Shrot story
02
 前回老婆がここを訪れてから月の満ち欠けを3度繰り返した頃――月は私の時間の流れを知る唯一の方法だ――、季節は秋になっていた。
 金木犀の香りが冬の訪れを予感させ、秋虫の鳴き声が夜の寂しさを助長する。
 私は寂しさから逃れる術すら失っていた。
 日中は彼女が来るかと期待して、夜はただじーっと座って太陽が出るのを待っていた。
 そんなある日の夜、膝を抱えて座っていた私の前に、どこからか黒い袴を身に纏った少年が音もなく降り立った。
 少年の着地にあわせて、白い羽織がひらりと揺れる。
「……お前か。」
 声に驚いて膝にうずめていた顔を上げれば、今度は少年の容姿に驚かされる。
 翡翠色の瞳が零れるんじゃないかと杞憂してしまう程大きな目に、色素の薄い肌や髪。
 月明かりに照らされた少年は、儚げな美しさを持っていた。
「今からお前を魂葬する。」
 そう言って少年は私に向かって一歩二歩と距離を縮める。
「え……。え、ちょっと待って。あなた私が見えるの?」
 突然のことに頭がついていかない私は、手のひらで少年の接近を静止して、慌てて尋ねた。
「ああ。」
「なんで。今まで誰にも――。」
「それは、俺が死神だからだ。」
 そこまで聞いて、私の脳の回転はピタリと止まった。
「死、神……?」
 もう一度少年の姿を頭からつま先まで観察し直す。黒い袴に白い羽織。草履を履いていて、よく見れば背中に日本刀らしきものを背負っている。その姿は私の死神のイメージとはあまりにかけ離れていた。
「死神って、もっとこう黒いローブとか、骸骨とか鎌持ってたりとか……。黒い服と刃物持ってるのしか合ってないよー。」
「知るか。そんなものは人間が勝手に作り上げたイメージだ。」
 私の言葉を聞いた少年は煩わしそうに溜息混じりの返事を寄こす。
「それに、死神って死期が近い人とか、死んだ人の魂を穫ったりするんじゃないの?」
 私の一番の疑問をぶつけると、わずかに少年の眉が動いたような気がした。
「そうだな、多少誤りはあるが大体そんなもんだ。」
 そう言うと、少年は背中の日本刀を抜き取り、私のすぐそばまでやってきた。
 そして一言。
「今日はお前を魂葬――否、死人の魂を冥土に送りに来たんだ。」
 秋虫の鳴き声が、ピタリと止んだ気がした。
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