Shrot story
02
「……おい、丸井。」
「ん。」
 誰かに肩を揺さぶられて少しだけ瞼を持ち上げる。
 視界に映る男子の制服に慌てて顔を上げると、私の机の横に立つ日番谷君が、眉間に皺を寄せたまま此方を見下ろしていた。
「……あ、日番谷君かあ。」
 口から漏れた眠気を帯びた声に、私はようやく今まで眠り込んでしまっていたことを知る。
「そろそろチャイム鳴っちまうぞ。」
 寝ぼけてふわふわした頭に、日番谷君の声がぼんやりと響いた。
 彼の声が鼓膜を震わせるたび、私の心は酷く落ち着いた。
 好き。
「えっ。」
 頭の中で無意識に呟いた言葉に驚き、思わず声を上げて上体を起こした。
「5限の間にどっか食いに行こうぜ。」
 そんな私を見下ろして、日番谷君は言った。
「あ、えっと。」
 考えたい事があれこれ思い浮かんで来て、つい目を泳がせながら頭を擦る。
「え、一緒に?」
 擦っていた手を止めて訊ねるが、日番谷君は何も言わずに私を見下ろしている。
 どうやら私が動き出すのを待っているらしいと察して、慌てて前髪の寝癖を直しながら今まで枕にしていたお弁当をさり気なくかばんに突っ込んだ。
「うん。一緒に行こ。」
「じゃあ、行くか。人が戻ってきたら面倒臭えから急ぐぞ。」
 そう言って日番谷君は私の腕を掴んで立ち上がらせると、そのまま歩き出した。
 私は慌ててかばんを引っ掴んで後を追う。
 どこに行くつもりだろうとぼんやり考えながら掴まれた腕を見下ろして、そこから広がっていく彼の体温に思わず口許を押さえた。
 これは彼の熱か私の熱か。頭の先まで広がった熱は、私の身体を赤く染める。
 日番谷君が此方を向かないことを祈りながら、いつものように消えていく世界を感じた。
 私の世界が境界線を無くし、景色が消え、雑況も消えていく。
 その中で、日番谷君ただ一人がはっきりと色を持ち熱を持ち、光を放っている。
  彼の世界には、私が写されているだろうか。
 彼は今、何を思って私の腕を引いているのだろうか。
 ふと顔を上げると、前方を歩く日番谷君が目に入る。
「あ、日番谷君。」
「なんだよ。」
 日番谷君は、此方も向かずに呟いた。
「あのさ。」
「だから、なんだよ。」
「……ううん、また一緒にご飯行こうね。」
「そういうのは帰ってくる時に言う台詞だろ。」
 振り向きもせずにそう言う日番谷君の歩調はさっきよりも少し早い。
 私の腕を掴む手も、心なしか熱くなっていた。
 じんわりと広がっていく熱に心を擽られながら、小さく笑う。
「照れ屋だなぁ、日番谷君は。」
 彼の熱が、私の体を支配する。
 私の世界は、彼の色に染まる。
 彼の世界に、私の色はあるだろうか。
「……うるさい。」
 先程からずっと赤く染まりっぱなしの彼の耳に、私は小さく期待を寄せて笑った。


end

09.10.25
15.10.29 加筆修正

いきなり顔触るのは…と思ってちょっと書き換えました
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