流星街にて
1998年12月27日、日曜の夕方。
死にかけてから一年と約九ヶ月。

借金返済のために寝る間も惜しんで(誇張あり)スーパーアルバイト生活を送っていた私は、仕事帰りに手に小さなケーキの箱を持って流星街のでこぼこ道を進んでいた。
ちなみに家に帰るわけではなく、牧師コスプレのおじいさんが暮らしている教会もどきへ向かっている。
何故ケーキを持って教会もどきに行くのかというと先日、おじいさんがぎっくり腰になったから各自適当に時間を作って見舞いに行け、というメールがクロロから一斉送信で送られてきたからだ。
どうして実家暮らしの私より流星街にいないクロロの方が情報が早いのかは知らない。なんなのアイツ。

謎の情報収集力に首を捻りつつ、すぐにクロロのことは頭の中から追い出して来年のハンター試験について考える。
流星街に戻る前、ケーキを買った店の近くの郵便局でハンター試験の応募カードを提出してきた。今年のハンター試験には仕事中で行けなかったので、来年の287期には参加しようとずっと思っていたのだ。

来年の試験で合格してハンター証を売って、借金返済…!
これが私の第一目標だ。ライセンスが幾らになるか知らないが、一部では一生遊んで暮らせるくらいと聞くし相当な高値で売れるだろう。
悪い顔をしてゴミを踏みながら道を進む。

久しぶりに教会もどきの建物に着くとおじいさんは、外で木製の椅子に座って煙草を吸っており、私を見るなり立ち上がって中へ入るよう進めた。あれ、ぎっくり腰…………あれ?

元気じゃん、ともう80近いだろうおじいさんの顔を胡散臭げに見る。
教会もどきの中には花瓶に生けられた綺麗な花や食べかけの骨付き肉や拷問なんちゃらとかいう妙に分厚い本などたくさんの見舞品が置いてあった。
バラエティ豊かだ。なんだかんだで私が一番来るのが遅かったのかもしれない。
私の買ってきたケーキを一口だけ食べて残したおじいさんは「議会の連中と賭けをして煙草一箱分損した」とか言い出したが、私は未だに議会の存在についてよく理解していないので曖昧に返事をして頷いておいた。



おじいさんと話をしているといつの間にか外が暗くなっていたので、慌てて建物を出てスズシロさんの部屋に向かった。
今日は日曜で年越しも近いということもあり、ハギ兄さんも帰ってきているそうなので今日は皆でご飯を食べる約束をしていたのだ。

部屋に着いて「セーフ!」とアクションをつけて言うと全然セーフじゃなかったらしく、ハギ兄さんに「これセリちゃんの席ね」と椅子を投げられた。

「おかえりなさい、セリ。早く席について」

いや、席飛んできたんだけど。
とは言わずに投げられた椅子を持って長方形の大きなテーブルに近づく。
少し前までこんなテーブルはなかったので今日のためにその辺から拾ってきたのだろう。ハギ兄さんの隣が空いていたのでそこに椅子を置かせてもらった。
向かいの席にはナズナさん、右斜め前にスズシロさん。実はこのメンバーで食事って初めてなんだよね。

「さ、食事にしましょう」

スズシロさんが促し、目の前の皿に手を付ける。
食事と言ってもそんな豪勢なものではない。お肉に付け合わせのマッシュポテトと野菜が乗せられた皿が各々用意され、中央にはミートパイとデザートのフルーツケーキ。
だけでなく、テーブルの端の方にひよこ豆や白桃の缶詰にレーズンサンド、さらに食パン二枚と山盛りにされたスナック菓子など種類関係なく置いてあるのはここが流星街だからだろうか?貰ったものをとりあえず置いておくのやめようよ。

と、私が皿から目を離している隙にハギ兄さんが自分の皿の野菜を全て私の皿に移し、代わりに肉とマッシュポテトを盗んでいた。
ハッ!?と何かを感じ取り、自分の皿に目を向けた時、残っていたのは野菜だけだった。これはひどい。

素知らぬ顔をして食事を続けるハギ兄さんを見て「この人から取り返すのはちょっと…」と五秒で諦め、代わりにミートパイに手を伸ばしたらハギ兄さんに叩き落とされた。どういうことだ、私はベジタリアンだと言った覚えはない。
若干涙目になっていると向かいのナズナさんがこっそり肉をくれた。しかしお礼を言う前にハギ兄さんにとられた。どんだけ肉好きなの?

