三上に励まされて美也子がようやく地の底まで落ちたやる気を取り戻すことが出来たのは、切腹騒ぎから約15分後のことだった。
何かと忙しい風間隊の二人に取り乱し、引き止めてしまった事を謝罪をしてから、美也子は蔵内の元へと急いだ。
防衛任務が終わり、ランク戦もない日、となると連絡を取らずとも彼の居場所はある程度見当がつく。美也子が真っ先に訪れたのは王子隊の作戦室だ。
蔵内が暇さえあれば作戦室のトレーニングルームで技術者も驚くほど本格的なトリガーの検証・実験を行っているのは同学年の間では有名な話である。王子もいる可能性が高いので本当は行きたくなかったが、もう仕方がない。
腹を括った彼女は作戦室の前で一度深呼吸をすると目の前の扉を開くべく操作盤へ手を伸ばした。しかし彼女が操作する前に扉が開く。
「おっ、なんだよ。美也子じゃねーか」
なんか用か?と言って現れたのは弓場隊の藤丸だ。想定していなかった人物の登場に美也子は「あれ……作戦室間違えた……?」と若干の不安を抱いたが、藤丸の後方でモニター前のソファーに腰掛けた橘高がこちらに向かって軽く手を振っていることに気が付き、やはりここは王子隊の作戦室で間違いないのだと安堵する。
「お疲れ様です。ちょっと蔵内君に用があって…」
「いねーぞ」
「いないんですか!!?」
「声でけーな」
確信があってここまで来た美也子は蔵内がいないという事実にただ驚き、思わず腹から声を出してしまった。また太刀川に褒められてしまう。
「いないって、そんなことが許されるんですか……!?」
「いや、許してやってくれよ。あいつも悪気ないんだよ」
ぽん、と優しく肩を叩かれ、美也子は力が抜けていくのを感じた。「折角気合い入れて来たのに……」とため息混じりに呟く彼女に、状況が飲み込めない藤丸は「なんだよ気合いって?」と首を傾げた。
「もしかして告白か?お前うちの神田が好きだったんじゃねーの?」
「違いますよ……どこの荒船君がそんなこと言ってるんですか」
「いや犯人わかってんじゃん。冗談だって」
そう明るく笑い飛ばす藤丸の後ろから橘高がやってきて、蔵内は技術開発室へ行っているはずだと美也子に声をかける。
「長く掛からないだろうし、すぐ戻ってくると思うわよ。中で待ってたら?」
「いえ、外で迎え撃ちます」
「迎え撃つ……?」
「お前蔵内に恨みでもあんのか?」
あまりに過激な返答に藤丸と橘高が「二人はもしかして不仲なのでは?」と後輩達の関係について不安に思うのは当然のことだったし、美也子が何かを決意したかのような真っ直ぐな目で「恨みはないけど急ぎなので」と返してきたことも不審感を強く煽った。美也子は言葉選びを完全に間違えていることにまだ気が付いていない。
藤丸は注意すべきか迷ったが、親しい友人である橘高に他人があまり口出しするべきではない、と『目』で止められ「あー…仲良くな」とだけ言っておいた。
「そういえば美也子ちゃん、王子くんには会った?」
「…え?い、いえ……」
橘高の口から発せられた思いがけない問い掛けに、美也子は一瞬固まったが普段から鍛えているのですぐに言葉を返すことが出来た。しかし、どうしてここで王子君の名前が?と動悸が高まっていく。
この胸の内を悟られないよう平静を装いながら「何か、あるんですか?」と尋ねると橘高は「大したことじゃないのよ」と小さく肩を竦めた。
「さっき電話したら王子くん、美也子ちゃんを捜してるって言ってたから気になっちゃって」
大したことじゃないですか!?と言いたくなる気持ちをぐっと堪えて美也子は「へえ、なんだろう〜」と明らかな棒読みで呟いた。
王子が自分を捜しているなんて何ヵ月振りの話だろうか。一年に数回あるかないかの奇跡だ。用件は大抵委員会の連絡事項だったり、防衛任務のシフト確認だったり、まあ、事務的なものが殆どだが、それでも向こうから「捜したよ」と声をかけられると美也子はときめき過ぎて目の端にうっすら涙が滲んでくる。
今日は一体なんだろう。まだ連絡はないけど……と気がついて不思議に思う。いつもならスマホにメッセージなり、着信なりが残っていてもおかしくはないのだが、今日はまだ何もきていない。
