いたい。利伊汰と付き合えるならそれだけで俺にとっては良いことだ」

まだ信じられない?なんでも聞いて、と言葉を続ける遼に、俺はそれ以上なにも言えなかった。俺には遼にしてやれる事なんて無いのに、それでもいいと遼は言う。

今すぐ遼の胸に飛び込んで、涙を嬉し涙に変えて甘えてしまいたいと思った。

「…あした、満生の前でも同じことが言えるなら、付き合う」

しかし、自分の強情な性格にはほとほと嫌気がさす。遼はきっと、全て本気で言ってくれているのに、嬉しくて嬉しくてたまらないはずなのに。俺はまだそれを信じられない。仮に遼の思いが全て嘘でもそれに甘えればいいものをこんな意地の悪い条件を出すなんて。言ってすぐに後悔した。

「満生に?そんな簡単でいいんだ?わかった、じゃあ明日また迎え行くから」

対して遼はケロリとしていた。パァっと笑って、不機嫌だった面影1つ残さず一気に上機嫌になった遼。俺の手を引いて、そしてそのまますぐ近くだった俺の家まで送ってくれた。その間、告白直後とは思えないほど、いつも通りな調子で話しかけてくるから油断した。

まさか、本当に明日の朝、俺と満生を迎えに来た遼が満生に「俺、利伊汰を守りたいから」と宣言して晴れて恋人同士になるのを、この時の俺は遼に告白された事に心の中で舞い上がって喜んで、悩みなんかもう吹っ飛んで、それだけで満足していたから、想像だにしていなかった。





……

無条件で人に愛されたい願望があるけど実際そうなると自信がなさすぎてなにか条件をつけないと愛してもらう価値がないって思い込んでる子。

を、書いたつもりでした。ムズカシイ、、、





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