メンチのおいしいレストラン
すみっこの星22話(1998年〜)辺りの話です。
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スーパーアルバイター生活にも慣れてきた頃、メンチちゃんに頼まれて美食ハンターの活動に付き合うことになった。
希少食材確保の為、時には猛獣の巣へ突入したり、密猟者と戦うこともあり、どうしても一人では限界があるので私の手を借りたいそうだ。
断る理由はないし、作った料理を食べさせてくれるというので喜んで承諾した。最近お気に入りの上着を羽織って待ち合わせ場所へ向かったら、未開の地としか思えない深い森へ連れていかれた。映画でよく見るやべー部族が暮らすジャングルじゃん。
猛獣がいるとか植物の保護だとか何とかの理由で、基本的には国からの許可が下りないと入ることができないらしいのだが、そんな場所でも審査なしで入れるのがハンターの特権だ。私はメンチちゃんの紹介でアマチュアハンターという体にして入れてもらった。

気温が高く、動き始めて数分で汗をかいてきたので上着はさっさと脱いで腰に巻く。そこら中から聞こえてくる謎の鳴き声をBGMにメンチちゃんの指示の下、食材を調達していった。
そうして集まったのは見たことのない昆虫、怪鳥の卵、明らかに毒性の蛇等々……あ、あれー!?希少食材ってこういうことなの!?
キャビア、フォアグラ、トリュフなんて勝手に想像していた私の目の前に並んだのは塩茹で、丸焼き、丸焼き。すごい、素材の味めちゃくちゃ生かすじゃん。

私は色々と勘違いをしていたようで、どうやら今回の活動は世界の果てまでキモうまグルメを探す旅だったみたいだ。
メンチちゃんは美味しいものを食べて舌が肥えすぎて狂ってしまったんだろう。美食を探求した結果、ゲテモノに辿り着いてしまったようだ。
ほら、一気に!と勧められ、塩でサッと茹でただけの昆虫を口に入れるとパキ、という音が鳴る。あら、新鮮。

未開のジャングルで女二人が胡座をかきながらゲテモノを囲む姿はさぞ異常な光景だろう。クロロ、異常ってこういうことを言うんだぞ。よかったら参加するか?
しかしこれは単なる序章に過ぎなかった。

「なにこの…ナウシカに出てくる王蟲みたいな…」

流石一般人は立ち入り禁止となっているだけあり、少し歩けば見たことのない生き物がうようよいる。私達の目の前をのんびりと横切ったのは多数の足と目玉を持つミニサイズの王蟲(命名)。せいぜい私の靴程度の大きさだが、虫にしては大きい。
前世の思い出を振り返り、動けないでいるとメンチちゃんがひょいっと掴んで「美味しいのよこれ」と言いながら火に突っ込んだ。躊躇がなさすぎる。
段々と弱っていく鳴き声を聞きながら焼けるのを待つ。じっくり火を通した後、軽く塩を振ったらもう完成だ。メンチ食堂のメニューはいつだってシンプルで早い。

「目玉ごといただくのがサイコーよ」
「そうだね、サイコだね…」

震えながら口に入れる。感想としては食感は微妙だが意外と淡泊な味で食べれなくもなかった。メンチちゃんの話によると虫は大体こんな感じらしい。
成虫より幼虫の方が味は美味しいらしいので次は私の為に幼虫を探してくれるそうだ。私、別に頼んでないんですけど?
連続で昆虫食は精神的に厳しいものがあるので「セリ、違うもの食べた〜い」と必死にワガママを言う。すると何かを見つけたらしいメンチちゃんが、すぐ側にある沼に駆け寄った。

ほくほくと喜びながら戻ってきた彼女が抱えていたのは大きな亀だった。亀を食べる、というとすっぽん料理が浮かぶ。
すっぽんは高級食材だが、この亀はどうなんだろう。種類を尋ねたらとても長い学名が返ってきた。覚えられなかった。
亀の首を刎ねた後、先程のように火へ放り込む。

「まず、焼くわよ」
「うん、焼くんだね」
「完成よ」
「完成したね…」

メンチ食堂のメニューはいつだってシンプルで早い。
どうせ塩振るんだろ、と思ったら塩は使わないと言われた。直火で焼くだけってそれ料理なのか?
側面に切り込みを入れて甲羅を離し解体したら、あとは食べるだけ。肉も内臓も全部いけるらしい。見た目はあれだが、虫ほどの抵抗はなかったので今回は普通に食べることが出来た。
変なクセは感じなかったし、肝臓は結構美味しいとさえ思った。ただ、もう大丈夫ですね。もう本当に亀は大丈夫です。


「ちゃんと言ってなかったと思うけどあたしはね、マクロミカラアクタオオコウモリを狙ってるの」
「なんて?」

最後に残った亀スープを「はじめてだから」という理由で譲っていただき、一気飲みしているとそう言われた。聞き返した私に、メンチちゃんはご親切にもう一度繰り返してくれる。
今回の活動のメインはマク………コウモリを捕獲すること。そのマク……コウモリはとある洞窟内に生息するらしいのだが、非常に数が少ないらしく最後に姿が確認されたのは約八十年前だと言う。それもう絶滅してるんじゃないか?

