06
ケンチンこと龍宮寺堅君は小学生の頃からマイキーとつるんでいて、私ともそれなりに長い付き合いらしい。
「助かったと思ったら、まさかそんなオチがつくとはな」
服装も髪型もばっちり決めたエマちゃんの隣でケンチンがお茶を啜る。と思ったら「ぬるっ!」と言い出した。ごめん早くに用意しすぎた。
「というか、ウチは繭君が石段から落ちたことに吃驚だよ。繭君めっちゃ運動神経良いのに」
私があげた最中を頬張りながらエマちゃんが言う。
確かに運動は得意だ。あまりに身軽すぎて小学生の頃、クラスメイトからは『東京に迷い込んだ山猿』『住み処を追われた野性動物』などというシンプルな蔑称で呼ばれていた気がする。
「別に運動神経良くても落ちる時は落ちんだろ。足踏み外したって聞いたぞ」
「ふーん、そうなの繭君?」
「えっ、知らないけど誰情報?」
私が落ちた時のことを覚えていないのに、なんでケンチンが知ってるんだ?
その場にいる全員の目が自然とケンチンに集まるが、彼は特に動じなかった。
「あ?タケミっち情報だよ」
いや、誰?と思ったのは私だけでマイキーもエマちゃんも「ああ」と納得したように頷く。
待って、置いていかないで。納得しないで。私は全然理解してないよ。
圧倒的情報不足に狼狽えていると「そっか繭君知らねえのか」とケンチン(見た目の割にとても親切)が説明してくれた。
「繭君のこと助けてくれたのタケミっちなんだよ。アイツが繭君庇って一緒に落ちて、病院に連れて行ってくれた」
なんと、ここに来て私の命の恩人の名が判明した。病院で名乗らず、私の両親が来る前にそそくさと帰ってしまったという例の男の子は、マイキー達の仲間の『タケミっち君』という子らしい。
「オレらもちゃんとお礼言っといたから」とマイキーが三個目の最中を口に入れる。やばい全部食べられる、と最中の箱を遠ざける。
「私、その子に会いたいんだけどアポ取れる?」
「おう、いいぜ。乗せてってやるよ」
「オレも行く。ケンチン乗せて」
「え〜、じゃあエマも行こうかな。乗せて!」
「遠足じゃねーんだぞ」
元気よく手を上げた佐野兄妹を呆れた様子で窘めるケンチンはやっぱり私より年上に見えた。なんというか、見た目だけでなく中身が成熟している。
話し合いの結果、大勢で押し掛けても迷惑だろうということで、タケミっち君には私とケンチンだけで会いに行くことになった。
ケンチンが早速タケミっち君に連絡を取ってくれる。今からでも良い、と言われたが流石に急すぎるし、手土産も用意したかったので、明日の午後にタケミっち君の家を訪ねる形で纏まった。
その日、私が家に帰ったのは夕食時だった。部屋へ戻ってから、ずっと見ないようにしていた携帯を開くと不在着信が一件。例のカウンセリングの先生からだった。
数秒迷ったが、ドキドキしながら折り返す。何度目かのコール音のあと、通話口から男性の声が聞こえた。
***
翌日、お昼過ぎに家の前まで迎えに来てくれたケンチンからヘルメットを受け取る。被りながらバイクの後ろに乗せてもらうと彼のこめかみにある入れ墨がよく見えた。
「この入れ墨さ……」
「おー、カッケェーだろ?」
「うん。彫る時、痛くなかった?」
「まあ、ちょっと。でもやってみたら案外平気だよ」
「へぇ〜」
ケンチンは外見の割には結構良い人だけど、こうして見るとバリバリの不良なんだなと思った。中学生でこめかみに入れ墨は気合い入りすぎてる。
動き出したバイクの振動を感じながら、そういえばマイキーって墨入ってるのかな、と気になった。
ケンチンの安全運転(多分私を乗せてるから)で辿り着いたのは『花垣』という表札が掛けられたごく普通の一軒家だった。
「よぉ、急にゴメンな、タケミっち」
「ドラケン君!お疲れ様です!!」
