12
数時間振りに見たお友達候補の皆はそれぞれ顔に疲れが見えるものの大きな怪我はないようだった。
倒立で出迎えた私に面食らいつつ全員が部屋の中に入ると扉は再びロックが掛けられ、監視カメラのマイクから『この部屋で50時間過ごしてもらえれば先に進めるドアが開くので待っていたまえ』という試験官の声がした。私とは比べ物にならない待機時間に「50時間も……?」とちょっと吃驚してるとレオリオはバツが悪そうに「下手打っちまってな…」と頭を掻いた。
「けど無事で良かったぜ。お前一人だけ別のルートになっちまったからな」
レオリオが私の頭に手を乗せる。ゴンとクラピカも私に怪我がないことを確認すると再会を喜んだ。私以外の皆はトンパさんを含めた五人で『多数決の道』というルートを進んでいて、一人別行動となってしまった私を心配していたそうだ。
「だから言ったじゃん。シグネはフツーにオッサンより強いから心配いらねーって」
ズボンのポケットに手を入れたキルアがそう口を挟むとレオリオが「誰がオッサンだ」と突っかかる。キルアの前でレオリオよりも強いところを見せた覚えはないが、彼は意外と私を買っているようだった。
ゴンが「シグネのところはどういうルートなの?」と尋ねてきたので「滑り台を使って色んな人と合流するルートだよ」と簡単に説明した。なんだか楽しそうな説明になってしまった。
「じゃあそんなに危なくない、のかな?」
「うん。今のところは何も無いよ。試験官もアタリのルートだって言ってた」
「そっか、良かった!」
ゴンが安心したように明るく笑う。実際、私のルートはアタリだったようだ。多数決の道を行くゴン達がここに辿り着くまでの話を聞いてそう思った。
「つーか最初からシグネがオレらと一緒に来りゃ良かったんだよな。そうすりゃ今頃もっと進んでたぜ」
レオリオはお茶を飲んでるトンパさんを見ながら言った。どうやらこの二人の間で揉め事が起きたらしい。
トンパさんも黙っておらず「でも今こうして足踏みしてるのはオレじゃなく誰かさんのせいだぜ」と嫌味を言った。頼れるベテラン受験生として良い人ぶるのはやめたようだ。レオリオは言い返さなかったが、私を見て「やっっっぱりお前が来るべきだった!」と苛つきを隠せない様子で言った。
「でも私もあまり我慢とか出来ないから……一緒に行ったらきっと揉めてたと思うよ」
ゴン達と多数決の道に挑む自分の姿を思い浮かべながら言う。もし私が彼らと同じルートを進んでいたら、何だかんだ揉め事に発展していただろう。自分が必ず多数派になれるなら問題ないが、少数派に回った時の不満を何度も飲み込めるほど私の性格は良くないし、彼らとの信頼関係もない。
レオリオは私の言葉を良い方向に解釈したらしく「頑固なヤツの方がまだマシだぜ」と不貞腐れたようにソファーに腰掛けた。
「この部屋なんか面白いもんある?」
「さあ?私、殆ど寝てたからわからない」
「なんだよ使えねぇ〜」
私にそう聞いてきたキルアはつまらなそうに本棚の前に立った。壁倒立しようよ、と誘ったが振り向きもせず「やらねー」と断られる。
誘うまでもなく参加の意を表明したゴンと共に壁倒立をしているとクラピカがキルアに『さっきの技』について尋ねた。何の話か分からなかったが、皆そのことが気になっていたようで自然とキルアへ視線が集まる。
キルアはこの程度なら教えて問題無いと判断したのか特に誤魔化すこともなく『さっきの技』とやらの説明と共に自分の肉体を操作してみせた。刃物のように爪を鋭く伸ばしたキルアを見て、倒立をやめたゴンが驚いた顔で「なんかネコみたいだね」と私に同意を求めた。頷きつつも私はあれを見て“ネコみたい”と平和的な例えができるゴンの感性に驚いた。
キルアは自分について元暗殺者だとハッキリ言っていたが、ゴンはそれについても怯えたり、引いている様子はない。本人に聞いたわけではないが、私やキルアのように育ちが特殊というわけでもなさそうだ。まともに友達がいないので一般的な12歳の思考などよくわからないが、それでもゴンのような子は中々いないんじゃないかと思った。
