Shrot story
01

 彼との会話は、毎晩、バスルームで行われる。
 防水加工を施された携帯電話で、半身浴ついでに、取り留めの無いお喋り。
 顔を見て、キスをして、抱き合いたい。そう思った事は何度も有ったけれど、今では、この日々に慣れてしまったせいか、会いたいと思う事は格段に減った。
 ……私はまだ、あの人を愛しているのだろうか。
「先輩、大丈夫ですか?」
 キーボードを打つ手が止まると、横から可愛らしい声が飛んできた。
 声の主など、見なくても分かる。後輩の、雛森さんだ。
「大丈夫。今度のプレゼンまでまだ余裕有るし。」
「……そういう事じゃないですよ。最近、仕事ばっかりしてませんか。」
 疲れた顔をしている。そう指摘され、私は思わず頬に触れる。
「そ、そう……かな。最近お肌の手入れしてなかったから、老けたのかも……。」
「だから、そういうのじゃなくて……。最近の先輩、見ていて余裕がないんです。」
「よゆう?」
 雛森さんの、言わんとしている事が解らない。
 オウム返しをし、まるで漫画や小説のキャラクターがとるようなリアクションをしたしまった。……少し恥ずかしい。
「先輩、何か悩んでませんか?」
「……。」
 思い当たる節が無い。
 無い筈なのに、私は一瞬息が止まり、瞬きを忘れ、すべての機能を停止させた。
「彼氏と巧くいってないとか?」
「松本先輩……。聞いてたんですね。」
 頭上から降って来た声に、私は顔を上げ、自分でも解る程抑揚のない声を発した。
 しかし、先輩は気にすることも無く、真面目な顔で口を開く。
「確かに、円香は、最近一心不乱に仕事してるわね。……何か、忘れたい事でもあるの?」
 心配をしているのか、ただの興味本位か。先輩の口調からは、何も読み取れない。
「別に、何も。」
 私は、再びキーボードに手を滑らせ、画面に向かった。
 だが、それでも彼女たちは引かない。
「溜めこまないで、言っちゃいなさいよ。」
「……何を言う必要があるんですか。」
 すると、二人は顔を見合わせ、呆れたように息を吐いた。
「私達に言う気が無いならいわなくていいわ。それは、あんたの自由よ。でも、彼氏くらいには、本音言いなさいよ。」
「言ってます。大丈夫です。」
 すると、二人は本当に呆れてしまったようで、もう一つ溜め息を漏らすと、あっという間に私の周りから退散してしまった。
 どうして、私はこうも頭が堅いのか。
 二人は善意から、ああして話しかけてくれたのに。
 ぴたりと手が止まった。
 今までちゃんと見て居た筈の画面をもう一度見ると、そこには誤字だらけの文が綴られている。
「……。」
 バックスペースキーを長押しし、あっという間に白に飲み込まれていく画面を、ただぼんやりと眺めた。

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