もう長い事ここに座り続けていた。
事の発端は、ある日の学校帰り。
あの日は確か学力テストの最終日で、苦手な生物のテストがあった日でもある。
前日から徹夜で教科書の丸暗記をしたせいでふらふらになっていたのだが、テストが終わる頃には達成感と寝不足特有のふわふわした感覚がごちゃまぜになって、私は誰よりも浮足立っていた。
そんな状態で私は友人達に別れを告げ、一人先に校舎を出たのである。
そして校門から数百メートル離れた交差点に差し掛かり――。
ここで私の記憶は途切れていた。
気付いた時には交差点の信号機に絡み付いた鎖が私の胸に繋がっていて、私はここから動く術を持っていなかったのだ。
大体、先程述べた記憶が本当かどうかも疑わしいものだった。
私が記憶の中で通っていた学校が、この交差点から見えるのだが、そこへ通っている生徒達が着ている制服は、私の着ていたものとは異なっているし、交差点の様相も記憶の中のものとは少し違うようなのだ。
そうやって私は、記憶を辿りながら自らの置かれている状況を理解しようとした。
だが、何度夜がやってきてもその答えは見つからない。
答えが見つからないばかりか、私の姿は誰にも認識されず、私の事を知っている人もいないようだった。
まるで異世界にでも紛れ込んでしまったような気持ちだった。
知っている筈なのに知らない場所。
同じようで違う生き物。
私は此処にいるべきではないのだと、漠然とした気持ちが湧き上がるまで、そう時間はかからなかった。
「そもそも、なんなの……。この鎖。」
これに捕らわれたことが悪いのかと、はじめの頃は引き千切ろうとしていたのだが、素手で鎖を千切ろうなど土台無理な話で、手がぼろぼろになっていくばかりだった。
何もわからない状況で、ここから逃れる手段も一切持たずに、幾度月が満ち欠けしていく様を見ただろう。
そうやって過ごしていく内に、私の心に小さく穴が空いていくようだった。
そんな中で、私が楽しみにしていたことが一つだけあった。
月に一度、五度目の学校のチャイムが鳴る頃に、一人の老婆がやってくるのだ。
仏花を置いたり、少しの菓子を置いて行ったり、何も持ってこない時もある。
私はそれらに触れられないから、彼女が何を置いていくかは別段興味がなかった。ただ、彼女は毎回必ず、少しの近況報告をしていった。
庭の花を枯らしてしまったこと。その代わりに家庭菜園を始めたこと。目の下にシミが増えたこと。そんな他愛のない報告を。
誰かがここで亡くなって、その母親か祖母が供養に来ているのだろうことは、供え物から容易に想像がつく。
だから私に語りかけているわけではない事は、重々理解していた。
理解した上で、それでも私に話しかけてくれているような、そんな錯覚を起こしていた。その程度には、この生活が寂しかった。