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「シグネも行くよね?キルアの家」

講習が終わるとイルミからキルアの居場所を聞き出したゴンは私の傍に来てそう言った。つい先程までイルミの腕をへし折るまで握っていたとは思えないほど、私に向けられたのは穏やかで優しい声だった。

「それなんだけど、私この近くのカフェにお迎えが来てるから一旦家に帰らないといけないの」

キッズ用携帯のネックストラップを握りながら言う。とても言いづらかったが、仕事の都合がついたミザイストムから『試験が終わったら迎えに行く』と連絡があったのだ。その時はまさかこんなことになるとは思わず、今朝無事に到着したらしい彼にはホテル近くのカフェで待ってもらっている。
現役ハンターかつ会長からの信頼も厚いミザイストムなら貸切状態のこのホテルにも顔パスで入ってこれただろうし、最初は本人も一階のロビーまで迎えに来ると言っていたが、他の皆に「や〜い!お前の保護者牛柄おじさん〜!」と虐められるのが嫌だったので遠慮してもらった。ミザイストムの姿を見られるのが恥ずかしい、などと思うことに私は罪悪感を抱いた。でもあの格好はやめてほしい。

「そっか……、じゃあ仕方がないね」
「ごめん。キルアによろしくね」

残念そうに眉を下げたゴンに謝る。レオリオが「しっかしククルーマウンテンってどこだ?」と首を傾げたので「パドキア共和国だよ」と教えた。レオリオはそれでもピンとこないようだった。

「ここからの行き方は私も分からないから調べてみて。入国自体は問題ないと思うけど……」
「思うけど?」

訪ねたところでゾルディック家の敷地内に入れるかどうかはわからない。
とは言わなかった。ゾルディック家へ行ったことのないはずの私が、何故そんなことを知っているのかという話になってしまうからだ。
私の呟きを聞き逃さなかったクラピカが「何かあるのか?」と尋ねてきたので、代わりに「キルアに聞いたんだけど、庭で凶暴な犬を飼ってるらしいから気をつけてね」と言っておいた。レオリオは「暗殺一家のイヌ……暗殺犬か……」とクソつまらないことを言ってきたが誰も反応しなかった。

「よぉ、講習お疲れさん」

立ち話をしている私達にそう声をかけてきたのはハンゾーさんだった。
どうやらこのまま国に帰るらしい。もし自分の国に来ることがあったら案内をする、と言いながら全員に名刺を配ると特に積もる話もない彼は軽く手を上げてからさっさと帰って行った。さっぱりしている。最終試験で散々痛めつけられたゴンも彼との間に遺恨はないようで、その後ろ姿を笑顔で見送った。
ハンゾーさんが立ち去ると今度はポックルさんがやってきた。講習が終わってからずっと声を掛けるチャンスを見計らっていたようで、彼は私とクラピカに先程の謝罪をしてくれた。わざわざ謝るほどの出来事でもないのに、真面目な人だ。
自分の合格に納得出来ていなかった彼もゴンやネテロ会長の話を聞いて吹っ切れたらしく、これからは幻獣ハンターとして活動していくつもりだと前向きに語った。

「何か知りたい情報があったら一緒に探ってやるぜ、どうだい?」
「私は良い感じの学校をいくつか……」
「シグネ、編入先は保護者と相談して探せ」

早速お願いしようと口を開いたら途中でクラピカに止められたので「はい」と頷く。ポックルさんは困ったように笑った後、ゴンが探して欲しいといった父親の写真を受け取ってから「他にも何かあったら連絡をくれ」と言ってホームコードをくれた。すぐにクラピカとレオリオが自分のホームコードを渡す。

「ゴンとシグネは?」
「私はないけどミザイストムの分ならあるよ。ハイ名刺」
「誰だよ……」
「知らねぇ奴のホームコード渡すなよ……」

困惑するポックルさんとレオリオの横でホームコードが記載されたミザイストムの名刺を受け取ったクラピカが「シグネのおじだよ」と私の代わりに答える。
ゴンはそもそもホームコードを知らないようで、用意ができたら連絡を貰うということになった。
ポックルさんは「達者でな」と短く言うとその場から立ち去った。

「じゃあ、私もこれで」
「えっ!」

ポックルさんを見送ってから私がそう切り出すとゴンはとても驚いた顔をしたが、すぐに「あ……そっか。お迎えが来てるもんね」と思い出したように言った。

「なんかあっという間だったな。編入試験頑張れよ」

と言いながらレオリオはポケットに入れていた右手を出して握手を求めてきた。若干の照れ臭さを感じながら応じると「ジャンケン勝負もあるかもしれねーから練習しとけ」とからかわれる。その言葉で最終試験での私のボロ負け姿を思い出したのか、クラピカは少し顔を背けて笑った後、私の名を呼んだ。

