Shrot story
01
「じゃあ、行ってきます。」
 お気に入りの茶色いブーツの靴紐を結び直してから、一言、ソファに座って此方に背中を向けていたエドに声を掛けると、案の定、エドは振り向きもせずに「おー。」と気のない返事を寄越した。
 彼は今、錬金術について書かれた小難しい本に夢中なのだ。私はそれについてとやかく言うつもりは無いので、咎める事はない。
 彼にとって、錬金術は生き甲斐なのだ。
 彼から錬金術を取ってしまったら、何も残らないと皆は口を揃えてそう評価する。私は度胸と根性はあるから、それで充分だと思うが。
 ただ、彼の大部分を錬金術が占めていることは確かだったし、私にはそれを奪うことなど出来なかった。
 彼から好きなものを取り上げるようなことはしたくなかったし、多くの人が彼の錬金術の才能を評価し、必要としていたからだ。
 それに何より、私が愛したエドワード・エルリックは、『錬金術を愛する男』だった。
 彼から錬金術が無くなっても、私は彼を愛しているが、彼に錬金術が無ければ、そもそも私は彼を愛さなかっただろう。
 しかし、これから出掛ける恋人と目も合わせてくれないのは、正直面白くはない。
 静かな部屋でパラパラと分厚い本を捲っている彼の背中を、じっと睨む。
「行かないのか?」
 ようやくこちらを向いたエドは、不思議そうに訊ねた。
 その言葉に気が抜けるような、寂しいような感覚を覚えながら、目を細める。
「ううん、行ってくる。何か買ってきてほしいものある?」
「特には無いなあ。」
「そっか、わかった。」
 言い終わらないうちに、エドの視線は再び本へ戻ってしまった。
 私はエドに聞こえないようにため息を吐いて、ドアノブを捻った。
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