美也子の心を読んだように藤丸が「連絡は?」と尋ねてきたので「ないです」と首を振る。
「じゃあ美也子から電話してやれよ。先に王子に会ってけ」
「あ、それはダメなんですって。私もそう言ったんだけど、連絡を取って居場所を知るのは無しってルールでやってるみたい」
「マジかよ、バカだなあいつ」
そこが良いんですよ、と美也子は心の中で相槌を打った。王子は顔が良くて頭が切れるし、社交性があって誰に対しても穏やかだが、マイペースでちょっとズレている。人によっては彼のそういった面が苦手だと感じることもあるだろうが、入隊から四年近く太刀川の相手をしてきた美也子からすれば可愛いものだった。最早ただの長所である。
王子が自分を捜している。その事実に美也子は色んな意味でドキドキしていた。単純に彼と会える嬉しさが半分、キーホルダーの件――正確には王子に対する自分の気持ち――がついにバレたのでは?という恐ろしさが半分。バレた時はいよいよ切腹しかない、と覚悟していた。心持ちは武士である。
美也子は王子のことは一旦置いておき、一先ず蔵内に会いに行くことにした。居場所は分かったし、キーホルダーの捜索が何よりも最優先事項である。
藤丸と橘高に別れを告げ、技術開発室のフロアへと向かう途中、加古と彼女の部下である黒江に遭遇した。加古が「探し物のお供にどうぞ」と黒江の背中を押し出すように叩き、黒江も「お供します」と頷いたので美也子はお言葉に甘えて彼女にも蔵内の確保を手伝ってもらうことにした。
加古隊の黒江とは彼女が仮入隊の頃からの付き合いだ。年が離れているため、物凄く親しい仲ではないが気にかけた分は慕ってくれている。木虎が黒江との接し方に悩んでいるのは恐らく年が近いせいだろうと美也子は勝手に思っていた。
ちょこん、と横に立つ、自分より頭一つ分以上小さい彼女を見ながら、美也子はここまで色んな人達を巻き込んでしまって申し訳ないと猛省した。早く事件を解決しなくては。
その時「来ました」と横の黒江から腕を引かれる。ハッとして顔を上げると蔵内が技術開発室から出てきたところだった。そのままエレベーターホールへ向かう彼を後ろからこっそり追い掛ける。エレベーターの前で立ち止まったところで、美也子と黒江はお互いの顔を見て頷き合った。
「蔵内先輩、手をゆっくり後ろへ回してください」
「蔵内君、そのまま振り向かないで」
「……?黒江と遊佐か?」
突如背後から忍び寄った影に、蔵内は訳もわからずエレベーターの表示階数を見つめた。何の遊びなんだこれは、と考える間もなく「手は後ろに」と注意を受ける。
「蔵内君、従わないと韋駄天が火を噴くよ」
「蔵内先輩、抵抗しないでください」
「何事?」
困惑しつつ二人の言葉通り手を後ろに回すと「容疑者確保」と美也子の声が聞こえてくる。蔵内は心の中で「まあ、遊佐はこういう奴だしな」と納得した。何か新しい刑事ドラマにハマったのだろうか。
丁度エレベーターが到着すると美也子が「よし!」と明るい声を出した。
「手伝ってくれてありがとう双葉ちゃん。もう大丈夫だよ。あとでランク戦しようね」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた黒江は到着したエレベーターに乗り込む。本来そこに乗る予定だった蔵内にも一礼すると扉が閉まって降下していった。
「蔵内君、私が何しにきたか分かるよね?」
「いや……、何かオススメのドラマがあるのか?」
「あるよ、今期の月9。この前終わったけど」
「そうか、DVDで必ず観るよ」
そういうことじゃない。
約束してくれた蔵内に「観なくていいよ…」と美也子は小さく言った。今期の月9は田中が死んだり生き返ったり悪魔になったり人魚が出てきたり守護天使が飲んだくれたり、とんでもない展開が続いて飽きなかったが、冷静に考えて作品の質は良くなかった。次々と脱落者が出ていく中、最後まで生き残った視聴者はボーダーでは美也子と太刀川くらいである。
こんな狂った作品を一話から見続けたら蔵内は発狂して死ぬかもしれない。しかし田中が悪魔化して人魚と幸せになり号泣する彼を見たかったので美也子は「最終回の見逃し配信よろしくね」としっかり宣伝しておいた。