理想的なお友達候補だ、と私も倒立をやめてゴンの横顔を見つめる。視線に気づいたゴンが「なに?」ときょとんとした顔で言った。丁度その時キルアが「あ」と声を出した。
「そういやシグネ。オレ、お前の事どこで見たか思い出したんだけどさー」
「……え?」
想定外の言葉に反応が遅れる。しかしすぐに理解し「聞かせて!」と続きを促すとキルアは私の食いつき方に少し驚いた顔を見せた。世間話の一つとして振ってきたのだろうが、私にとっては過去を紐解く重要な手掛かりだった。
「お前、姉貴いるだろ?顔そっくりなやつ」
というキルアの声は確信を持っていたが、私に姉はいなかった。しかし否定せずに頷く。顔がそっくりな姉というのは十数年前の私自身を指している言葉だと分かっていたからだ。
「写真が残っててさ。兄貴に聞いたことあるんだけど今のオレら位の頃、7月と8月の間だけ毎年うちで過ごしてたんだって。だからオレお前の顔に見覚えあったっぽい」
キルアは謎が解けてすっきりしたのか、この部屋に来てから一番と言っていいほど明るい表情で言った。反対に私は自分の顔が強張ったように感じた。写真が残っていることは彼が私の顔に見覚えがあると言った時から予想できていた。予想出来なかったのは写真が撮られた背景だ。
7月と8月の間だけ毎年キルアの家にいた。それは初めて聞く話だったが、脳内で反芻すればするほど『確かにそうだったかもしれない』という気持ちが生まれてくる。私は忘れていた記憶があと少しのところまで戻って来ているように感じた。
「キルアの家で、過ごしてた……」
「そう。オレんち家族以外が写った写真なんてほぼ無いからさー。それで印象に残ってたのかも。つーかお前んちも写真あるんじゃねーの?」
「どうかな……」
上手く頭が回らず生返事をする。キルアは「お前もオレのこと知ってたんだっけ?オレが知らないだけでまだ交流あんの?」と矢継ぎ早に尋ねてきた。矛盾が出ない答えを考える余裕はなく「どうかな……」とまた適当に返す。
キルアが元暗殺者なら、恐らく他の家族もそうだろう。つまり暗殺一家のお宅に私は毎年ホームステイしていたことになる。キルアは私が同業ではない、と言ったことを覚えていて「どういう繋がりかわかんねーんだよなー」と首を傾げた。彼の言い方的に相当排他的な家なのだろう。そこへ入り込める関係性といってすぐに思い当たるのは親類関係だが、それならキルアにそう教えるはずだ。親類でないなら友人知人辺りだろうか。
そう伝えるとキルアは「あー、仕事仲間的な?」と言った。声色的にあまり納得はしていないように感じた。それでも一番可能性が高い関係性だと思っているらしく、否定はしなかった。
「じゃあお前の姉貴、オレの親父から訓練でも受けてたのかもな。うちの一番上の兄貴と二人で写ってるのが多かったし」
それを聞いた時、私は頭の奥で巣食っていた霧が晴れていくように感じた。
「………あっ」
思い出した。
***
パドキア共和国の死火山に居を構えるゾルディック家は界隈どころか地元じゃ一般人にも有名な暗殺一家で、そこの先代ゼノ・ゾルディックは私の育ての父とは若い頃から持ちつ持たれつの関係だという。
9歳の時、私は義父の紹介でゾルディック家へと足を踏み入れた。目的は義父では教え切れない殺人術を習うため、私が『シグネ』になってから約一年半後の出来事だった。
その頃のゾルディック家は二人兄弟で、長男のイルミは私と同い年だった。何でも話せる大親友になりたいわけではないが、それなりに良好な関係を築きたいと思ってやってきた私に対して、イルミは当初徹底的に無視を決め込んでいた。家族以外の子供と長期間過ごすのは初めてだと聞いていたので、腹が立つよりは『仕方がない』と思う気持ちの方が強く、あまり気にしなかった。
というより突然暗殺一家の中へ放り込まれた私にイルミの心の内まで気にする余裕などなかった。慣れない環境で手加減無しの厳しい訓練を受け、食事に入っている毒で日に一回は死にかけていた私が同い年の子供に心を砕けるはずがない。
