どうやら自分は妖怪らしい。
 帷がそのことに気が付いたのは、霊界特別防衛隊との接触がきっかけだった。周囲から『烏様』などと呼ばれて畏れ敬われていた帷は、その当時誰よりも奢侈な生活を送り、身侭な言動と人々を魅了する不思議な瞳のせいで、人間を支配し扇動する危険思想の持ち主として知らぬ間に霊界から目を付けられていたらしい。
 しかし調査のため派遣された特防隊の問い掛けに対して帷が「妖怪?いいえ、私は神です」と答えたことで、特防隊の隊長は帷という妖怪について特記事項に『ただのアホ。無害』と記してエンマ大王に報告した。後に特防隊の隊長は、討伐対象になりながらもアホだからという理由で見逃されたのは長い霊界の歴史の中でも帷くらいのものだろうと語った。
 以後“オレらが出会ったやべー妖怪”の一匹として霊界でもよくネタにされているのだが、帷本人は露知らず、自分は神ではなかったのかと驚きながら人間界で暮らし続けた。帷が烏様と呼ばれ始めて二十年近く経った頃の話である。


「選考会ですか」
 事情により離郷した帷がこの地に腰を据えてから、かれこれ四百年が経とうとしていた。
 初めは何もないただの痩せこけた土地だったが、とある高名な法師が定住したことを切っ掛けに、多くの者が訪れるようになったのがこの寺だ。現代に至るまで幾度も増築や修繕を繰り返した寺の主は、いつの時代からか霊能力者に変わり、その門下生達が共同生活を送る場となっていった。
 最も活気に溢れた頃には五十人ほどが同じ釜の飯を食べていたものだが、今の主である幻海が伴侶を持つことも弟子を持つことも拒否した為、現在この寺に住まうのは帷と幻海だけである。
 二人だけというのも悲しい――などと帷は思わなかった。確かに大勢で住んでいた頃は賑やかで毎日楽しかったが、この広い場所で二人きりというのも静かで悪くない。掃除もそんなに嫌いじゃないし、料理をするのも得意だ。時代が移り変わるにつれ娯楽も増えていき、毎日同じことの繰り返しであろうと退屈はしなかった。この地で生き続けることに何の不満もない。
「あたしも先は長くないからね」
 目の前の老婆がそう言って茶を啜るのを見つめながら、帷は急須を持って暫し考える。
 老い先短い人生で、自らの奥義を継承する弟子を取りたいと幻海は語った。持っていた急須を傾けて中身を自分の湯飲みに注いだ帷は、ようやく意味を理解して首を傾げた。
「幻海ちゃん、まもなく死ぬんですか?」
「あんたいつになったら配慮を覚えるんだい」
 帷の無神経な物言いに、幻海は眉をひそめると茶請けの煎餅を口にした。
 帷は幻海の年齢がまだ一桁の頃から彼女をよく知っていたが、残念ながら目上の者として扱われたことは一度もない。幻海が初めてこの寺の門をくぐったその日から、二人の関係性はずっと変わっていなかった。
 何十年も共に過ごした彼女の死期が近いことを知った帷の心に悲しみや不安は浮かばなかった。人間の寿命が自分より短いのは百も承知で、これまで何度も寺に住まう者の最期を看取ってきた帷は、幻海が死んだ後もこの地で変わらずに生き続けるつもりだ。
 誰か人が来るならその人と暮らせばいいし、誰も来ないならそれでいい。でも嫌な人だったら困るな、と帷がぼんやり考えていると幻海が「弟子は人間とは限らないよ」と、まるで帷の心を読んだかのように呟いた。
「悪党だろうが、権利を得れば奥義を教えるつもりさ。そいつがここに残るかはわからないけど、体得するまではあんたが世話してやんだよ」
「ええ、嫌だ」
 反射的に返した帷は、自分の湯呑を両手で持って続ける。 
「私、妖怪って苦手なんですよ。嫌な奴ばっかり」
 それは幻海が退治してきた妖怪のことでもあるし、帷自身のことでもあった。
「嫌ならあんたが出ていきな」
「でも、この土地って元々私が貰ったものですよ?」
「今はあたしが管理してんだ。何百年も前の口約束なんて無効だよ」
 管理者としての責務を一切果たしていない帷は反論できずに口を尖らせた。座っていた幻海が立ち上がり、部屋の隅に置かれていた甕を取ってくると「それよりこれ。袋に詰めな」と言って顎をしゃくった。
 甕の中身は、帷の親指くらいの大きさで均一に切り揃えられた紙だった。昨夜、二人で歌番組を観ながら切ったものだ。帷が「袋?」と聞き返すと幻海は卓袱台の下から郵便規定よりもずっと小さな封筒の束を取り出し、甕の中から紙を一枚摘むとその封筒に包んだ。
「ほれ見本。残りはあんたの仕事だからね」
「これくす玉に入れるんじゃなかったんですか?」
「誰がそんなこと言ったんだい。クジ引き用だって言ったろ」
 てっきり奥義継承者が決まった後にパーティーでも開くのかと思っていたが違ったらしい。帷は「これ懲役何年ですか?」とぶつくさ文句を言いながらクジを作り続けた。