と言ってみたら「ハンターが何の確証もなく探しに来るわけないでしょ!」と額を小突かれた。つい先日、とあるUMAハンターが偶然そのマク……コウモリらしき生物の痕跡を見つけたそうだ。
有力情報に一部の生物ハンター達は湧いているらしく、約八十年振りの大発見を目指して探索中なんだとか。
実際にマクなんとかを見つけた人間が、ハンターとしての功績を手に入れることが出来る。そうすれば、メンチちゃんは星をもらえるかもしれない。

「絶対負けない!絶対あたし達が先に見つけて食べるわよ!ぜってぇーに負けねぇ!!」
「食べるの!?」

食べてイイのかそれ?絶滅危惧種みたいなもんじゃないのか?と心配するが、見付かっていないだけで数は安定している可能性があるから大丈夫だと返される。ホントに?食いたいだけだろ。
一応最終目標はマクなんとか捕獲だが、それ以外にも目についた希少生物(食材)は全部食い尽くしたいらしく、私は今キモうまグルメ生活を強いられているのだった。

ぐう、とお腹が鳴る。残念ながら亀では私の空腹を満たせなかったらしい。
メンチちゃんの耳にもしっかり届いたらしく、「食いしん坊ね」と笑われながら次なる希少生物の捕獲が始まった。食糧持ってくれば良かった。

***

それから何日か野営を続け、蠍、ワニ、イグアナに似た謎の爬虫類、なんかくっさい魚と毎食ゲテモノを口にしていたら慣れてしまったのか嫌悪感はなくなった。しかし別の問題が浮上してきた。

「ね、あんたはレアとミディアムどっちが好み?」
「えっと…」
「ソースは?もっといる?」
「おう……」
「美味しいでしょ?」
「……うん、………うん………?」

こんがり焼けた『それ』は先程まで元気な姿で走り回っていたのだが、メンチちゃんと私の見事なコンビネーションにより捕獲され、こんな姿にされてしまった。
別に食用でもなんでもないモルモットに似た動物だ。一部の地域にしか生息しないため一般の知名度はほぼないが、美食ハンター界隈では「焼けば結構イケる」と昔から有名らしい。

咀嚼しながら首を傾げる。おいしい…?おいしいってなんだ…?
大量のキモうまグルメに挑戦させられた結果、脳がやられてまともに返事が出来なくなっている私に、メンチちゃんは「あー、これセリは苦手な味かもねー」と漢らしく丸齧りしながら言った。あじ…?あじってなんだ…?
最早何が美味しくて何が不味いのか分からなくなってきた。ここに来るまで何を食べて暮らしていたかも思い出せない。
私の様子がおかしいことに気が付いたメンチちゃんが頬を掻く。

「あんたも慣れないことで疲れてるみたいだし、もう一人くらい助っ人ほしいわね」
「誰呼ぶ?私は同じ目に遭わせるならクロロが良くてクロロがおススメなんだけどクロロにする??」
「誰よそれ、ライセンス持ってる人がいいわ」
「じゃあシャルでいいか」

というわけで早速シャルを呼び寄せることになった。
一旦、ジャングルから出て近くの街まで引き返す。おかげで私は久しぶりに近代文明に触れることが出来た。なんだか光が眩しい。
電波が通じるところまで行き、携帯を取り出す。

「何て言って呼び出す?」
「あんたが言えば来るでしょ?」
「いや、正直に話すと断られると思う。なんか上手い誘い文句ない?」
「ああ〜、なら任せて」

メンチちゃんに策があるそうなので携帯を渡す。何コール目かでシャルは出たようで、メンチちゃんは今にも泣きだしそうな声色で焦ったように話し出した。

「シャル!!大変よ!セリが死にそうなの!うわ言であんたの名前呼んでるから今すぐ来て!!」

そのまま現在地を伝えると勢いよく通話を切った。
劇団メンチの座長は満足そうに頷き「どっかで暇つぶしましょ」と携帯を返してきた。

「そんなんで来る?」
「来るわよ、良い反応してたもの」

どうやら信じて心配してくれたらしい。怒るぞこれ。
シャルは案外近い位置にいたらしく、移動手段にもよるが距離的に半日もかからず来てくれそうだと言う。
ここから一番近い店へ向かうメンチちゃんの後を追いながら、元気な私を見てシャルがなんと言うか予想する。まず私は殺されるだろ?

