名探偵誕生

私って厄介な家に生まれたと思う。
父親は世界的に有名な推理小説家、母親は元女優、兄は高校生探偵とかいうよくわからない存在。
家族全員が有名人で近所じゃ歩いていればなんの肩書もない私でさえすぐに声をかけられるほど顔が知られているし、広すぎる家は地元の観光名所扱いだ。誇るべき家族だろう。誰もが羨む一家。
そんな中で何もできない私の気持ちが分かるだろうか?ちょっと考えてテスト用紙にでも書き出してほしい。

私という人間についての基本情報を教える。まず成績は普通、いや気を抜くと真ん中より下。そもそもそれは学業面での話なので頭自体は非常に悪い。
運動神経はどちらかといえば悪い。というか動きたくなくて毎回見学していたら成績が2になった。担任の先生に義務教育ナメてるの?って言われたことがある。その他不器用、気が利かない、トロいなどなど欠点はいくらでも挙げられる。
そんな私の唯一の取り柄は顔だ。顔だけは自分で言うのも何だがとても可愛いと思う。母親の若い頃にそっくりだとよく言われるし、実際に母が自分と同じ年の頃の写真を見れば驚くほど瓜二つだった。スカウトされたことだって何度もあるし、不審者に後をつけられるのは最早春の風物詩。
しかし、それだけだ。私に与えられたのは人並み以上の容姿だけ。私のことが嫌いだったり、喧嘩した子はみんな「あの子って顔だけじゃん」と言う。そんなもん私だってわかってるわ!

多くの人は“顔の可愛い子はたいてい馬鹿”と認識しているだろう。もちろん顔も可愛くて頭も良い子なんてたくさんいるが、テレビに映るアイドルなんかの一部の可愛い子はみんなちょっとおバカ。
顔が可愛い=バカ、そんな不名誉な烙印を私は見事に押されているのだ。まあ、実際バカなんだけど。
でも普通の家族だったら多分そんなに気にしなかった。全員が平均以上の人だから私は浮いてしまうのだ。
いつだって真っ先に比較されるのが兄。頭も顔も運動神経も良くて同じ親から生まれたとは思えない人だった。

そもそも高校生探偵って何なんだ?なんで奴は常に殺人現場にいるんだろう?
私は一度だけ母と兄と幼馴染みの蘭ちゃんと一緒に事件の現場に居合わせたことがあったが、何もわからなかった。
というか殺したいほど憎い人なら、普通に殺せばいいじゃん。なんでトリックとか考えるわけ?トリックって何だ?推理小説とかドラマの観過ぎでは?などと推理小説家の娘が言うのはよくないものか。
とにかく私は、自分の家族が嫌いじゃないけど、ほんの少しだけ嫌になる時がある。

***

兄が幼馴染の蘭ちゃんとデートに行っている日、私は友達と遊びに出ていた。
少し帰りが遅くなってしまったが、どうせ家に両親はいないし、今日はハウスキーパーさんも来ないのでうるさく言われることはない。
そう思って家に帰ってきた私を出迎えたのは隣人の阿笠博士と知らない男の子だった。

「おお!早希子君、帰ってきたのか!」
「こんばんは、博士。その子誰?」
「オレだよオレ!お兄ちゃんお兄ちゃん!」
「いやマジで誰」

オレオレならぬお兄ちゃん詐欺を始める謎の男の子。その顔にはどことなく幼い頃の兄の面影がある。
どういうことだ、と首を傾げる私に男の子が必死に自分の身に起こった出来事の説明をしてきた。

「ということで、気がついたら体が縮んでたんだ。早希子、お前は信じてくれるよな?オレの妹なんだからさ。兄妹の絆見せてやろーぜ!」
「博士、早くこの子連れて帰って。もう遅いんだから親御さんが心配するよ」
「早希子お前話聞いてたか!?」
「お兄ちゃん、帰ってこないねぇ」
「ここ!ここにいる!お兄ちゃんここ!」

怖〜、何この子。親の顔が見たいわ。やけに必死な姿に若干引きつつ、お兄ちゃん詐欺を続ける男の子の両肩を掴んで博士に押し付ける。

「…早希子君、さっきから言っておるがこの子が新一なんじゃよ」
「やめてよ、博士まで。あっ、私ちょっと録画しておいた『どじっ子めるちゃん』見なきゃいけないから部屋戻るね」
「どじっ子めるちゃん……?な、なんじゃそれは…?」
「アニメだよ、早希子がハマってんだ。って待てよ早希子!いやさっちゃん!さっちゃんは架空の存在めるちゃんと血の繋がった現実世界の格好いいお兄ちゃんどっちが大事なんだ?お前の良いところは素直なところ!」
「めるちゃん」
「素直すぎだ馬鹿!」

泣きそうな顔で叫んでいる自称工藤新一は無視して自室に向かう。人間の体が縮むなんて、そんなアニメみたいなことが起きてたまるか。博士がタイムマシンを造ったら信じてやる。

それから少しして、部屋に篭って一人でアニメを見ている途中で誰かが来たらしく騒がしくなった。
と思ったら、暫くしてすぐに居なくなった。泥棒ではないだろうけど…。
気になって部屋を出る。一応この家の住人なので確認しに行くと1階には阿笠博士しかいなかった。

「博士一人?さっきまで誰か来てなかった?」
「ああ、早希子君。実はさっき蘭君が来たんじゃよ」
「蘭ちゃんが?あの自称お兄ちゃんは?」
「…自称……、それが色々あって新一は今日から江戸川コナンという名前で蘭君の家で暮らすことになってのぅ」
「キラキラネームも来るところまで来たね……」
「う、うむ……。なぁ、早希子君。これから新一はずっと子供の姿のままじゃ」

私の言葉に苦笑いしていた博士が突然真剣な声で言う。

「今、新一の事情を知っていて頼れるのはわしと早希子君だけなんじゃ」
「なに、つまり?妹として、支えてやれと……?」

博士は無言で頷いた。
これが全ての始まりだった。高校生探偵、工藤新一がいなくなり新たなる名探偵、毛利小五郎が誕生したのである。

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