 選考会当日は見事な晴天であった。
 普段は霊障についての相談者か時々野良犬が迷い込んでくるだけだった寺の敷地内は、総門の向こうが見えなくなるほどの人で埋め尽くされている。特に大々的に宣伝をしていたわけでもないのだが、霊能力者として高名な幻海が弟子を取る話はどういうルートかあっという間に各地へ広がり、帷が想像していたよりもずっと多くの志願者達がこの寺へと集っていた。この賑わいは最早ちょっとしたお祭りだ。
 とはいえ、明らかな冷やかしや待機中に他者と揉め事を起こした志願者は、帷がまっすぐ“目”を見て「帰れ」と“お願い”して帰らせたので、これでも一応減ってはいる。少々勝手をしたが、自分のお願いが通じるような連中はただの人間と変わらないので、幻海も何も言わないだろうと帷は踏んでいた。
 それでも結構な人数が残っていたし、総門をくぐる者はまだまだいる。気が遠くなるほど長い石段を登って、遠路遥々こんな人気のない山奥にある寺へやってくるほどの価値が幻海にはあるのだ。その中に妖怪が混じっていることにも気が付いていたが、帷は無視を決め込み「時間になるまでは出ない」と決めていた幻海に代わり弟子入り志願者達の対応に追われた。
「お茶どうぞ」
「どもっス」
 一人一人にお茶を配っていた帷は紙コップを受け取った上背がある少年の頭を見て、リーゼントってやつだ、知ってる、とこっそり思った。ゴミ捨て場で拾った雑誌に載っていた。ああいうのを不良というのだ。
 初めて本物の不良を目にした帷が微笑みながら「素敵な髪型ですね」と言うとリーゼントの少年は「わかります〜?」と目尻を下げてでれっとした様子で答えた。
 もう少し見ていたかったが、どこからか「お姉ちゃん、こっちにもお茶ちょーだい」と呼ばれてしまったので、帷は「コップのゴミはそこに」と端に置いてあるゴミ袋を指差してからすぐにそちらへ向かう。
 今回集まった者達は、八割方が腕に自信ありといった風貌の男達だった。少なくとも「お姉ちゃん」なんて言われるような者は帷くらいである。休日にも関わらず、どこかの学生服を身に纏う彼女は正直に言って浮いていた。
 幻海に弟子も子供もいない話は周知のことで、何人かの志願者は武道家にも霊能力者にも見えない帷のことを不思議そうに見ていたが、殆どの者は幻海の身の回りの世話をする手伝いか何かだと思っているようだった。

 帷は古めかしい腕時計で時刻を確認した後、一度寺へ戻ると居間に向かって幻海ちゃん、と声をかけた。
「表はいっぱいですよ。よかったら私が密かに練習したギャグでひと沸かししましょうか」
「やめな。あたしが出ていけなくなる」
 間髪を入れず止められ、帷は残念そうに眉を下げた。幻海は帷が滑り倒すに違いないと思っているようだが、帷は今まで機会がなく温め続けたこのギャグを人前で披露したくて仕方がなかった。オンステージをやりたい。
「あんたのギャグはまた今度見てやるから我慢しな」
「じゃ、じゃあ、皆さんの前に出る時にヨッ!日本一ッ!て盛り上げますね」
「あんた焼き鳥にするよ」
 幻海の鋭い眼光に帷は臆することなく、ただひたすら残念そうな顔で「はぁい」と間延びした返事をした。
「そろそろ出るかね」
 言いながら幻海が腰を上げる。帷も黙って後ろに続いた。外に近付くにつれ、ざわざわと騒がしさが増してくる。果たして彼らは静かにしてくれるだろうか。もしかして「皆さんが静かになるまで◯分かかりました」というやつが出来るのだろうか、と帷は密かに胸を弾ませた。やってみたいことがたくさんある。
 しかし幻海が外へ出ようと引き戸に手をかけたと同時に「静粛に!!幻海師範がお見えになられるぞ!!」という男の太い声が響いた。どうやら志願者の一人がいち早く気配を感じ取って声を上げたらしい。
 え……おい、なんだこいつ……、と二人は思ったが、とりあえず自由にさせた。労せず静かになるならありがたい。
 幻海は決して良いとは言えない目つきで志願者達に見定めるような視線をやると「おやまあ、よく集まったもんだね」と大した挨拶もなく本題に入った。
「第一次審査はクジ引きじゃ」

