21
最終試験はボドロさんを殺したキルアが不合格となり幕を閉じた。
混乱の中、引き止める間もなく会場の外へ出て行ったキルアを手分けして探すが、彼はホテルのどこにもいなかった。
「キル?家に帰ったんじゃない?」
翌朝、合格者向けの講習会へと向かう途中、ホテルの廊下で顔を合わせたイルミが言った。こうなる原因を作ったのは間違いなく彼だというのに、まるで他人事のような言い方だった。
「ま、分かってくれて良かったよ。一時の気の迷いで友達作って外で過ごすより、家に戻って仕事してる方があいつには向いてる。適正がある道に進んだ方が幸せになれる」
「そう?キルアの幸せはキルアが決めることだからイルミ君が決めちゃ駄目だと思うけど」
「は?」
「それで幸せなのってイルミ君だけじゃない?」
寝不足のせいか思わず欠伸が出る。私の発言が余程頭にきたのか、イルミは分かりやすく殺気を放った。
「何、お前。言っておくけどキルのことはオレが一番よくわかってるから。家族でもなんでもない他人が口を出さないでくれる?」
「でも、家族って言っても兄と弟じゃ別人格だし。わかってるつもりなだけでしょ」
「……お前、わざとオレを怒らせようとしてる?」
私の言い方が露骨に挑発的だったからか、逆にイルミは冷静になったようで怪訝な顔を見せた。してないよ、と眉を下げる。
本当にそんなつもりではなかった。ただ、最終試験まで待ってから皆の目の前でキルアを精神的に追い詰めたのはあまりに酷いし、意地悪なやり方だと思っていたから、その気持ちがつい言い方に表れてしまった。自分の気持ちをイルミにとことん否定され、やるせなさを感じたキルアはきっと一刻も早くあの場を立ち去りたかっただろう。
「あのね、キルアは自我を持ってるんだから、そりゃイルミ君の思い通りには動かないよ。どうしても言うこと聞かせたいなら針でも刺しておけばよかったのに、なんでやらなかったの?」
「刺してるよ」
刺してた。
いくら倫理観が欠如している一家とはいえ流石に「家族に対してそんな事はできない」と否定されるとばかり思っていたので、吃驚して「あ、そう……」としか言えなかった。確かに、よく考えれば客の皿に毒を盛る家の長男が弟に針を刺さないわけがない。
イルミは「傀儡というより矯正のつもりでね」と事も無げに言った。
「完全に自我を奪うと単純な命令しかこなせない人形になるだろ?それはオレや親父が求めるキルアじゃないからさ」
熱を持たない闇人形とはなんだったのか。思わず試験中の彼の言葉を揶揄してやりたくなったが、そういう意味で言ったわけではないと分かっていたので口にしなかった。
「かと言って自我を残すとあんなこと言い出すし……教育って難しいね」
「うん。その辺りは大切なことだから家族でよく話し合ってね」
ここから先はイルミの言う通り家庭の問題だ。単なる友達の一人に過ぎない私にそこまで介入する権限はない。イルミは大人しく引き下がった私に無感情な目を向けた後「わかってるよ」とだけ言った。
「それと、これは私からイルミ君への大事な話なんだけど」
「へー、何?」
大事な話と聞いてイルミは少しだけ興味を持ったようだった。一拍置いてから、私は彼の目を睨むように真っ直ぐ見つめて言った。
「次にゴンを殺すなんてふざけたことを言ったら、私がお前を殺してやる」
「ゴンを殺す」
「オイ」
フリじゃないんだよ。イルミは悪びれもせず「言ったよ?殺せば?」と返してきた。この調子じゃ私が彼を殺す日はそう遠くないかもしれない。イルミも友達だが、何も悪くないゴンを殺そうとするならもう友達じゃない。
相手にしないでいるとイルミはつまらなそうにため息をついた。
「大事な話って、何かと思ったらそんなこと?それよりお前、オレに言わなきゃいけないことあるよね?」
「……そんなこと?それより?」
聞き捨てならない、と眉を顰める私を無視してイルミは「ヒソカのことだよ」と言った。空気が一変する。何故か責めるような口調だった。突然のことに、自分の話をそんなことだと片付けられた怒りよりも戸惑う気持ちの方が強くなる。
「あいつといつから親しくしてるの?」
「別に親しくは……試験中に時々喋ってはいたけど」
「それで何がどうしたらああなるわけ?おかしいだろ。意味がわからない」
苛々した様子で「オレ聞いてないんだけど」と詰められる。イルミは恐らく最終試験での私とヒソカさんのやり取りについて話しているのだろう。
それはわかったけど、何この空気。何この時間。なんで私ちょっと怒られてるの?