それに気がついたスズシロさんが何か言おうと口を開きかけ、やめた。すぐに部屋のドアの方を向いて片眉を上げる。
スズシロさんだけじゃなく、私もナズナさんもハギ兄さんもドアを見た。まるで隠す気のない三人分の気配が近付いてきたからだ。

直後、ドアが吹き飛ぶ。あれ、デジャヴと冷静に思っていると騒がしい声が聞こえてきた。

「お姉様!聞いてください!!」
「あーあ、ドア壊しちゃって。怒られるよ」
「ああ、メガネ。ここまで案内ご苦労様!もう結構よ。目障りだから消えてちょうだい!!」
「ええ?」

なんて親しげに会話をするキキョウさんとメガネを見て「知り合い?」と首を傾げるが、それよりもキキョウさんの顔が包帯でぐるぐる巻きにされている方が気になった。
あれ、この姿って確か、私の記憶の中の漫画に出てくるゾルディックお母さんにそっくりだぞ!

ゴーグルと包帯のせいで口元しか見えないキキョウさんはメガネと一頻り言い争いをした後、キュイン!と音を鳴らしてゴーグルをナズナさんの方に向けると「あら、ナズナ。久しぶりねぇ?」とやや棘のある言い方をした。
ナズナさんは声は出さずに眉を上げて返事をし、ひたすら緑色のゼリーを口に運んでいた。なんだあれ、どこにあったの?私も食べたい。

それを私が口にする前に、一度スズシロさんが咳払いをすると「それで?」と不快そうに言った。

「ドアを壊してまで家に来た理由は何?」
「そうですわ!聞いてください!!実はキルアが!私とミルキを刺して家を出たのです!!」

ぶふぉ!と私とナズナさんが同時に口の中のものを噴き出す。それで包帯ぐるぐる巻きなの!?
私達の反応を見て「やっぱりそうなるよね」とメガネが何処からか椅子を引っ張ってきて言った。
私とナズナさんのすぐ側に椅子を置いて、そこに座ろうとした瞬間、今度はメガネが吹っ飛んだ。

「久しぶり」
「か、カルト?あの、おじさん飛んでいったけど…」
「知らない」

メガネに横から蹴りを入れて吹き飛ばした張本人は、しれっとした態度でメガネの代わりに椅子に座った。
突然現れた着物姿の子供を見て首を捻るナズナさんに「キキョウさんの一番下の息子だよ」と紹介するとカルトは挨拶もせずにナズナさんを睨んだ。ゾルディック家ではまずガン飛ばせって教えられているのだろうか。

カルトは無言で着物の袖を捲り、私が後で食べようと皿に取っておいたフルーツケーキを自分の前に持っていくとナズナさんから奪ったフォークを何の躊躇いもなくケーキに刺した。
そのまま一口大にしたフルーツケーキを食べたカルトを見て、ムッとする前に口に合うのか心配になった。
こう言っては何だが、スズシロさんの作ったフルーツケーキよりゾルディック家の食事の方がずっと美味しい。毒が入っていても入っていなくても。
暫く見ているとカルトは眉を寄せた。しかし吐き出しもせずに飲み込み、二口、三口。どんどん口に運んでいく。
なんかもう意地になっているんだと思う。自分からとった手前残せないみたいな。

別に無理しなくていいのに、と眺めていると知らない間にメガネがひび割れた眼鏡を外して帰ってきてナズナさんに絡みだしたが軽くあしらわれる。
さらにスズシロさんの方を見るとキキョウさんのお話に適当な相槌を打っていた。

「あの子があんなに成長していたなんて!もう、私嬉しくて嬉しくて!!」
「へー、そうなの」
「ええ!ええ!ハギはどう思う!?」
「はぁ、立派に育って良かったじゃないですか」
「でしょう!?」

あれ、なんで刺されたから嬉しいって話になるんだ?
ちょっと聞いてない内にすごい展開になってる…と続きを聞こうとして耳を澄ますとスズシロさんが「はいはい」と学校の先生のように手を叩いた。

「貴女の話はよくわかったわ、キキョウ。ねぇ、それより折角皆で集まったのだし、他にこの場で何か報告しておきたい事がある人はいる?」

ていうかしろ。
と聞こえた気がした。もうキキョウさんの話を聞きたくないのだろう。
ちょうど報告したいことがあった私は「はい」と手を上げ、皆の視線を集めてから言った。

「私、一月のハンター試験受けに行ってくる」
「うわぁ、つまんない話。五点」

間髪を入れずにハギ兄さんが言う。
じゃああんたはもっと面白い話できんのかと思ったが、文句を言う前にスズシロさんが「頑張って」と言ってくれたので噛みつくのはやめた。

ナズナさんやキキョウさん、メガネも応援してくれたので満足気に返事をする。カルトがフォークで私の手をつついてくるのは無視した。
しかしなんだろう、この集まり。

[pumps]