ゾルディック家は倫理観が欠如しているので客人の皿にも平気で毒を盛る恐ろしい家だった。何も知らずに食事に手を付け滞在初日から痙攣し倒れた私を見兼ねた当代のシルバさんは「飲み物も食べ物も自分で用意したもの以外は必ず毒味するよう習慣づけろ」と言った。毒への耐性が無いなら最初から毒を口にしなければ良い、という当たり前すぎる教えに従い、私は色んな種類の毒を少量ずつ試しては味や匂い、致死量を覚えた。食事の時間になると毒抜きと毒入りの皿がランダムに与えられ、判断を誤るともがき苦しむというスリルある日々だった。
その間、イルミとは相変わらず一言も交わすことなく共に訓練を受けていたが、8月が終わる頃になるとイルミはぽつぽつと話すようになり、最終日には「また来たいなら来れば?」という別れの言葉をくれた。私を気に入ったわけではなく、二ヶ月近く経ってようやく私という異物が『いることに慣れた』のだと思う。
イルミはその年頃の子供にしては異常なほど気持ちにムラがなく殺人を仕事と割り切って淡々と依頼をこなしていくような、暗殺者として理想的過ぎる人格の持ち主だった。人並みに好奇心はあるけれど、必要以上に他者への関心は持たない。義父はイルミのそんな部分を私にも見習ってほしくて訓練の場にゾルディック家を選んだのだと思う。
しかしイルミの性格は人間関係を構築する上で障害になりえるものだった。初めから相手を理解しようと思わないし、周囲の評価も気にしないから平気で心無い言葉をかけられる。
それは義父が私に望んでいたこと……私にこうなってほしいと彼が思い描いていた人物像とは明らかに違っていたので、何故義父はイルミを見習ってほしいんだろうと当時は不思議に思った。でも結局はバランスが大事なんだと後でわかった。
イルミはとにかく極端だった。家族と、自分達に“絶対服従”の使用人しかいない環境で育ってきたから、私より考え方が偏っていたし、もちろん倫理観も死んでた。でもそれはイルミのせいじゃないし、危害を加えられたわけでもないので、私は別に彼を嫌いじゃなかった。
二年目にゾルディック家を訪れた際、イルミは最初から私と会話をしてくれて、訓練以外の時間も一緒に遊ぶようになった。遊ぶと言っても学校の子達がやる遊びとは違って、命の危険を伴うものが多かった。崖上りレースだったり、鉈をフリスビー代わりに使ってみたり、水遊びという名の水中戦だったり、殆ど訓練の延長だ。一回だけ私が持ち込んだドールハウスで遊ぼうと誘ったが、イルミはそこで小鳥を殺して事故物件にするような奴だったので彼と普通の遊びは出来ないのだと諦めた。
「シグネって、学校に行ってるの?」
少しだけ私達の距離が縮んだ頃、私が普段は学校に通っていて長期休暇を利用してこの家へ来ていると知ったイルミは新種の生物を見るような目を向けてきた。
「学校で何するの?」
「何って、勉強」
「そんなの家でできるじゃん」
私の答えにイルミは「理解できない」といった様子で続けた。私の周りには『学校は行けるなら行くべき』という意見の人が多かったので、まさか『家で勉強できるから行く必要はない』派が現れるとは思わず、どう答えるべきか少し迷う。
「……あと、集団生活を学べる。色んな子と関われるし、自発性が芽生える」
入学する前に義父から聞いた“学校で学べること”を思い出してそのまま教えるとイルミは暫く考えた後、やっぱり理解できなかったのか「オレ達にそんなの必要ある?」と首を傾げた。
「オレ達って、私は別に暗殺者になるわけじゃないから。一緒にしないでくれる?」
「似たようなものだろ」
人を殺す訓練を受けている、という点では確かに同じだった。そしてそれは、学校のクラスメイト達とは決定的に違う部分だった。
「大体、学校に通うような連中とシグネが付き合えると思えないけどね」
イルミの言うことは尤もだった。
「まあ……クラスの子とは育った環境が違うから共感もできないし、面倒に思うことも多いかな。授業も体育とか加減しないと新記録出しちゃうし」