「シャル、手伝うなら容赦ない額要求してくると思うけど大丈夫?」
「別にいいわよ、これはビジネスなんだから。もちろんあんたにも拘束した分と成功報酬は出すわ」

冗談抜きで借金が死ぬほどある私には有難い話である。シャルもここまで来たらお金さえ貰えれば一応納得して手伝ってくれるだろう。奴に限らず旅団って結構そういうところがある。
やっぱりクロロ呼びたかったな。虫食わせたかったな。



「生きてるじゃん」

久々に虫でも亀でもワニでもない普通の食材で作られた美味しいピザを食べながら助っ人の到着を待っていた私達に、シャルは怒っているのか呆れているのか何とも判別しづらい顔で言った。
向かいに座るメンチちゃんが私と目を合わせた後、軽く手を挙げる。

「わり、セリ大丈夫だったわ」
「うん、生き返っちゃった!」
「へぇ……」
「痛い痛い痛い痛い何で私だけごめんなさい!!」

ぽん、と頭の上にシャルの右手が触れたと思ったら鷲掴みにされた。めっちゃ切れてるじゃん。
メンチちゃんが謝罪と共に今回呼んだ理由を話すと私の横に腰掛けたシャルはため息をついた後「お金はしっかり貰うから」と概ね予想通りの答えを出した。
正直半分くらいの確率で来てくれないかと思っていたので、こうして現れたことは意外だった。私が考えていたより彼は情を持っていたようだ。

「セリはこれで許してやる」
「痛い痛い痛い痛い痛い」

真横から伸びてきた右手が私の頭部を掴んで締め上げる。アイアンクローはダメだって!
シャルの助力も得られることになったのでこの日はモーテルで休み、装備を整えて翌朝に出発となった。メンチちゃんにバレないように携帯食を買い込んで荷物に忍ばせておく。

マクなんとかは本当に存在するのか、どんな味がするのか、茹でるのか焼くのか塩はかけるのか。その謎を解明するため、調査隊はアマゾンの奥地へと向かった――

***

「結局シャルは何のハンターやってるの?」

慣れた様子でジャングルを進みながらメンチちゃんが言う。話を振られたシャルは、妙に長く邪魔くさい草を引っ張りながら興味なさげに返した。

「俺?俺は特に何も。ハンターやるなんて馬鹿馬鹿しいし」
「あぁ?」
「すみません…」
「メンチちゃん、シャルも反省しているので…」

キレたメンチちゃんのあまりの迫力に思わず一歩下がったシャルを庇うように立つ。余計なこと言うから…。
メンチちゃんはわりとキレやすいタイプなので早くも調査隊解散の危機かと冷や冷やしたが、美食ハンターの活動について聞くことでなんとか収まった。
再び進み出したところで頭の後ろに手をやったシャルに「そういえばなんで俺を呼んだの?」と聞かれた。

「私はクロロを呼びたかったんだけどメンチちゃんがハンター証持ってる人の方がいいって言うから」
「クロロもライセンス持ってるよ?」
「え、そうなの!?じゃあ呼ぼうよ!虫食べさせようよ!」
「怒られるよ」

怒られるくらいで済むなら食べさせたい、と思っている私に気が付いているシャルが呆れた顔を見せる。その向こう側にある枯れ木に、黒い何かがびっしりついているのが見えた。
ぎょっとして二度見してしまった。よく見ると翼を閉じたコウモリの群れだ。

「あ、コウモリ!」

指をさせばメンチちゃんが「あれはフルーツコウモリの一種よ」と教えてくれた。フルーツコウモリとは名前の通り果実を主食とするコウモリの総称である。虫や野生動物を食べるコウモリと違って肉が美味しいらしい。
夜行性なので昼間はああして木にぶら下がっているそうだ。言いながらメンチちゃんはごそごそと荷物を探るとスリングショットを取り出した。弾をゴムと一緒に引っ張るとコウモリに命中し、木から落ちた。唐突に鮮やかな手並み披露するのやめて。

