Shrot story
02



「――ノルマ達成……っと。」

 提出の期限の迫られた書類を終え、まだゆとりのある書類は端に追いやる。
 そして、固まった肩やら首やらをマッサージし、ぬるい茶を一気に飲み干した。

「……つっかれたぁ……。」

 ゆとりのある書類を一瞥するも、一回気を抜いてしまった為、中々やる気になれない。
 こんなことをしているから、毎日が激務なのだろうなと苦笑するが、それでも私の右手は筆を取ろうとはしなかった。
 それどころか、視線は仕事から逃避するように窓へと流れていく。

「あ。」
「……なんだ、丸井。」

 間の抜けた声を発した私に、隊長は不機嫌そうに訊ねた。彼はつくづく部下の一挙一動を見逃さない人だと思う。

「雪、降ってますよ。」

 道理で静かな訳だ。
 外界のあらゆる音を吸収し、静かに、でも、僅かに音を立てながら雪は降り積もっていた。
 止む気配は今のところ皆無だ。

「そうか。」
「いいなぁ。雪兎作りたい。……作りましょうか、隊長?」
「そういう事は、仕事を終わらせてから言え。」
「……冗談なのに……。」

 隊長は呆れたように溜め息。
 その間も書類から目を離す事はない。
 ぐぐっと寄った眉間の皺は、終わらない仕事への苛立ちか、私に対する怒りか、松本副隊長への苛立ちか。

「その皺、いつか取れなくなりますよ。」
「………っ余計な世話だ。いいから、てめえは仕事しろ!」

 私の軽い一言によってぱつんと弾けた隊長の苛立ちが、怒声となって放出された。

「おい、松本! お前はいつまでそこでぐうたらしてれば気が済むんだ!!」
「まあまあ。今日のノルマは達成出来てるんですから。見逃してくださいよー。」
「そのノルマは、一体誰が達成したと思ってやがる!」

 誰かが怒っている場に居合わすのは、決して好きではない。
 だが、怒られている者がものともしていない場合は、少し気が楽だ。
 こうやって、大声を上げる事で少なからずもストレス解消が出来ている隊長と、それを甘んじて受ける副隊長の関係は、端から見ていて、心地の良いものがある――と言っても、ストレスの根源は、その副隊長にあったりするのだが。
 副隊長を怒鳴り続ける隊長を、息抜きついでにぼんやり眺めていると、窓の端に、雪景色には滑稽な程不似合いな漆黒の羽をばたつかせる蝶が映った。

「……あ、隊長ー。地獄蝶ですよ。」

 どうせ聞こえまいと声を潜めて隊長を呼ぶ。
 窓開けると、冷気と僅かな雪をお供に、地獄蝶が室内へと入り込んだ。

「成る程、虚が出たみたいですねえ。」

 今度は隊長に届く声量で、独り言らしく言ってみせた。
 すると、漸く彼の耳に声が届いたのか、或いは冷気によってこちらに注意が向けられたのかは判らないが、一言、いつもより僅かに大きな声で、私に指示を飛ばした。

「悪りぃ。丸井、行って来てくれ。」
「……アイサー。」

 外は銀世界。
 正直行きたくない。
 だが、これは仕事。我が儘など言っていられない。

「では、行って参ります。」

 机の傍らに立て掛けられた斬魄刀を抱え、隊長達に振り向く。
 だが、相変わらず仕事と説教と娯楽に夢中な彼らは、私の事など見向きもしていないようだった。
 僅かな疎外感と、喉の違和感を飲み込んで、心なしかいつもより重たい斬魄刀と共に、私は隊舎を駆け出した。
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