『ただいま戻りました』
時刻は三時。
昼休みに出て行ったのだから二時間もサボってしまった。
結局、挨拶だけのはずが冬獅郎の家でお昼ご飯までご馳走になってしまい、お茶を飲みながらたっぷりと談笑してきたのだ。
「おかえりぃ」
誰もいなければいないで仕事をこなす“優秀な”副隊長殿には、いつもその能力を遺憾なく発揮していただきたいものである。切実に。
『何も言わず抜け出してすみませんでした』
「いいのよ。隊長が色恋沙汰に積極的なのは、私としても喜ばしいことだもの」
淡い色の笑みを湛えた瞳に全てを見透かすよう。
「それで?ヨかった?」
『〜〜〜違いますっ!!!』
なわけがない。
「何を騒いでんだ」
『冬獅郎、聞いてくだ「たいちょー!!ついに大人の仲間入り、おめでとうございま〜す!!」
「……あ?」
事の顛末を聞き終えて。額には青筋を浮き立たせ、顔は真っ赤という器用な表情の冬獅郎。
「松本ォォォ!!!」
二人は乱菊さんに本日分全ての仕事を押し付けて隊舎を後にした。
冬獅郎の部屋で顔を突き合わせて恥ずかしさが笑いに変わってきた頃、正面で未だ眉間に皺を寄せている冬獅郎を可愛いなどと思ってしまう。
『冬獅郎』
目だけで何だと問い返す。あんな話題の後だったせいで口をきくのも照れくさいのだろうか。
『ありがとう』
「礼を言われるようなことはしてねぇ」
今度は憮然と応える。
本当に無意識なのだとしたらどれだけ鈍感だと憤るところだが、ここでは照れ隠しが見え見えだったので指折り数えて教えて差し上げた。
『冬獅郎が自分だけの場所を教えてくれたこと。大切に思ってるおばあ様に紹介してくれたこと。…私、本当に嬉しかったんです』
そして何より。
『私のこと…冬獅郎は生涯の伴侶と言って下さったじゃないですか』
どれだけ嬉しかったことか。
「………か?」
舞い上がっていたのと、囁きに近い声のせいで言葉を聞き逃してしまった。
『え?』
「俺は…子供か?」
愕然としてすぐに乱菊さんの言葉を思い出す。あれは冬獅郎のコンプレックスを顕著にくすぐってしまうものだったらしく。
浮上していた私とは対照的に沈み込んでいた彼に気付けないとは、恋人失格だ。
『子供ですね』
否定されることを期待していたのだろうと思う。驚きに見開かれた瞳が次の瞬間には床へと落とされた。
『子供でないとご自分で確信していらっしゃるのなら、誰の言葉にも惑う必要はないはずです』
反応を待たずに息だけ継いで続ける。
『けれど乱菊さんの言った大人という表現に、多大な揶揄と偏見が込められていたことも否定できません』
つまり私達の関係は、清いといえば聞こえがいいが愛し合っている者同士としては幼稚なのだと暗に示していたのだ。
不満を感じたことはない。
そういった愛情の形が存在していても、自分の身の上に降りかかっていても構わないと思ってきた。
ああ言いはしたが、お互い子供ではないのだ。だから時と雰囲気に任せるよりないと。
『けれど』
「もう、いい」
いくらか固い声が部屋の中に響き、グイと胸ぐらを掴まれた。いや、掴まれたと判断できた時には既に冬獅郎の顔が目の前にあった。
『……んっ…!?』
重なった唇は触れるだけで即座に離れ、まさか願望が白昼夢を見せたのかと疑ってしまう。
「覚悟しとけよ」
肩を弱く押されて、抗うことはせずに二人重なって畳へと倒れ込んだ。
『最初から』
覚悟など今更する必要はない。
「…んとに、できた女だよ」
羽のように軽く、雪のように淡いキスが唇と体中に降り注ぐなか、円香は今日見た風花を思い出していた。
「愛してる…円香っ…」
『私も…愛してます』
風花のように繊細な
儚い貴方を真綿でくるむ
溶けない体を抱き締めて
熱を感じて目を閉じた
-終-
101029
風見鶏
短篇というには長い…と言っても数ページですが、風見鶏の作品にしては長めになりました。
リクエスト作品を執筆すると何故だか話が伸びる傾向にあるようです。反省。
タイトルが先に決まり、そこに沿う形で書いた割には変更点が少なかったですね。十番隊は概ね素直に進んでくれるので、書きやすくて好きです。乱菊が暴走しがちですが(汗)三番隊が最も変更点が多いというのは私事です。
梅田桜子様。
今回の作品、リクエストいただきましてから完成まで9日も経ってしまいました。
尸魂界で甘というご要望をいただいたはずなのですが…尸魂界ではあるものの流魂街へ移動してみたり、ほんのりギャグテイストが混ざってしまったような気がします。
最後も読者様任せにしており、ぐたぐた感が出ていないことを祈るばかりです。
返品、交換は慎んで承る所存ですので、お気に召されなければご遠慮なく!!
ここまで読んで下さいました円香さま、本当にありがとうございます。
感想などいただければ幸いです。
また次作でお会いできますことを願って…