「ねえ、なんでオレにヒソカとのことを言わなかったの?」
「ええ……何?急に。彼氏面しないでくれる?」
「してない」
「私達、ただの友達じゃん……」
「友達じゃない」
「困るんだよね、そういうの。ほら、私12歳だからさ……罪に問われるのはイルミ君だから、ね?」
「……もういいよ。一人でやってれば?」
冷たく言い放つとイルミは私を置いてさっさと講習会の会場へ行ってしまった。
やば、怒らせちゃった。冗談の通じない奴だな、と思いながら後を追いかける。
死亡したボドロさんと未だ目覚めていないゴンを除いた合格者全員が集まるとハンターライセンスについての講習会は定刻通りに始まった。
座席は特に指定されておらず、皆自由に座っている。真ん中の列の一番前の席に座りたかったが、そこには私の心を読んだかのようにイルミが座っていたので、仕方がなく通路を挟んだ右側の列の一番前の席につく。イルミはまだ怒っているのか、右隣に私がいると分かっているはずなのに一度も顔を向けてこなかった。仲直りの手紙でも回そうかと思ったが、流石に一番前の席で手紙交換をする勇気はなかったので諦める。そのうち勝手に機嫌を直すだろう。
イルミのことは放っておいて真面目に講習を受けようと姿勢を正すと、ビーンズさんがそれぞれの席にライセンスを配って回った。持ち主の顔写真や名前などは書いていない。裏に番号が振ってあったのでこれで個人を識別するのだろう。
全員の手にライセンスが行き届いたのを確認してからビーンズさんは詳しい説明を始めようと口を開いた。すると突然、後方の席から「ちょっと待ってくれ」という声が聞こえてきた。振り向くとレオリオが手を挙げている。
ビーンズさんに促されるとエアコンの音くらいしか聞こえない静かな空間で、レオリオは怯むことなくキルアの件について口にした。講習が始まる前に全員の前ではっきりさせておきたかったらしい。彼だけでなくクラピカもキルアの不合格について異を唱えた。
ビーンズさんがネテロ会長の判断を仰ぐように視線を向けると会長は一度頷いてから、ビーンズさんと入れ替わるように前へ立つ。そのままキルアの不合格は不当かどうかの審議が始まった。
原因となったイルミに自然と皆の視線が集まるが、本人は何処吹く風という顔で聞き流していた。こんな針の筵状態でよく平然としていられる、と思ったが、イルミは自分が罪悪感を感じることなど何一つしていないと確信しているから平気なんだろう。
私としては今更何か言ってもキルアが合格になることはまずありえないと思っていたので、黙って話を聞いていた。
すると誰かが廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。気が付いてすぐ、この部屋の一番後ろにある扉が勢いよく開いた。視線を向けるとそこにはゴンが立っていた。
折れた左腕を三角巾で吊ったゴンは、レオリオの呼びかけに見向きもせずここまで歩いてきた。私ではなくイルミの方を向くと「キルアに謝れ」と強い口調で言った。今まで見たことがないくらい怒っている。ちょっと怖い、と自分に言ってる訳ではないのに思わずたじろぐ。
イルミは特に視線を向けることなく「何を?」とだけ返した。二言三言、会話をするが、話が通じないことに気が付いたのか、ゴンはイルミの右腕を掴んで引っ張った。イルミの身体が持ち上がる。
それを見た瞬間「絶対こっちの机に叩きつける気だ!」と思い、慌てて端に寄って避難する。しかし私が座っていることが分かっていたからか、普通に発想が過激すぎたのか、ゴンはイルミを通路に降ろした。
危なげなく着地したイルミに無言で見下されながら、ゴンは掴んだ右腕を離すことはなく、より力を入れていた。
元の席に戻りながら、何故イルミは念を使わないんだろうと思った。とっくに腕が折れてそうなイルミは一切表情を変えずにゴンと話している。彼が何を考えているのか、さっぱりわからない。
