加古の新作炒飯をご馳走になる約束を取り付けた美也子はキーホルダーの捜索を再開するため、一人ラウンジへとやってきた。
一般職員はもちろん学校帰りの隊員達で賑わっており、ちらほら知った顔が見える。休憩やちょっとした作戦会議にも使えるラウンジは、殆どの隊員が本部基地に来れば必ずと言っていいほど訪れる場所だ。
美也子は三日前に座った覚えのある席まで行くと持っていた通学用の鞄をテーブルの上に置き、少し背伸びをして近くにある観葉植物のプランターを覗き込む。日に何度も清掃が入る為、流石に床に転がっているなんてことはないだろうが、死角に落ちている可能性はある。
ここで振り回して、外れて、飛んで行ったのならこの角度で――とキーホルダーの行方について真剣に検証していると背後からこちらに向かって走ってくる大きな足音が聞こえてきた。
「美也子せんぱーい!お疲れさまでーすっ!」
元気の良い挨拶と共に後ろから軽い衝撃を受けて美也子は若干よろける。振り返らずとも犯人が誰なのか分かった彼女は苦笑しながら「お疲れ様」と返して、自身の胴に回された腕に触れた。抱き着いてきたのは那須隊の日浦茜だ。
美也子は狙撃手とはあまり交流が無いが、人懐こく明るい性分の日浦は別だった。美也子が「いつも元気だね」と言うと寄りかかるように背にくっついていた日浦は「それが取り柄なので!」と明るく返した。
「茜〜!走るな、もう!」
そう言ってやってきたのは日浦のチームメイトである熊谷だ。二人で歩いていたのに、日浦は美也子の姿を見つけるなり熊谷を置いて一人で走って行ってしまったらしい。
美也子から離れて「ごめんなさい!」と謝る日浦の頭を軽く小突きながら、熊谷は美也子に「騒がしくてすみません」と困ったように笑った。
「今日は二人だけ?小夜子ちゃんと玲ちゃんは……あっ、玲ちゃんって呼んじゃった」
思わず出てしまった呼び方を誤魔化すように美也子は口元に手をやった。
日頃から世話になっているオペレーターの志岐小夜子はともかく、射手の那須玲は病弱で個人ランク戦にも滅多に顔を出さないため美也子はあまり関わりがなかったのだが、熊谷がいつも『玲』と呼ぶので美也子も彼女に倣って心の中では那須を名前で呼んでいた。
馴れ馴れしいよね、と気恥ずかしそうにする美也子に那須隊の二人は「全然」と目を丸くした。
「別に玲ちゃんで良いと思いますよ?」
「そうそう、絶対喜びますって!」
「そうかな?」
後押しをしてもらった美也子が「じゃあ、玲ちゃん」と照れながら口にすれば、熊谷と日浦は頷きながら「良い感じです」「玲ちゃん呼びいただきました〜!」と拍手をした。
「ウチ今日防衛任務だったんで、もうちょっと早ければ那須先輩達にも会えたんですけどね」
「玲と小夜子、さっき帰っちゃったんですよ」
さっき、というのは20分ほど前のことらしい。その時は東隊の作戦室で(心が)暴れていた美也子は「会いたかったな〜」と残念そうに息を吐いた。
那須は体調の関係であまり長居はできないし、異性が苦手な志岐は半引きこもり状態なので仕事や用事が済むと人目を避けて帰ってしまうため、チームメイトでもオペレーターでもない美也子は中々会うことが出来なかった。
「今度皆で遊びましょうよ!」という日浦の提案に熊谷と共に頷いていた美也子は突然「あっ」と何か思い出したような声を上げた。
不思議そうにする二人に、ちょっと待って、と言うと美也子はテーブルの上に置いていた通学用の鞄からギフトラッピングが施された長方形の小さな箱を取り出した。両手で持ったそれを日浦に差し出す。
「私、7日は用事があって本部に来れないから先に渡しちゃうね」
「えっ?」
「茜ちゃんに誕生日プレゼント買ったの。どうぞ」
「えっ、えええっ!いいんですか!」
もちろん、と美也子は頷いた。今月7日は日浦の誕生日である。朝から大事なキーホルダーの紛失が発覚し予想外のダメージを受けた美也子だったが、元々今日は当日会うことが出来ない日浦に誕生日プレゼントを渡そうと考えていたのだ。
それなりに仲が良いとはいえ、美也子からプレゼントを貰えるとは思っていなかったのか感激したらしい日浦は「どぅ、どぅわ〜」とちょっと癖のある泣き声を披露した。「ちゃんとお礼言いな」と熊谷に肩を叩かれると日浦は受け取ったプレゼントを天に供えるかのように高く掲げながら「ありがとうございます〜!!」と涙声で言う。
美也子自身こんなに喜んでもらえるとは思わなかったので日浦の反応にちょっと驚きつつも「大したものじゃないからね」とはにかんだ。
