Shrot story
03
『…え?』

そこには、何もなかった。
だだっ広い短い草の生えただけの平地。

『ここは…?』

わけが分からず説明を求める。
少し待てというように手を上げた冬獅郎におとなしく従った。
青がどこまでも続く澄み渡った空の下、いつの間に風が止んだのか。時折向こうに見える山の方からは、まだ細い音が聞こえていた。

「見ろ」

何がと聞くまでもなかった。
舞ってきたのは白い花。
否。

『風花…ですか』
「ああ。この季節の、特に寒い日に稀に見られる」

降る、などと多くの量ではない。ちらつくとでも表現すれば良いのだろうか。
雪の欠片は気紛れにちらつく。
抜けるように晴れた空と相まって、それは幻想的とも言える光景だった。
円香は雪といえば曇天が当然のものだと思っていた。冬獅郎が氷輪丸を解放した時でさえ、やはり空は曇る。

『美しいものですね…』
「偶然の奇跡だ」

山から吹き下ろす強い風に乗ってくる風花は、当然のことながら気温が高いと溶けて消えてしまう。その風というのも、山から運ばなくてはならないのだから相当な強い風である必要があるそうだ。
加えて果てまで見渡せるほどの晴天であること。
これらが重なった時、初めて風花が見られるのだと。
普段は真面目な冬獅郎が昼日中に抜け出してまで連れてきてくれた理由がようやくわかった。

「今日は運が良かった。半ば賭けだったんだが」
『まあ…』

他には誰一人として知らない場所だと教えられて、円香の胸は熱くなった。
直接的な言葉で貰わなくても、別の形でたくさん貰っているから。

『だから冬獅郎は今のままでいいんです』

寒さに身を寄せ合って二人。
ひらり、はらりと舞う風花に出逢えた奇跡をも感じていた。

『仕事、サボってしまいましたね』
「ああ」
『乱菊さん、どうしていらっしゃるでしょうか』
「…さあな」

手付かずの書類の山など想像するに恐ろしいので、とりあえず頭の片隅に追いやっておくことにした。

「サボりついでに家に寄ってくぞ」

心なしか耳が赤い。
寒さのせいだろうか。

『はい。では私はお先に失礼し「馬鹿。ばーちゃんにお前を紹介すんだよ。帰ってどうする」

頭を下げかけていた私は驚きのあまり、そのままの姿勢で固まってしまった。
紹介、といえば自分とその相手との関係を知らせ、よろしくと仲を取り持つことだが。ここではそういう意味ではない。

『つ、つまり…?』

予想した答えと寸分違わぬ返事に眩暈を覚え、次いで溢れた涙は冬獅郎を驚かせるのに充分な反応だったようだ。
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