目的の市場へ着いてからも、気が付けば溜め息が漏れていた。雑踏に紛れてすぐに掻き消されてしまうから、つい気が緩んで何度も零してしまう。
何となく行列に並ぶ気力が湧かず、あまり客入りの無い店を覗くと、無愛想な初老の店主がこちらを一瞥しただけで、何も言わずに野菜に付いた汚れを払っていた。
商品を見てみると、他の店よりどれも少しずつ高い。
客が入らない理由が、この数十秒で殆どわかった気がする。
すると、なんだか僅かに残っていた気力も完全に消え失せて、他の店を見る気も湧かなくなってしまった。
「あー、このメモに書いてある物が欲しいんですけど……。」
咳払いしながら買い物メモを渡すと、店主は黙ってそれを受け取り、書かれてある物を紙袋に詰めだした。
他の店より高いと言っても、ひどく高いわけでもないし品質には問題は無い。
こんな日もあるだろうとぼんやり考えていると、若い夫婦が、夕食の話をしながら後ろを通り過ぎた。
腕を組みながら楽しそうにしている後ろ姿を眺めていると、不意に不機嫌そうな声を掛けられた。
「お客さん。」
振り向くと、野菜いっぱいの紙袋を抱えた店主がじっとこちらを睨んでいる。
「500センズ。」
「あっ、ごめんなさい。」
私は慌てて財布を開くと、店主に小銭を渡した。
「毎度。」
店主は私に野菜を寄越すと、再び野菜の汚れを払い出した。
店を離れてから、盛大に溜め息を吐く。
なんだかどっと疲れてしまった。
疲れてしまったが、出がけに見た後ろ姿を思い出すと、すぐに家に帰る気になれなかった。