お目当てのマクなんとかとは違うが、事前にコウモリの味を知っておいた方が良いということで早速メンチ食堂がオープンした。
現役美食ハンターによる調理を間近で見ようとシャルが興味深そうに側へ寄る。もう終わるよ。

「さ、食べるわよ!」
「は?美食ハンター…えっ?」

ドン!!と目の前に出された丸焼きになったコウモリの姿にシャルの困惑の声が上がる。わかる、わかるぞ。これは料理なの?って思うよね。料理なんだよね。メンチ食堂はいつだってシンプルで早いんだ。
ゲテモノに大分慣れてきているので特に抵抗なく齧る私の横から「うわ…」というシャルのドン引きした声が聞こえてきた。メンチちゃんが「丸ごと食べられるからね」といつものフレーズを口にしながらシャルの分を突き出すと奴は首を横に振った。

「俺、宗教上の理由でコウモリ駄目なんだ」
「あら、そうなの?残念ね」
「ちょ、ずるくない!?嘘つかないでよ!!」

なんだそれ!?そんな逃げ方卑怯じゃないか!
半分齧った状態で異議を唱える私にシャルは「うっわぁ〜」と眉を顰めた。その顔やめろよ!

「メンチちゃん!こいつ嘘ついてます!」
「セリ知らなかった?牧師のおじいさんに勧められて入信したんだよね」
「嘘じゃん!あの人ただの牧師コスプレしてる人じゃん!無宗教じゃん!」

コウモリを振り回しながら文句を言えばシャルがつらつらと聖書の内容を引用する。知識でカバーするやり方やめろ!メンチちゃんに訴えればどちらの意見もこの場では証明しようがないので、ジャンケンで勝った方の主張が正しいことになった。
ジャンケン!?やってやろうじゃん!!とグーを出したら向こうはパーで普通に負けた。私は泣きながらシャルの代わりに二匹目を食べることになった。味は美味しくなかったです。





私達が目的地に辿り着いたのは日が落ちてからだった。
目的地とは件のUMAハンターが痕跡を見つけた場所だ。メンチちゃんが他のハンターとやり取りをして個人的に手に入れた情報によるとこの付近にある洞窟内に住処があるのではないか、ということだった。
三人で手分けして近くを探ると住処になりそうな洞窟が幾つか見つかった。そのうち二つは奥行きの浅い穴だったので無視し、痕跡や過去の文献から予想されるマクなんとかの移動距離から考えて一つの洞窟に当たりをつけた。

「わー!滑る!」
「気をつけなさいよ」

入り口は広かったが、中はどんどん狭く歩きづらくなっていった。何より地面がつるつるしていて滑る。
ライトで先を照らしながら慎重に進む私と違って、シャルとメンチちゃんは特に足を取られることもなくひょいひょい進んでいた。

「ちょ、待って!待って………!」

手を伸ばすが先頭を行くメンチちゃんの姿はあっという間に見えなくなった。全然待ってくれないじゃん。こんなことある?
今にも死にそうな声を出していると少し前を行くシャルが立ち止まり「仕方ないなあ」と振り向いた。
ほら、と手を差し出されたので有り難く掴まり、シャルに引っ張られるような形で恐る恐る地面を踏む。こんなに暗くて足場の悪い場所をヒールで進んで行くメンチちゃんは洞窟慣れし過ぎじゃないか。単独行動は危険だぞ。
ゆっくりゆっくり進み続けるとようやく広い場所に出た。大分歩き方のコツを掴んできたのでここまで繋いでいたシャルの手を離す。

「もう大丈夫かも、ありがとうぐぁっ!!!」
「セリ!セリ!?」

手を離してすぐ、油断したせいか地面についた右足がつるりと滑り、そのままひっくり返って頭を打った。
暗い洞窟の中にいたはずなのに視界が真っ白になる。次いで脳裏に浮かんだのは一匹の可愛らしい柴犬と楽しそうに散歩をする前世の私。この子は、私が欲しいと両親にねだったペットショップの柴犬じゃないか。

「セリ、大丈夫!?」

ハッとしてすぐに眩しい光が顔にあたり、反射的に目を瞑る。こちらをライトで照らすシャルが「怪我は?」と言いながら倒れていた私を抱き起こしてくれた。

「いま…柴犬飼う夢を見た…」
「あっそ、大丈夫だね」

ライトでごつんと頭を叩かれた。頭を打った人の頭をさらに叩くのはやり過ぎじゃないか?
立ち上がって服についた汚れを払っていると先に進んでいたはずのメンチちゃんが「大変大変!」と小声で言いながら戻ってきた。私達がもたついている間に相当奥まで探索していたらしく、マクなんとからしきコウモリの群れを見つけたそうだ。
興奮気味のメンチちゃんに現場まで案内してもらうと遠目からで分からないが、確かにキラキラと光っている物体が天井からぶら下がっている。じっと見ていると微かに動いているので生き物であることは間違いなさそうだ。マクなんとかってあんなに奇麗なんだ。
へえ〜と眺めているとシャルが言う。