「当真先輩も誕生日同じなんですよ!知ってます?」
「知ってる知ってる」
「七夕って覚えやすいもんね」
はしゃぐ日浦に「何かあげるんですか?」と聞かれた美也子は、以前コンビニで見掛けて一度食べてみたいと思っていたが勇気が出なかった『味噌ひじき飴』という正気とは思えない謎の飴の存在を思い出し「オススメの飴でも渡そうかな」と答えた。
***
ラウンジを出た美也子は使用した覚えのある簡易休憩所を順番に回っていた。三日前に自販機でアイスを購入した記憶があったので、ゴミ箱や自販機の僅かな隙間に落ちていないか確認していたが、やはり見当たらない。はあ、とため息をつきながら美也子はゴミ箱の裏を覗き込んだ。
「ちょっと美也子先輩、汚れるわよ」
すると後ろから制服の裾をくいっ、と引っ張られる。
振り向けば学校で美也子を置いて帰った人物が不機嫌そうな顔で立っていた。香取ちゃん、と美也子が名前を呼ぶと彼女の数歩後ろには香取隊のオペレーターを務める染井華がいた。
「染井ちゃんもお疲れ様」
「お疲れ様です」
声をかけられた染井は丁寧に頭を下げた。
年の割に達観していて、何が起ころうと冷静に対処できる染井を美也子はひっそり尊敬していた。こと太刀川に関しては湯沸し器より早く怒りが爆発する美也子が染井のような人物になれる日は恐らく来ないだろう。
「ちょーどよかった。先輩アイス奢ってよ」
「葉子、やめなさいよ」
「なによ、ジョーダンだって」
むすっとする香取に代わり、染井が「すみません」と謝る。
二人のやり取りを見ながら美也子は通学用の鞄から財布を取り出すとアイスの自販機にお金を入れた。
「別に良いよ。好きなの押して」
「おっ、ラッキー」
言ってみるもんだわ、と香取は迷うことなくボタンを押した。
「染井ちゃんもどーぞ」と美也子が微笑めば、染井はお礼を言ってからボタンを押した。対称的な二人だな、と美也子は常々思っていた。この二人が大の仲良しというのはちょっと意外な話だったが、お互いの足りない部分を補い合うような良いコンビだと知っていたので、美也子は彼女達の友情を不思議とは思わなかった。
「てか美也子先輩、さっきから何探してんの?」
換装もしないでさ、と香取はアイスを食べながら制服姿の美也子を指差して言った。
美也子は心の中で「まだ何も言ってないのに鋭い」と思ったが、随分前に本部へ到着したにも関わらず換装もせず、個人ランク戦も行わず、ゴミ箱の裏や自販機の隙間を覗く姿を見て、何か探し物をしているのかと香取が疑問に思うのは当然のことである。
本日何度目か分からない状況説明をすると聞いてきた香取は興味無さげに「ドンマイ」と返したが、染井は何か思い当たることがあるのか少し驚いたような目で美也子を見た。
「猫のキーホルダーって、糸目の三毛猫ですか?」
具体的な説明をする前に、染井の口から無くなったキーホルダーの特徴が発せられ、美也子は「え………?」と数秒固まった後「染井ちゃん知ってるの?」と震え声で尋ねた。
「今日学校で古寺君が話してましたよ」
「古寺君が!?」
予想していなかった名前が飛び出し、美也子は困惑した。三輪隊の狙撃手を務める古寺章平は学校も年齢も違う為あまり交流がない。同じ隊の三輪や月見、米屋のことはよく知っているが、古寺の真面目で控えめな性格も相俟って美也子は彼のことを殆ど知らなかった。
「古寺君の荷物に紛れていたそうです。学校でも持ち主を探していたんですけど誰もいなくて困ってました」
「ていうか、なんで先輩のキーホルダーが古寺の荷物に入ってんの?」
香取がもっともな疑問を口にした。その時美也子の頭に浮かんだのは、三日前に月見と米屋と古寺の三人とラウンジで話した時の記憶だ。偶々彼らと遭遇して声をかけられたため同席したのだが、美也子は古寺の隣に座って家の鍵を振り回していたので、その時に鍵から外れて古寺の荷物に紛れ込んでしまったのだろう。
という推測をそのまま話せば、香取は呆れた様子で「先輩椅子も大人しく座れないの?」と食べ終わったアイスの棒をゴミ箱に捨てた。全くもってその通りである。
「古寺君、先に作戦室に寄って行くって言っていたのでまだ落とし物として届けてないんじゃないですか?」
「本当に……!?」
「ほら、美也子先輩急がないと。走れ走れ」
何やら面白そうな気配を感じ取った香取がにやつきながらパンパン、と手を打ち鳴らす。染井が「葉子」と窘めるが、それどころではない美也子は全く気にしていなかった。
古寺君を捕まえないと――美也子は二人に別れを告げると三輪隊の作戦室へ走った。