昼休みの頃合いを見計らって現れた副隊長が説教を受けている間、円香はのんびりとお茶を入れていた。
「松本!!どこ行ってやがった!!」
怒鳴った方は喉が渇いているだろう。
怒鳴られた方は渇いていなくてもせがむだろう。
「もうしませんってば〜」
微かに聞こえてくる悲痛な声に騙されてはいけない。既に何十、いや、何百回と繰り返されてきた言葉なのだから。
「お前はそれが何回目だ!!」
「えーと…」
「そういう意味で言ってんじゃねぇ!!」
雷が落ちた。
くわばらくわばら。
室内で落雷に遭うのは御免被りたいものです。
「今度やったら減給だからな!!」
それもまた何度繰り返されたか分からない締めのセリフ。これも含めてコミュニケーションになってしまっているのだから、副隊長が真面目になったら隊長は不完全燃焼のまま日々を過ごすに違いない。
うんうんと一人頷き、お茶汲みもとい避難を終えた。
『お帰りなさい、乱菊さん』
「円香〜」
ガバッと正面から抱きつかれると丁度彼女の腕に首を絞められ、胸の谷間に顔が埋もれる体制となる。
湯呑みを乗せたお盆は左手を離して右手に移動させたため無事だったが、グイグイと押し付けられる胸が苦しくて堪らない。
「松本!!円香を窒息死させる気か!!」
「!?」
隊長の一声でようやく解放された。
「ごめんね!?大丈夫!?」
首を縦に振るだけで精一杯の円香を今だけは心配そうに見つめる副隊長殿。明日になれば、また同じ目に遭うのだろうが。
「どうぞ、お茶です」
冷めてしまわないようにと差し出したのだが、なぜか爆笑されてしまった。
先に自分の身を案じろ、とかなんとか。
何となく気恥ずかしくて、要らないんですねと引っ込めかけたお茶は既に持ち去られていた。
「松本は残業な」
「えー!?」
「えーじゃない。当然だ。サボった分は体で賄わねぇとな」
無意識なのだろうが話の流れを知らない他人が聞いたら、何事かと思われるようなことをサラリと言っている。
それを乱菊さんが聞き流すわけもなく、ここぞとばかりに食い付いた。
「そんな…!!隊長には円香がいるじゃないですか!!二股なんて…不潔です!!」
渾身の演技。
役どころとしては“権力を傘に着た彼女持ちの上司から言い寄られる部下”の図だ。まさに。
シン…と静まり返った執務室。
円香はそっと耳を塞いだ。
「こ…の……大馬鹿野郎ォォ!!」
失言への照れ隠しなのか反省しない部下に再びキレたのか、あるいはそのどちらもなのか、先ほどよりも数倍は大きな雷が落ちた。
「やだ〜、隊長ったら照れちゃって」
この状況で平然と笑っていられる乱菊さんこそが、実は最強なのではと思ってしまう。
「いーい、円香?今のは、俺には円香だけに決まってんだろー!!っていう隊長の叫びよ」
違うだろうと突っ込みたかったが、ここは悪ふざけに乗ってみることにした。
『そう受け取っておきます』
「ねー、たいちょ?」
チラリと視線を移してみると、信じられないものを見るような目で口をパクパクさせている隊長がいた。
違うとも言えないしそうだとも言えない状況。
進退窮まったのか、乱暴に円香の腕を掴んで瞬歩で部屋を飛び出した。
残したサボり魔に仕事を与えることも忘れて。