ゴンが最終試験でのキルアに自分の意志はなく操られていたと言うと、それまで静観していたネテロ会長が「ちょうどそのことで議論していたところじゃ」と口を開いた。
議論の参加者であったクラピカが席を立つとイルミとの試合中とその後のキルアの様子が明らかに不自然だったことから「対戦の際に何らかの暗示をかけられた」と主張した。あれはキルアに刺さっている針によるものだろう。キルアが結局イルミに反抗出来ずに家へ戻ったのは、彼を“矯正”するためにイルミが刺した針の影響で、暗示というより洗脳に近い。
ネテロ会長はクラピカの主張に対して「全て推測に過ぎんのォ」と髭を撫でた。証拠がなく、根拠に乏しいと続ける会長も心の中では念を使えば出来ないことじゃないと分かっているだろう。ただ、この場で念能力について話すわけにはいかない。
私が異議を申し立てたところでキルアの試験結果が覆るわけがない、と思っている一番の理由がこれだ。念は知らない人間にとっては存在しないものと同じ。そんなものを証明できるはずがない。
案の定、会長はクラピカの異議を棄却し、レオリオの“自分の合格を助けた”という主張に対しても「キルアが手助けする場面ではなかった」と続けた。
「不自然な点なら他にもあるぜ」
これで話が終わるかと思えば、意外にもポックルさんが声を上げた。しかし彼の口から出たのはキルアの件ではなく、クラピカとヒソカさんの試合についてだった。ポックルさんはお互い余力がある状態にも関わらずヒソカさんがクラピカに何事かを告げてから負けを宣言した、という点がどうしても引っかかるらしい。
「まあ、それはあんただけの話じゃないけどな」
と言いながらポックルさんは私を見る。ジャンケンで負けたはずなのに、ヒソカさんが何かを囁いてから「後出しだった」という明らかな嘘をついて負けを宣言したことで逆転合格を果たした私は、端から見れば確かにめちゃくちゃ不自然である。
後ろ暗いことがないなら何を言われたか教えろ、と言われたのですぐに手を挙げて白状する。
「私はズルしたのバレバレだから気をつけろって言われました」
「ズルしてたのかよ!?それで負けてたのかよ!」
ポックルさんの元気なツッコミを受けても私は怯まなかった。何と言おうとヒソカさんは自らの意思で負けを認めたので今更私の合格が覆ることはない。
「皆さんご存知の通りヒソカさんってアレなんで、結局私がズルしたとか関係ないんですよ」
「あんたを愛してるから勝ちを譲ったって言うんだろ。……じゃあわかったよ。納得はできないけど、あんたはもういい」
思った以上にしょうもない内容だったせいか、ポックルさんはそう言うとクラピカに向かって「あんたはどうだ?愛されてるわけじゃないのに!」と陳腐な歌詞みたいなことを言い出した。冷静なクラピカは私と違って「答える義務はない」と断った後、尚も突っかかるポックルさんにこの合格が不自然なら不戦勝での合格も不自然だと反論した。
「どうだっていいんだ、そんなこと」
揉め事になるかと思いきや、ゴンが発したその言葉で室内は一気に静まり返る。
納得できない合格でも精進すれば良い。そう続けたゴンは今回の試験結果を受け入れていて、別にキルアの不合格を取り消したいわけじゃなかった。それより、と強い目でイルミを睨む。
「もしも今まで……望んでいないキルアに無理やり人殺しをさせていたなら、お前を許さない」
イルミの腕を掴む手に、ゴンがより一層強い力を込めたことは端から見ても明らかだった。その時、イルミは初めてゴンに対して何らかのアクションを起こそうとした。
掴まれてる手を剥がそうとしたのか、ゴンを傷つけようとしたのか分からないが、突然左手を動かしたイルミから何かを感じ取ったらしいゴンは、反射的に手を離して後ろに下がった。やっぱり勘が良い。
イルミはそんなゴンをじっ、と見るだけで結局何もしなかった。