「ねえ、マクロミカラアクタオオコウモリって吸血コウモリ?」
「そう言ってる人もいるけど資料では吸血性とは書いてなかったわ」

その言葉を聞くとシャルはこちらを見て「場合によっては狂犬病の個体がいるかも」と続けた。

「狂犬病ウイルスは唾液に含まれるものだから噛まれると危険だよ。気を付けてね、セリ」
「刺激しない様に動くのよ、セリ」
「うん、…………え?」

腕を組んだ二人が言う。私が一人で行くの!?
口をパクパクさせると「全員で動くと気づかれるだろ?」とシャルが言ってきた。絶しろよ。
とりあえず三匹は欲しい、と肩を押されて渋々捕獲用の道具を掴む。え、ええ〜?

まさかの展開に震えながら近づいていく。群れの姿形がはっきりとする距離まで来るとキラキラしている個体以外に普通の黒いコウモリもいることに気が付いた。二種類いる?
なんて考えていたら足下への注意が疎かになり、ぐきっと足を捻って体制を崩した。やば、と思った時にはもう遅い。音を立てて地面に手をつくと後方から「あ、バカ」という二人の声が聞こえた。

ザっ、とコウモリの群れが反応を見せる。数匹が私の存在に気が付き、旋回しながら向かってきた。
やっばい、来た!!!その時、とあるワンシーンを思い出した。ずっと忘れていた漫画の記憶だった。
グッと拳を握りしめ、オーラを纏わせる。

「ジャン!ケン!グー!!」

向かってくるコウモリ達に向かって放てば、一気に吹っ飛んだ。
残った他のコウモリは衝撃音に驚いたのか少し離れた位置まで飛んで行き、代わりに後ろに控えていた二人がやってきた。シャルが私の顔を覗きこんで言う。

「何今の?」
「え?コウモリってこうやって倒すんでしょ?」
「どこ情報?」
「あ、フクロウの方だったかも」

曖昧な記憶でそう答えた私にシャルは「なんだこいつ…」という目を隠しもせずに向けてきた。確かゴンがこうやってたような気がするんだけど、違ったかな?手加減したので本家に比べれば威力は相当弱くなっていたと思うけど。
あはは、と誤魔化すように適当に笑っていると吹っ飛ばしたコウモリを確認しに行っていたメンチちゃんが「え!?」と声を上げる。

「これグミアマカコウモリじゃない!?」
「なんて?」

新しい名前を出すな。
疑問符を浮かべる私にシャルが昼に食べたフルーツコウモリだよ、と教えてくれる。数秒固まってからようやく理解するが納得できない。ええ?でもキラキラしてるよ?
しかし殆どの特徴が一致しているらしい。近くで見てみたが、確かに光っている部分以外は同じように見える。いや、コウモリなんて全部同じに見えるから断言できないけども。

「つまり同じ種類ってこと?」
「だね、多分だけど夜と昼じゃ見た目が変わるんだ。最初に見かけた奴が勘違いして、そのまま噂だけひとり歩きしたんじゃない?」

シャルがぐったりしているコウモリを掴んで言うとメンチちゃんが「普通の姿の個体もいるわね」と遠くにぶら下がっている黒いコウモリを見た。
正確には、夜にこの洞窟にいる一部のコウモリだけ見た目が変わるようだ。同じ種類なのに何故見た目が変わるものと変わらないものがいるのだろう。遺伝的な問題かな?
全ては調べてみないと分からないが、住処を見つけることは出来た。とりあえずは目標達成だよね!とメンチちゃんに言えば頷き、にっこり笑った。

「じゃ、食うか」

本当に躊躇がない。
もうよくない?同じ種類ってわかったからもうよくない…?という私の意見は「見た目違うんだから味も違うかもしれないでしょ」というゲテモノ美食ハンターによって闇に葬られた。味は美味しくなかったです。

その後メンチちゃんは他のハンターとも協力し、今回の調査で分かったことを全てレポートに纏めた。この功績が認められ、見事シングルハンターになったのだった。ちなみに私はコウモリを食う女として旅団メンバー内で話題になった。

[pumps]