死人。私が、死人。
死んでいる?
「お前は先刻、自分は誰にも見えないと言ったな。それはお前が既に死んでいて、霊体になっていたからだ。」
何も言えない私に、少年は語りかける。
「その胸から伸びた鎖は、魂が肉体から離れた証だ。」
錆びついたブリキ人形のように、震えてカクつく頭を、ゆっくりと下げる。胸の鎖が繋がれていたところが、以前と比べて少しめくれていた。
何だこれは。なんだこれは。
胸に空いた孔が、私の頭を混乱させる。
死んでいるのかどうか実感なんてまるでない。だが、人間でないものになってしまったかもしれないとは、随分前から思っていた。
久しぶりに誰かと会話ができたのに、まさかそんな、私が死んでいたなんて。
と、そこでいつもここを訪れていた老婆のことを思い出す。
「じゃあ魂葬するぞ。」
「ちょっと待って!」
大声に驚いたように、少年は目を見開いた。
「お願い、一つだけ訊かせて。今、西暦何年?」
「……20XX年だ。」
私がテストを受けた年から、20年以上経っている。
そこで全てが合致した。
私はあの日、ここで車にはねられたのだ。
制服が違った生徒がいたのも、私の通っていた学校は制服のデザイン変更が多かったから、20年も経てば別物になっていてもおかしなことはなかった。
そしてここによく訪れていた老婆は、きっと私の母だ。
20年の間、欠かさず毎月私の供養をしに来てくれていたのだ。私が触れないからと興味も示さなかった菓子や花達が、すべて私のために供えられたものだったのだ。
すべてを知り、私はぼろぼろと涙を落とした。思えばここに縛り付けられて、涙したのはこれが初めてだった。
「……お願い。最後にもう一度だけお母さんに会わせて……。」
私の言葉に、少年は難しい顔をして、息を吐く。
「駄目だ。」
こちらを見据えて放たれた言葉は、今までと比べて心なしか冷たかった。
それでも私が食い下がろうとすると、それを察知してか、少年が続けた。
「お前は胸の孔が拡がり始めてる。それが完全に空ききってしまえば、お前は悪霊へと成り下がる。それを阻止するのが俺の――否、死神の仕事だ。」
「私は悪霊になってしまってもいい。それでもし成仏できなくなるのだとしても、そんなのどうだっていいっ。」
言い終えて、息切れしていることに気付く。口を押さえようとすると、指先が震えていて、どうやら私は自分が思っている以上に平静を失っているようだった。
それでも、頭は老婆――私の母のことでいっぱいになっていた。
私は心の隅で彼女が違う人のために祈り、語らいに来ていると思っていた。私のためであったらと思うたび、違うと言い聞かせてきたのだ。
だから最後に、私の為だと理解して、彼女を私の母だと認識して、もう一度だけ彼女の話が聞きたかった。
「――それでお前の母親が死んでも、か?」
手の震えが止まり、今度は固まったように動かなくなった。
なんのことだと聞き返そうとするも、口がぱく。ぱく。と動くだけで、声が出ない。
私が親を殺すわけがないのに、何故か冷や汗が流れる。
「いいか、その胸の孔は心の孔だ。空ききればお前は心を亡くし、耐え難い苦痛に襲われる。そして、その苦痛から逃れるために、生前愛した人間を喰い殺すようになる。」
愛するもの。そう聞いて脳裏に母の顔が浮かぶ。
「まさか……。」
冗談だろうと言いたくても、少年の表情があまりに真面目だったから私はそれ以上何も言えなかった。