俺より強い奴に会いに行く
あれ、なんか揉めてる。
それは園子ちゃんに誘われてボウリングセンターへ遊びにきた日のことだった。自販機で買った飲み物片手に皆のもとへ戻ると世良さんが知らない男と拳で戦っているという急展開。
よく分からないが、とりあえず世良さんが悪いわけがないので「世良さーん!頑張れー!!」と声援を送ると蘭ちゃんが「違うの世良さん!」と慌てた様子で止めに入った。あの知らない男は、かねてより園子ちゃんが面白侍エピソードを語っていた京極さんらしい。
二人が戦うところを見たかった、という園子ちゃんの策略により急遽年上の男と殴り合いをさせられた世良さんは、海よりも心が広いので怒ることなく笑っていた。
その傍らでは乱闘の勢いで地面に落ちたらしい京極さんの眼鏡を近くにいた江戸川さんが拾って手渡していた。京極さんは恥ずかしそうに「かたじけない……」と言いながら受け取る。ドラマ以外で『かたじけない』って言う人初めて見た。
メガネを掛けた彼とバッチリ目があったので、ちょっと緊張しながら「はじめまして」と挨拶をする。
「工藤早希子です。園子ちゃんには小学校に入る前からよくしてもらってます」
「ああ、あなたがさっちゃんさんですか」
京極さんは既に私を知っているらしく「お噂はかねがね……」とはにかむ。こっちの台詞である。
この人があの、強すぎて日本国内に敵がいないから外国に武者修行に行っているという生傷だらけの侍か……、と今まで園子ちゃんから聞かされてきた話を思い出す。年下で明らかな雑魚の私にも丁寧に接してくれる彼は、イメージと違って随分と腰の低い人だった。
ぺこぺこお辞儀をし合っていると京極さんがふと、何かに気がついたように首を傾げた。
「さっちゃんさんの名字は工藤……なんですか?江戸川ではなく?」
「えっ?」
意図せず私と江戸川さんの声が揃う。
「さっちゃんさんとコナン君は顔立ちが似ているので、てっきり姉弟かと……」
ぽかん、としている私達の顔を見比べながら京極さんが言った。それはバーロが失踪し、入れ替わりで江戸川さんが誕生してから初めて言われたことだったが、幼少期には度々指摘されてきたことだったので、決して的外れな話ではなかった。
「ああ、確かにコナン君って眼鏡を外すと新一の小さい頃に似てるから、さっちゃんと並ぶと姉弟みたいですよね」
とっくに気が付いていたらしい蘭ちゃんがそう答えると園子ちゃんが「ん〜?まあ、言われてみれば……」と私達の顔をまじまじと見てきた。
なんかまずい流れじゃないか?大丈夫か、これ?と思いつつ「と、遠い親戚だから」と視線を逸らしてこれ以上比較されないように江戸川さんから距離を取る。
「へェー、君達そうだったのか?」
「らしいよ。噂によると」
「なんでそんな曖昧なのよ」
私の雑な返答に呆れた様子の園子ちゃんと違って、世良さんは「ふーん、じゃあ色々納得だな」と含みのある言い方をした。バレてる……?と江戸川さんをチラ見すると江戸川さんも「バレてる……?」みたいな顔をしてた。確かな血の繋がりを感じる。
***
「え〜、殺害されたのは…中学校で体育教師をやっていた…」
ということで、早速だけど今日も人が死んだ。
ここに至るまでの間、実は世良さんには『亡くなったお兄さん以外にももう一人が兄がいる』とか私的に聞き流せない新情報があったのだが、深掘りする前に江戸川さんの負の引力により殺人事件が起きてしまった。もうなんかこの能力で殺し屋商売とか出来そう。デスノート要らず。
被害者の男性は私達と直接の面識はないが、つい先程まで酒に酔った小五郎おじさんが絡んでいた女性達の連れだった。車から姿を消した被害者を成り行きで一緒に探していたところ、駐車場の仮設トイレで遺体を発見。
そして蘭ちゃん達の手慣れた通報により現場に臨場したのは群馬県警。指揮を執っているのは私が以前母と江戸川さんと共に立ち会った脅迫状の事件を担当した山村刑事だった。
「って、あー!藤峰有希子さんの娘さん!?」
おじさんの言う“娘達”の中に私の姿を見つけた山村刑事は、大仰な動きで近付いてくると「いやー、相変わらずそっくりだなぁ!」と嬉しそうに様々な角度から私を見た。
この人も相変わらずだなぁ、と思っていると周囲からの呆れた視線に気づいたのか、山村刑事は(意外にも)すぐに切り替えるように一度咳払いをしてから本題に戻った。
被害者の死因は溺死。死亡推定時刻を確認するとその時間に至るまでの被害者と私達の行動の時系列を整理していく。思っていたより真面目に捜査をしている山村刑事の姿に私は少し感動を覚えた。以前会った時は「殺人現場は今日が初めて」と言って死体を前に悲鳴を上げ、後退っていたというのに、臨場した刑事として場を仕切る彼の横顔からは成長が伺える。この人もあれから沢山経験を積んできたのだろう。
しかし被害者の腹部に打撲痕が見つかると状況は一変した。
それは酔った被害者に因縁をつけられた京極さんがつけたものだと言う。
正直に名乗り出た京極さんの前へ立つと当時の状況について詳しく聞いていた山村刑事は物凄く自然な動作で「あなたを殺人犯として緊急逮捕します」と京極さんに手錠をかけた。急にアクセル踏むなよ、怖いだろ。
「何言ってるの!?真さんが犯人なわけないじゃない!」
