湖に浮かぶ都、レディレイク。水の力を巧みに利用した美しい都だ。ハイランド王国の王都とだけあって、いつも賑わいを見せていた。
レイクピロー高地からやってくる商人キャラバン隊のセキレイの羽や、世界を旅している冒険家に探検家。ありとあらゆる人達が此処、レディレイクに訪れる。
そんな彼等が泊まるのはレディレイクの中央区にある宿屋『シャオルーン』だ。
入ると目の前に受付用のカウンターがあり、左手にバーカウンターと食事用のテーブル、そして椅子が並べられている。暖炉も各部屋に設備され、壁には写真や絵画などが飾られていた。落ち着いた雰囲気で料理も美味しく人気の宿屋だ。
人気の理由は他にもあった。宿屋に住み込みで働いている女の子、エレイン。彼女のヒマワリのような笑顔は癒されると評判だ。そんな彼女は今日も受付対応をしていた。
「いらっしゃいませ、導師様。お部屋の御予約でお間違いないですか?」
「うん、よろしく。六人部屋って空いてるかな?」
「空いておりますが……お連れ様は隣の女性だけですよね?」
エレインはキョロキョロと辺りを見渡すも、導師と淡赤色のセミロングヘアをサイドだけ結んだ活気ある女性しかいない。この女性は確か、セキレイの羽のロゼさんだとエレインは気付く。
ロゼは連れが後から来るから六人部屋と料理も六人分でよろしくと親指を立てて言う。それだけ伝えると導師とロゼは街を見て回るらしく、早々に予約を済ませると扉から出て行った。
エレインは受付名簿に導師であるスレイの名前と六人部屋を予約したことを記す。実のところ、彼等のように後から連れが来るのは良くあることだ。しかし、彼等はそれとは違うのだ。
エレインはまだスレイが聖剣祭で聖剣を抜く前、つまりは導師になる前に宿屋に泊まった日の事を覚えている。キラキラと好奇心のある目で辺りを観察する彼。きっと初めて宿屋に泊まるのかなとエレインは微笑みながらマニュアル通りの挨拶と人数を聞く。するとどうだろうか。彼は人差し指と中指だけを立てて二人と言った。どう見ても周りに連れはいなかったので、きっと後から合流するのだろうと思い、特に何も疑う事もせずにエレインは予約を取った。しかし結局、彼の連れは来ることなく朝を迎えた。
料理はしっかりと二人分を完食していたから大食いさんだったのかなとエレインは自己解決したが、よくよく考えればおかしいだろう。大食いだとしても、その旨を伝えればこちらだってきちんと彼のご飯を大盛りにすることが出来る。
そしてまた次の日も彼は宿屋に来た。どうやら聖剣を抜いて導師となったらしい。
──今までうんともすんとも言わずに誰も抜くことの出来なかった聖剣を彼が?
エレインは驚いた。そして彼は三人部屋を予約したいとまた訳の分からない事を口にする。これ以上深く考えては駄目だとエレインは三人部屋を用意して、三人分の料理を作る。するとどうだろうか。夕食は勿論のこと、朝食もきれいに三人分完食されていた。
来る度に予約する人数が増え、そして今日久し振りにやってきた彼等はついに六人部屋を予約した。
「どうしたんだい、エレイン。唸り声をあげて」
「あ、女将さん。いや、また導師様がいらしたのですが……」
従業員の部屋から出てきた女将はエレインの書いた受付名簿を覗き込む。女将もスレイとロゼがその場の人数に削ぐわない部屋と料理を予約することは知っていたが、六人という数字を見て流石に眉を潜めた。しかし直ぐさま大口を開けて笑い出す。
「アッハッハッハ。これまた増えたねぇ……導師様御一行は。料理の作り甲斐があるってもんよ」
「御一行って……女将さん、不審に思わないのですか?どうみても二人しかいないんですよ?それなのに六人って……」
「エレイン、きっと導師様にしか見えない何かがいるんだよ。ほら、何て言ったけ? 天族?」
天族。人間が見る事の出来ない神や霊、魑魅魍魎等の超常存在の事を畏敬の念を込めてそう呼んでいるのだ。本当に導師様には見えているのかとエレインは信じられないのか、また唸り声をあげた。
「何はともあれ、大事なお客様だよ。しっかりもてなすのがワタシ達の仕事だ。ほら、エレイン。くれぐれもその疑いを持った目と顔を導師様達に向けるんじゃないよ!」
バシバシとエレインの背中を女将は叩いて厨房に向かった。エレインも顔を両手で軽く叩いて気合いを入れ直す。
「(女将さんの言う通りだ。どんなに怪しい人や悪い人が来ても大事なお客様には変わりない。私はシャオルーンに訪れたお客様に安心して落ち着ける場所を提供するんだ)」
エレインは呼び出し鈴をカウンターに置いて今日泊まるお客様の部屋を用意しにいく。日光干ししたふかふかの布団に清潔なシーツを被せ、テーブルにはお茶請けのお菓子や果物を準備する。これから夜にかけて忙しくなりそうだと忙しなく動くエレイン。そんなエレインを見ている天族がいることを彼女は知らない。