「君には“楽しかったか”と聞かれた時に心の底から“うん”と答えられるような、……そんな学園生活を送ってほしい」

その時のクラピカは私を通して別の誰かを見ているような気がした。
あまり自分について語らない彼の内に秘めた何かを少しだけ感じ取る。楽しい学園生活は私も望むところなので「頑張る」と力強く頷いた。

「シグネ、元気でね。オレ携帯持ってないから手紙書くよ。あ、でもその前にどこかで電話借りて連絡するね!」

ゴンは頭に浮かんだことをそのまま口にしているようで「住所は?電話はミザイストムさんの番号にかけた方がいいの?学校はいつから?何時にかければ良い?」とどんどん質問が飛んでくる。その勢いに思わず苦笑した。

「あの、なんか今生の別れみたいになってるけど、一旦家に帰るってだけだからさ。余裕があったら私もキルアに会いにゾルディック家まで行くよ」

ゾルディック家の家庭方針に首を突っ込む気はないが、私もキルアには会いたかった。
正式な客人でもないゴン達は家へ行ったところで門前払いとなる可能性の方が高い。彼らだけではキルアに会えないだろうし、会えるとしても『今すぐ』というわけにはいかないだろう。皆が想像しているよりも長期戦となるだろうから、私が遅れて向かっても問題ないはずだ。
という予想は伝えずに「だから、待っててね」とだけ続けるとゴンは「本当!?」と嬉しそうに目を輝かせた。

「良かった。シグネが来てくれた方がキルアも喜ぶよ!」
「喜ぶかな……?」
「当たり前じゃん!友達だもん!」

私が自分からは中々言えなかった言葉をゴンはあっさりと口にした。自然とここまでの出来事を思い出し、笑みがこぼれる。長かった試験もついに終わりだと思うと感慨深い。ハンター試験、結構楽しかったな。

定期的に連絡をし合うことを約束してから三人と別れた後、私は出口へ向かうフリをして引き返した。円を使いながら人を探して建物内を走り回る。

「あ、やっぱりいた!」

思っていたよりあっさり見つかった目当ての人物は、私の声を聞くと「おや、シグネ」と振り返った。
ヒソカさんは私が来ることがわかっていて待ち構えていたようだった。

「イルミならさっき帰っちゃったよ」
「え?早っ……」

帰宅部か?と思ったが、別に残っていてもやることはないだろうし、あのイルミがわざわざ私に別れの挨拶など寄こすはずがない。彼の性格を考えると当然のように感じた。
ヒソカさんが「ボク、何故か怒られちゃった」と言うので朝の出来事を思い出し「私も何故か怒られましたよ」と励ます。イルミは腕が折れてるから余計イライラしてるんだろう。

「シグネはゴン達と行くの?」
「いえ、迎えが来てるので一旦家に帰ります」
「遊びに行ってもいいかな?」
「駄目です」

断るとヒソカさんは「えー」と不満気な声を上げたが、私は強い心で再度「駄目です」と繰り返した。ピエロと牛柄おじさんの共演など冗談じゃない。近隣住民からの通報を受けて警察が乗り込んでくるかもしれない。
それよりさっさと用件を済ませようと私はボディバッグの底にしまっていたファスナー付きのプラスチックバッグを取り出した。人が来ないことをしっかり確認してからヒソカさんに向かって「ん!」と差し出す。

「これ、約束の品です」
「ああ。ありがとう」

透けている中身を見てすぐに合点がいったらしいヒソカさんは、お礼を言いながら受け取った。
中身は毛根付きの髪の毛である。朝起きた時にわざわざ引っこ抜いたのだ。

「連絡先を教えるので鑑定の結果はそこに送って下さい」
「やっぱり君も気になる?」
「まあ……」

だが、結果がどうあれ今更彼と一緒に暮らしたいとは思わなかった。
連絡先としてミザイストムの名刺を渡す。ヒソカさんはその小さな紙を眺めながら「この人が君の“お父さん”かい?」と聞いてきたので「この人は無関係のおじさん」と答えた。

「でもこれから一緒に住む予定の人なの」
「それは妬けるね」

軽口に肩を竦める。用は済んだのでボディバッグを背負い直し「もう行きます」と言って返事を待たずにヒソカさんへ背を向けた。彼も特に何も言ってこなかった。
数歩進んでから、立ち止まってそっと振り返る。ヒソカさんはまだそこにいて、私と目が合うと軽く手を振った。