家の前には、後ろに手を組んだ不良っぽい男の子がやや緊張した面持ちで立っていて、ケンチンに向かって叫ぶようにそう言うと勢いよく頭を下げた。
金髪のちょっと不良っぽい、私より年下の子。病院で聞いた特徴とも完全に一致している。
「タケミっち君?」
「あ、はい!」
名前を呼ぶと彼の顔がこちらを向く。うん、全然知らない子。
ただ、向こうは私に対して何か思うところがあるのか、こちらを探るような、随分と複雑そうな表情をしていた。気になったが特に触れず、一歩前へ踏み出す。
「先日は、見ず知らずの私を助けてくださって本当にありがとうございました」
そうして深く頭を下げる。
道中ケンチンから聞いた話によると石段の一番上で足を踏み外した私を彼が抱き抱える形で共に落ちたらしい。よく見れば彼の身体にもまだ打撲傷がある。
これ完全に転校生じゃん。よく入れ替わらなかったな私達。
顔を上げるとタケミっち君は見間違いかと思うほどぎょっとした顔をしていたが、すぐに照れたように「オレ、丈夫なんで。気にしないでください」と頭を掻いた。ふ、と口元が緩む。
「タケミっち君は命の恩人です。これ、良ければ食べてください」
潰さないように持ってきた紙袋を差し出すとタケミっち君は「え!いやいやいや!」と手と首を横に振った。
「いいです!オレ、全然大したことしてないし……」
「大したことだよ、私は君のこととても素晴らしい人だと思う」
もう一度頭を下げて感謝の意を伝えると黙って見守っていたケンチンが「素直に受け取っておけ」とアシストしてくれて、ようやくタケミっち君は袋を持ってくれた。この反応を見るに、自己評価の低い子なのかな?と不思議に思った。見ず知らずの女子を助けるなんて大したことだろうに。
ケンチンが満足そうな笑みを浮かべると「やったなタケミっち」と彼の背中を叩く。
「繭君に認められた奴は大物になんぞ」
「あ、アザーっす!!」
名の知れた占い師か何かか私は。
ケンチンによるとタケミっち君は私より二つ年下の中学二年生で、最近マイキー達の仲間になった子らしい。ケンチンがセレクトした愉快な話を聞いていると少ししてから、タケミっち君が意を決したように口を開いた。
「あの、繭君………さん!」
「普通に繭でいいよ」
「繭ちゃ…………さん!」
もう滅茶苦茶だよ。
「あの、……もう大丈夫っすか?」
一瞬、言葉の意味がわからなかった。その時のタケミっち君の顔は、ただ怪我の具合を聞いているようには思えなかったからだ。
「オレ、繭ちゃんさんのこと何も知らないっすけど、もし力が必要なら手伝います」
「……うん?うん、ありがとう」
「パシリに使ってもらっても大丈夫です」
「え?それは大丈夫かな……」
「殴られても平気です」
「落ち着いて……?」
「話し相手にでも、何にでもなります。だから、もっと周りを頼って下さい。もう……」
「…………ん……?」
その時、何とも言い難い妙な空気が漂う。ケンチンも私も凄く微妙な顔をしていた。タケミっち君が今にも泣き出しそうな辛い顔を見せれば見せるほど、私の中で疑念が膨らむ。
全然覚えていないけれど、そもそも何故私は夜中に家から離れた何の所縁もない神社に居たのだろう。元々知り合いでもなんでもなく、待ち合わせもしていないのに、何故そこにタケミっち君がいたのだろう。
彼の話によると事故のようだったが、酔っ払っている訳でもないのに、そんなことが起こり得るのか。
もしかして私は足を踏み外して落ちたのではないのだろうか。
ふと浮かんでくるのは、仏壇に飾られた真一郎君の写真。真一郎君とのメール、二年前で買うのをやめたバイク雑誌、謎のレシート、昨夜電話で話したカウンセリングの先生の声。
心の何処かでやっぱり、と思う自分がいた。