突然の京極さん犯人説に堪らず園子ちゃんが前へ出て庇った。山村刑事の伝説の推理を知っている者の一人として、この流れを見過ごすわけにはいかないので、すかさず私も加勢する。
「そうですよ。京極さんが犯人ならわざわざ溺死させるより拳で普通にボコボコにした方が確実でしょ」
「そーよ!そ……そーじゃないわよ!!?」
そういうことじゃないわよ!?と園子ちゃんに詰められる。今のは私が悪いので素直に「ごめん」と謝る。可愛いので一応許してもらえた。
納得出来ないらしい山村刑事から無実の証明ができるのか、と問われた園子ちゃんが京極さんへの愛の告白をする。殺人現場には不釣り合いな熱い想いがこもったそれに、思わずテレビ番組を観ているような気分になり、私もすっかり現場慣れしてきたのだと自覚し悲しくなった。変わっちまったな、私……。いや、結構前からこんな感じではあったけど。
改めて自覚し、落ち込んでいるとちゃんと仕事をしていた鑑識の人が被害者の身体にスタンガンの火傷の跡が残っていることを発見した。私がその事実の意味に気が付く前に、人類の希望である世良さんが口を開いた。
「じゃ、早希子の言う通りだな。スタンガンの跡があるならこの人は犯人じゃない」
自分の名前が聞こえて反射的に視線を向けると世良さんは「ボク達同じこと考えてたみたいだな」と私に向かってウインクした。優勝。優勝です。事件解決しました。
思わず膝から崩れて傍にいた江戸川さんに寄りかかると「重っ!やめてよ早希子姉ちゃん」と迷惑そうに言われる。地面が泥濘んでいたので膝が汚れたが全く気にならなかったし、寄りかかるのもやめなかった。
世良さんは「京極さんのような空手の達人がスタンガンなど使うはずがない」「腹に一発食らわせれば済む」とまさしく私が先程京極さんの関与を否定するために口にした話を山村刑事へ伝えた。
私の冗談めかした言い方とは違い、何故京極さんが犯人たり得ないのか順序立てて説明していく。言っていることはそこまで変わらないはずなのに、私や園子ちゃんとは話の説得力が段違いだったので、山村刑事は京極さんに掛けていた手錠を外した。やっぱり世良さんって最高。今にもまた雨が降り出しそうな曇り空なのに世界が輝いて見えるよ。
「山村……お前どっか調子悪いのか?」
おじさんが怪訝そうに言う。何の話かと思えば、いつものおちゃらけた口調を使わない山村刑事を“らしくない”と思ったみたいだ。山村刑事曰くあれは相手を油断させるためにわざとやってたらしい。
「警部になった私には、あんな子供じみた口調は必要ありませんよ!」
「け、警部!?警部になったんですか!?」
驚きすぎてつい横から口を出してしまった私に、山村刑事は「まあ、ね」と誇らしげに胸を張った。警部……警部……!?目暮警部とこの人同じ階級ってこと!?たったいま誤認逮捕をやらかしかけたこの人が……?
群馬の事件で死体に怯え、刑事の役をやってたから凶器に慣れてるというとんでも推理を披露していた頃の山村刑事が走馬灯のように浮かび上がる。
すごい……群馬県警って相当な人材不足なんだな……。群馬県民の心境を想像して思わず唾を飲み込むと隣にいる江戸川さんがお前の言いたいことはわかるぜ、とばかりに乾いた笑いを口に浮かべる。絶対この眼鏡のせいじゃん。何他人事みたいな顔してんの?群馬県民に謝れよ。
その後、雨が降ってきて屋内に避難していた私の知らないところで探索を続けていた江戸川さんは、全ての謎が解けたらしく、おじさんの真横に立って眠りの小五郎推理ショーを始めた。相変わらず全く隠れていなかったので吃驚して二度見した。途中、明らかに山村刑事と江戸川さんの視線が交差していたが、それにしては誰にも何も突っ込まれていなかったので多分気のせいだろう。
トリック解明のため山村刑事が危うく溺死させられそうになる場面もあったが、何はともあれ無事に解決した。事件を知らない人には何言ってるんだと思われるかもしれないが、本当にこの通りだった。
江戸川さんは眠りの小五郎役で自由に動けないためか、世良さんが代理でトリックの説明をしたのだが、その後の推理パートもほぼ担当してくれていた。世良さんの長台詞はやっぱり“効く”な……と満足している私とは裏腹に、江戸川さんはちょっとやり辛そうにしていた。
正直、世良さんがいる時は無理に腹話術をせずに任せてしまって良いと思うのだが、やはり探偵は自分で謎を解き明かしたいものなんだろうか。私は探偵じゃないからよくわからない。バーロが単に目立ちたがり屋なだけかもしれない。あいつ言ってること(俺が生きてることがバレるわけにはいかない)とやってること(新聞の一面を飾る)が違うし。
「でも流石眠りの小五郎!あんな見事に解決してくれちゃってもォ……」
散々現場を荒らされた上に死にかけた山村刑事は、すっかり元の口調に戻っていた。警部とは思えない明るさと親しみやすさ、そして軽さを持つ人だと思っていたら、まるで心を読んだかのように山村刑事は私を見た。
「ちなみに、早希子ちゃんは芸能活動を始める予定とかあったりしちゃったりして……」
「特にないですね」
「なぁ〜んだ」
私の気のない返事に山村刑事はがっくり肩を落とす。こいついい加減にしろよ。
[pumps]