学校生活を思い出しながら吐いた言葉に嘘はなかった。力を抑えないとすぐ次代のアスリートとして話題になってしまうし、将来の夢はケーキ屋さんとかお花屋さんとかいう子ばかりだから絶妙に話が合わない。そういう意味では学校は難しくて大変な場所だった。
「ここみたいに何でも自由に過ごせるわけじゃないからね。学校にイルミ君みたいな子はいないし」
これは普通にイルミへの悪口だったのだが、普通の子供の基準から大きく外れたイルミは何も感じなかったようで「だろうね」とだけ言った。
学校は私にとって不自由な場所だけど嫌いじゃなかったし、話は合わないし共感もできないけど友達は欲しかった。そこが似たような育ち方をしている私とイルミの大きな違いで、私達が全く異なる考えを持った他人同士であることを証明していた。
何なら私は「やらないよりやってる方が周囲からの印象が良くなる」という義父の指示でボランティア活動もしていたし、父娘で毎年チャリティーイベントも開催していた(これは多分節税目的)が、きっとイルミには理解されないだろうと思って黙っておいた。私はイルミに自分の全てを理解してほしいわけではないし、彼も学校へ行って人間関係について学ぶべきとは思わなかった。ボランティアをしなくても、学校に行っていなくても、イルミは私と一緒に遊んでくれたからだ。何だかんだ彼も私に心を開いていたんだと思う。
三年目には念能力開発の手伝いもしてもらった。完成した『
イルミの母であるキキョウさんは、訓練以外の時間も共に過ごすようになった私達を見て「イルミとシグネちゃんは気が合うのね」と微笑ましそうに言った。別に気は合わないが、私は彼を友達だと思っていたので余計なことは言わないで頷いておくとキキョウさんは「まあ、まあ!」と嬉しそうに私の手を握って「シグネちゃん、大きくなったらイルミと結婚してくれる?」とイカれたことを言ってきた。
あまりに飛躍した話に「冗談キッツ」と思いながら愛想笑いを返す私の横でイルミは真顔で「冗談キッツ」と声に出して言っていた。
「でもシグネちゃんはお義父様のご友人の娘だし、容姿も気性も申し分ないわ。きっと家でも上手くやっていけると思うの」
「どうかな。シグネは頭が悪いだろ」
「別にバカでも構わないのよ。ただ健康で、でしゃばらないならそれで十分よ。それにイルミは好きでしょ?」
その時のイルミは肯定も否定もしなかった。本人の目の前とは思えない忌憚ない評価に怯む私に向かって、キキョウさんは「パパにも伝えておくわね!もちろんシグネちゃんのお父様にも!」と続けた。その後この話がどうなったかは知らないが、キキョウさんは次の日もその次の日も変わらず私を可愛がってくれたので彼女の中では私の嫁入りは決して無理な話ではなかったようだ。
そして四年目を最後に私はゾルディック家へ行くことはなくなった。『
しかし私は初めて作った念能力に夢中で、快適な学園生活を送るために「まだイケる!」と能力を使い続けた。その反動が12年近い眠りになることすらわかっていなかった。全ては自分が作った念能力の特性をよく理解していなかったせいで起きた出来事だった。
「シグネ、聞いてる?おーい、シグネ」
「……うん、聞いてる」
私の顔を覗き込むキルアにそう返す。思い出した。全部思い出した。
「また壊れた?」といたずらっぽく笑うキルアは、ゾルディック家の三男坊だ。四年目の7月に生まれた赤ん坊で間違いない。イルミに全然似ていないから顔を見てもわからなかった。
険しい表情で口元を覆う私に気付いたゴンが「大丈夫?」と声をかけてくれたので、無理やり笑顔を作って頷く。丁度四時間経ったらしく、監視カメラのマイクから『45番、先に進みたまえ』と声がした。扉のロックが外れると皆わざわざ私の傍までやって来て別れの挨拶を口にした。
「じゃあね、シグネ!下で会おうね!」
ゴンが大きく手を振ってくれたので、振り返しながら部屋を出る。
そうだ、思い出した。今更言えないけど私の本名はシグネじゃないんだ。