***

『赤い紙が入っていた方は当たりで〜す。幻海師範の側に集まってくださ〜い』
 などと帷は拡声器を使って叫びながら、ざわざわと騒がしい志願者達の間を通り抜ける。
 幻海が用意したクジは手に取った者の霊力に反応して赤く染まる特別製だ。一定の霊力がなければクジは白いまま、つまり外れになる。これで八割方は落ちるだろうというのが幻海の見立てだった。
『外れた人は邪魔なので帰ってくださ〜い』
 帷のその心無い一言にワッと泣き出す者もいたが、彼女は気にせず同じ言葉を繰り返した。帷が任された仕事の中に不合格者への心のケアは入っていなかったからだ。
「当たった奴はついといで。外れたもんはとっとと帰りな」
 幻海がそう言い放ったので帷も重ねて『お帰りはあちらでーす』と総門を示す。拡声器を使う帷に負けないくらいの怒号が響いたのはその直後だ。
 クジのからくりを知らない不合格者が“ただの運で落とされた”と思い騒ぎ出すのは予想できたことだった。騒ぎの中心を見れば、幻海の倍以上はある巨体の二人が、納得いかないと食って掛かっている。
 九州では名の知れた霊能力者だと自称する彼らのその後を見届けるよりも帷は一人でも多くの不合格者を敷地外へと追い出すことに集中した。そのため文句をつけた二人が幻海の霊波動で吹き飛ばされる姿を帷は見ていなかったが、その光景は志願者達にとっては相当衝撃的なものだったらしい。少なくともクジの結果に文句をつける者はいなくなった。
「ほら、ぼさっとしてないでとっととついといで」
 幻海にもう一度促されて当たりクジを引いた合格者達がぞろぞろと移動していく。
 帷もそれに続こうと足を動かすと、すぐ側でボンッ!と何かが破裂するような音が聞こえた。顔を向けると音の出処である黒髪の少年が自身の腕を見ながら「壊れちまった……!」と驚いたような声を出した。何かと思えば腕時計が爆発したらしい。
「そこのあなた、大丈夫ですか?」
「あ?……あ〜〜……平気平気」
 帷が声をかけると振り向いた黒髪の少年は一瞬警戒したような目を向けたが、帷の姿を認めると誤魔化すようにぎこちない笑顔を作ってひらひらと手を振った。よく見ると髪は短いがリーゼントだ。そしてその横には先刻茶を渡した、あの上背があるリーゼントの少年が立っていたので帷は「わあ、ツーペア」と心の中で手を叩いた。今日は不良記念日。


「お姉さん、名前なんて言うんスか」
 幻海を先頭に長い廊下を進んでいる途中、上背があるリーゼントの少年が帷の横に並ぶとこっそり声を掛けてきた。もう一人のリーゼントはその後ろでやたら周囲を窺っている。
 帷は自分の名前を答えた後、別に興味はなかったが形式的に「あなたは?」と相手の名も訊ねた。
「桑原和真!皿屋敷中のNo.1とはオレのことよ」
「へえ〜……?立派な人なんですね」
 皿屋敷中のNo.1という肩書が人間にとってどの程度の影響力を持つものなのかよく分からなかったが、桑原は誇らしげに胸を張っていたので、きっと凄いことなのだろうと思った帷は頷きながらそう返した。
 二人の後ろを歩くリーゼントの片割れが「嘘ついてら」とボソッと呟く。聞こえたらしい桑原は「うるせーな」とひと睨みした後、帷への質問を続けた。
「その制服ってどこのやつ?」
「ええと……確か……第一女子、ですね」
「オイオイ、自分の通ってる学校だろ?」
 胸元の校章を見ながらの曖昧な返答に桑原はやや呆れたように言った。帷は別に通ってない、と言おうとして止めた。自分は第一女子の生徒じゃないとか、この制服はゴミ捨て場で拾ってきただけとか、そんなのは全部言う必要のない余計なことだ。
 そう思った帷はにこりと微笑むだけで何も言わなかった。タイミング良く次の審査を行う部屋へと辿り着いたので帷は「次も頑張ってくださいね」と言い残して列の先頭へ向かった。

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