三回目のハンター試験
1999年、1月6日の午前。
私は今年度のハンター試験会場へ向かうため電車と船を乗り継いで懐かしのドーレ港へ降り立ち、すぐ近くのバス停から懐かしのザバン市行きのバスに乗り込んだ。

乗客は皆屈強な男性で、言い方は悪いが全体的にむさ苦しい。
時期的にハンター試験を受ける人達なんだろう。じゃなきゃ、あんなバトルアクス片手に大人しくバスなんか乗らない。
しかし普通の乗客が一人もいない辺りが妙だ。受験生達が押し退けて乗って来たのか、それとも裏で今日はザバン市行きのバスに乗るなとでも言われているのだろうか。

不思議に思いつつ、左の列の前から二番目の一人席が空いていたのでそこに座る。
最早定番のスタイルとなったポニーテールにTシャツジーンズな私は、ウエストポーチから携帯を取り出して三日前に届いたシャルからのメールをもう一度確認した。

『今年の試験会場はザバン市。ドーレ港から直行便のバスがあるからそれに乗って行けばいいんじゃない?で、ツバシ町2-5-10にある定食屋めしどころごはんでステーキ定食を注文。焼き方を聞かれたら弱火でじっくりと答えること。頑張れ。でも俺、落ちる方に賭けてるから出来れば落ちて』

おい、最後受験生に言っていい言葉じゃないだろ。
とメールで聞けば、なんでも旅団の初期メンバーの間で私が今年のハンター試験に受かるか受からないかを賭けているらしい。
ちなみに私が合格する方に賭けたのはパクとフランクリンだけだそうだ。他全員夜道と背後には気を付けろよ。

しかし“めしどころごはん”とは聞いたことのある名前だと思い、定食屋の名前を調べたら以前私が焼肉定食を食べた店だった。
あそこハンター試験のために会場提供とかするんだ。でもあんな小さな定食屋に最低でも百は超える受験生が入れるんだろうか?
昔行った定食屋の内部を思い浮かべながら携帯をウエストポーチに仕舞う。

さて、ザバン市と言えば殺人鬼ジョネス。他にもナズナさん逃亡とかフェアリーさんとか正直言って良い思い出はない。
ないけど、ハンター試験を受けるためにはどんな理由があろうともう一度行かなくてはならない、のになぁ………。

はぁ、とため息をついてから、前の座席の背についている手摺をしっかりと両手で握った。
普段ならこんなことはしない。でもバスが赤信号でも止まらず、他の車などお構い無しに凄まじいスピードで走り続けるこの状況では、いくら座っていても何かに掴まらないと危険だ。
乗客はあまりにも早く流れる外の景色に違和感を覚え、信号を無視する運転手に不信感を抱く。このバスは何かがおかしい。
困惑は伝染していき、四つ目の赤信号を無視して標識に描かれたザバン市とは逆方向に進んだ頃、とうとう乗客の怒声が響いた。

「おい、どうなってる!バスを停めろ!」

そう叫んだのは一番後ろの席のモヒカンの男性だった。
次いで私の前の席に座っていた体格の良い男性が運転手の元へ向かう。

そして運転手の肩を端から見ても分かるくらい力強く掴むと「さっきからどういうつもりだテメェ!」と怒鳴り散らす。
私は40前後の気弱そうな運転手が「いやぁ、そんなこと言われても…」と眉をハの字にしながらもハンドルからは決して手を離さず、思いっきりアクセルを踏んだのを見て「こいつ……出来る!」と思った。

バスは先程以上にスピードを出して走り続ける。運転手の肩を掴んでいた男性はその場でバランスを崩してひっくり返った。
運転手はそんな男性のことなど目もくれず、見事なハンドル捌きで大通りを外れてザバン市行きのバスを人気のない道へ進めた。

このバスは某映画のように速度を落としたり止まったり、乗客を下ろしたりしたら爆発でもするのだろうか。
ざわめきと席を立つ乗客が増えてきた。
手摺を掴む両手に力が入る。…なんだか嫌な予感がする。

それは外れていなかったようでバトルアクスを構えた乗客が殺気を出して運転席に向かった時、運転手が思いっきりハンドルを切ってバスが左に曲がった。

ぐらり、とバスが傾く感覚と耳を塞ぎたくなるような音と乗客の叫び声が響いたと同時に左半身を強く打ち付けた。
状況を把握する前に上から右の列に座っていたはずの男性が降ってきて、避けられずに激突。

「ぐおっ!!」
「ぎゃあ!痛い!!」

打ち所が悪かったようで降ってきた男性は小さく体を動かしながら呻き声を上げた。
私は常に纏をしているおかげか大して被害はない。でも重いこの人!!
男性の身体を持ち上げて後ろの席に放り込む。いってぇ!!とか聞こえたが知らない。

上に目を向けると窓ガラスと誰も座っていないシートが映った。どうやらバスが横転したようだ。しかもこっちが下。
後ろを見ると割れた窓ガラスの破片が散らばっていて、左右はそれぞれ前後のシートに挟まれた状態だった。
じゃりじゃりと音を立てて身体を起こす。右手を付いて立ち上がると大きなガラスの破片で少し切れて血が出た。
なんで試験前から怪我してるんだろう私。

シートに手と足をかけて上に登っていき、鍵を外し窓を開いてそこから脱出する。清々しいほどの青空にイラッとした。
車体から飛び降りて周囲を見回すと近くには原っぱだけで他には何もない。遠くにビルが見える。
どこだここは…と横転したバスの反対側へ行くと運転手が地面に座って「あー、死ぬかと思ったわー」と棒読みで呟いていた。

「あの…」
「ああ、どうもすみません。私の不注意で事故を起こしてしまいました」

私に気がつくとすぐにそう言った運転手に「はぁ…」と曖昧に返す。不注意っていうか、完全に故意だったよね。
運転手は不自然に手を動かして「申し訳ないですけど、このバスではザバン市には行けません」と続けた。

その手の動きを不思議に思い、凝を使うと『ここから東へ向かうとすぐにザバン市ですよ』という念字が浮かんでいた。
この人、随分余裕そうだと思ったら念能力者だったのか。お礼を言ってそこから離れて東に進む。
しかし東はビルが見える方向とは真逆の上、深い森が広がっていた。えー、森の中通るのー?

[pumps]