空から白い花びらが舞い落ちる。
ひらり、はらりと。
仰向けた掌に音もなく収まり、かと思えば触れる間もなく消えてしまう。
残ったのは払うまでもないただの一雫。
花の面影は既になく、またいずれ空へと還っていくのだろう。それとも今まさに空から地へと還ってきたのだろうか。
儚い花びらが止め処なく降り注ぐ。
肌を刺す程の澄んだ早朝の冷気は容赦なく冬の到来を告げる。昨夜からガタガタと窓を揺らしていた強風は今朝になっても健在らしく、ただでさえ冷たい空気を盛んにかき混ぜてくれていた。
『ご苦労なこと…』
寒さのせいで朝早く目覚めてしまった円香は欠伸を噛み殺しながら筆を走らせていたのだが、未だに窓を煩く叩く風の音に苛立ちは募り。思わずそんな一言が出てしまったというわけである。
「なんか言ったか?」
隊長と二人きりの執務室に、呟きは思ったより大きく響いてしまったようだ。
というのも、サボり癖のある副隊長殿が書類を届けに行ったきり戻らない、ある意味日常的な出来事のせいだった。
『いえ、風が強いなぁと思いまして』
聞き咎められてしまったものを無視するわけにもいかず、トントン、と書類を揃えて見分しながら何でもないことのように言う。
「…そういやそうだな」
そう言って窓の外へと顔を向ける。
『昼頃には止むそうですが』
どこから仕入れたかは知らないが、隊員達から漏れ聞いた情報をそのまま伝える。
「円香、今日空いてるか?」
『可笑しなことを言いますね』
思わず笑ってしまった。
唐突だろうと誰かと約束をしていようとも、円香にとって彼以上に優先されるべき事柄は存在し得ない。
それを知らないはずがないのに、と。
「そうか?」
『ええ、私の指針は貴方ですから』
円香の行動を決定できるのは自分と彼だけ。それほどまでに日番谷冬獅郎という人物を敬愛していた。
『けれど、珍しいこともあったものです』
「何がだ」
『誘っていただけるなど。いったい何度目でしょうか』
付き合ってから随分と経つが、数えるほどしか覚えがない。それは知らず不満となっていたようで、恨みがましく聞こえないよう祈った。
「…悪い」
随分あっさりとした謝罪に、その実デートではなく仕事の話だったのだろうかと勘ぐってしまう。
彼は圧倒的に言葉が少ないから。
『デートで、よろしいんですよね?』
念を押すように言ってみると耳を赤くした彼は背を向けたまま、言わなくても分かんだろと吐き捨てた。