「じゃあ……また」

いつもの挨拶と共にそっと手を振り返すとヒソカさんは少し意外そうに目を瞬かせた後、ふっと笑って「うん。またね」と言った。


***

ハンターとしてミザイストムの下へ戻ってから最初に行なったのは引っ越しの準備だった。
十年以上引きこもり設定となっているはずの私が、子供の姿でシグネを名乗り、何事もなかったのように元の家でミザイストムと暮らすことは流石に出来ない。
そこで新しい家へと移るために残してきた荷物を取りにミザイストムと共に訪れた我が家は、私の感覚ではつい最近まで暮していた場所だったが、いざ玄関のドアを開けてみるとやはり数十年の歳月が経ってるのか懐かしさよりも違和感が勝った。外観も内装も大きな変化はなかったが、なんだか知らない家のように見える。

「この家……誰か入った?」
「ああ、一応ハウスキーパーが定期的に訪問している」
「そう……」

ミザイストムを玄関に残し、一人で先へと進む。食器棚のカップの配置が私の記憶と違っているのは、掃除の時に動かしたからだろうか。というか、四年前までは義父が一人で暮らしていたはずだし、色々弄っていてもおかしくない。
何なら、もっとガラッと変わっていても良いくらいだったが、殆どの家具やインテリアは私の記憶の中のままだった。それとは別に、家全体に何とも言えない違和感がある。

「本当に必要なものだけ運んでくれ。あとはこっちで買い揃える」

遅れてやってきたミザイストムが言った。牛柄おじさんが慣れ親しんだ我が家で突っ立っている姿は中々強烈な光景だった。
適当に返事をして階段を上がる。久しぶりに入った自室は流石に記憶の中のままとは言えなかった。

「私の部屋のものが何個か無くなってるんだけど!」
「古いものは先生が処分していたな。パソコンは新しいものを用意してある」
「もー、勝手に部屋入んないでよね!」

ドアを開け放したまま部屋からそう叫ぶとミザイストムが「ハイハイ」と面倒そうに言った。
新しい家へ持っていきたいものだけを厳選し、少しずつ下へと運ぶ。リビングではミザイストムがノートパソコンを開いていた。

「私のアルバムがないのも処分したからかな?」
「さあ?オレは知らないが……」

部屋から無くなっていたものの一つについて聞いてみるとミザイストムは全く心当たりがないらしく首を傾げた。
アルバムといっても別に行事毎に撮った写真を保管しているだけで、大した写真は入っていないが、個人情報の塊みたいなものなので気にはなる。ミザイストムが「一応ハウスキーパーにも確認してみる」と言ったのでよろしくと頷いた。


ミザイストムが触っていたノートパソコンは私のために用意してくれたものらしい。休憩のつもりで下へ降りると簡単な設定とデータの引き継ぎを終えたそれを渡してくれた。と言ってもパソコンの中に残っていたのは学校のレポートくらいだった。
何気なくメールボックスを開く。やり取りをする相手など殆どいないはずが、珍しくメールが届いていた。
受信したのは三年前。開いてみると私への挨拶と共に義父の死を悼む言葉から始まった。どうやらこのメールの差出人は義父の訃報を後から知ったらしく弔問に伺いたい旨が書いてあった。めちゃくちゃ無視しちゃった。
メールの最後に記された差出人の名前を見る。全然知らない人だったが、別に義父の知り合いを全員把握しているわけではないので、そこは気にしなかった。
何故私のメールアドレスを知っているのかと疑問に思ったが、もしこの人物がハンターライセンスを持っているのなら調べるのは難しくない。義父と違って私は電脳ネットワークの極秘会員に登録しているわけでもないし、その気になれば私の連絡先などすぐ突き止められるだろう。
三年越しになったが一応返信を打つ。そもそも相手のメールアドレスはまだ使えるのか?と思いつつダメ元で送信するとあっさり『送信完了』の文字が出た。
メールは送れたようだが、三年も無視された相手が今更返信を寄越してきた私に対して何を思うかはわからない。普通に無視されるかもしれないし、バカ娘とか罵倒されるかもしれない。想像して暗い気持ちになった。

返信がきたのはそれから五日後のことだった。恐る恐る確認してみると、どうやら私が気落ちして返信できなかったと思ったらしく、とても丁寧な文でこちらを気遣ってくれていた。非常に心苦しくなる。
文字を追っていくと、義父からあるものを譲り受ける約束をしていた、と書いてあった。一度娘である私と会って話がしたいとも書いてある。
覚えのない差出人の名前をもう一度確認する。

「クロロ・ルシルフル……本名かな?変わった名前」

でも良い人みたい。早速新規メールを作成し『私も是非お会いしたいです』と送った。

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