――コロン
舌先で口の中の飴を転がした。
歯にぶつかって、カツンともコツンとも取れぬ可愛らしい音が鳴る。
「……おいし。」
ポツリと呟くと、スースーとする口内。
だから私は、はっか飴が一番好きなのだ。
「馬鹿野郎。」
背後から突然声が降って来たと思うと、何者かに何かで叩かれた。僅かに鈍い音を挙げる頭部に、慌てて顔を上げる。
「あ、と……。お早う、御座居ます。……隊長。」
。
「ったく……、朝っぱらから仕事しながら菓子食う奴が在るか。馬鹿野郎。」
手には丸めた書類。
眉間には深い皺。
紛れもなく自官の隊長が、私の背後にさも呆れたように立っていた。
「……なんなんですか。さっきから人のこと馬鹿馬鹿って――。」
睨みを効かせてみるものの、そんなものが隊長に効く筈もなく。
「ほら仕事だ。馬鹿」
眉一つ動かさずに、丸めた書類を私に突き出した。
「今日は喉が痛くて、はっか飴舐めてるんです。」
「だからなんだ。いいから早く仕事してくれ。」
一応と言い訳をしてみるが、これも矢張り隊長が聞く筈もなかった。
私が一向に受け取らない書類を軽く振り、早くしろと催促している。
副隊長が全く仕事をしない今、三席である私までサボる事は出来ないのである。
溜め息と共に書類を受け取ると、隊長は「じゃあな」と踵を返した。
「……冴えないなぁ。」
もう一度溜め息を吐き、仕事に取り掛かる。
と、背を向けた隊長は小さく振り向き、
「確かに、声枯れてるな。……無理すんなよ。」
隊長は自席に戻っていった。
……隊長は、優しい。
コロンッ
口の中の飴玉を転がした。
心なしか頬が熱い。
「……熱、かな。」
一人納得し、また、机の上に出来上がった書類の山と向き合う。 こんな量が今日で終わるのかと疑問が湧くばかりだが、何もしなければいつまで経っても終わりは来ないのだと己に言い聞かせ、腕を捲る。
せめて、副隊長がもう少しだけ真面目ならばとさえ思うが、そんな理想は苦笑と共に吐き出した。
そんな私を知ってか知らずか、副隊長は相変わらず煎餅片手に、現世の雑誌に見入っていた。