Epilogue





「……全く、君は。こんなベンチで無防備に寝て。今は天族を見る事が出来る人間も増えて来ているというのに」

「ん……師匠?」

 呆れたような、それでいてどこか優しげな声色。レディレイクのベンチで凄く長くて懐かしい夢を見ていた気がする少女は頭を撫でられた感触で目を覚ます。彼女と同じ銀髪を後ろで高くポーニーテールにした美青年は彼女の師匠である。彼女が水の天族として生まれて一緒に各地を回っていた育ての親元を離れ、一人で前世の記憶探しをしている最中に出会ったのだ。親切にしてくれていたのはどうしてかとずっと思っていた。なるほど……と、少女は全てを思い出した。


 何故ずっと忘れていたのか。否、忘れていたのは当然といえば当然である。天族として転生した人間が前世を覚えているなんて事例を彼女は師匠に教えてもらったことがない。それでも確かに思い出したのだ。ここ、レディレイクの宿屋で働いている人間だったこと。そしてそこで種族の違う彼に恋をしたことを。

「エレイン?!っどうしたんだ。いきなり泣くなんて。怖い夢でも見たのか!」

 わたわたと慌てる師匠に言われてエレインは自分が泣いていることに気付いた。レディレイクのあの事件は間違いなく怖い夢だった。だが、それこそ彼女が思い出したかったもう一つの記憶だ。その人生は決して恵まれたとは言えないかもしれない。親の顔も知らず、若くして不運にも瓦礫に埋もれて腹部に木片が刺さって死ぬなんて。けれども彼女にとって大切な感情を知ることが出来たのだ。

「ミクリオ様っ」

「っ?! ……その呼ばれ方は久しぶりだ」

「ごめんなさいっ。私っ。ずっと思い出せなくてっ。私がずっと探していた記憶……。思い出しました」

「ああ」

「あのっ! ミクリオ様はまだ私のことを好きでいて下さっていますか!?」

 なんて質問をしてしまったんだとエレインは顔を赤く染める。彼が好きだったのは前世の自分で、今生の自分はただの師弟関係に過ぎないのではないか。なによりこんな美青年だ。彼女の1人や2人居てもおかしくない。どんどんエレインは悪い方向に考えてしまう。

「約束しただろう。絶対に見つけ出すって。僕のことを忘れていてもまた好きになってもらうって。……で、その反応からすると、これは僕の勝ちかな?」

「か、勝ち負けとかはなかった筈です! 何も賭けてないです! 絶対に!」

「そうだったか? また僕のことを好きになってくれたらキスしてくれるんじゃなかったかのか」

「きっきききす?! 絶対嘘です!」

 そんな覚えはないと手をぶんぶんと振ってテンパるエレインをミクリオは笑う。あれから数百年という年月を生きた彼は以前より随分大人になって余裕が出来た。勿論、彼女に近寄る男において余裕がないのは相変わらずであるが。

「エレインが好きだよ。前は先を越されてしまったからね。今回は僕からきちんと言いたかったんだ。」

「わ、私も好きです!」

「知ってる。でも僕は愛してるけどね」

「なっ?! 私だってその……」

 もごもごと続く言葉を濁しているエレインを見てミクリオは微笑む。ミクリオは彼女が記憶を戻さなくても自分の隣にいてくれさえすれば良いとも思っていた。それが記憶を戻した彼女を見た途端このざまである。彼女からの愛の言葉が欲しくて、肌に触れたいし、その美味しそうな唇に喰らいつきたくて。欲深くなってしまうのだ。

「まぁ、今回は災厄の時代でもないし、エレインも天族だし……。なにより長期戦は慣れてる。ゆっくりでいいかな」

「……?」

「つまり、これからもよろしく頼むよエレイン」

「はいっ。勿論です!」

 エレインは彼に差し出された左手に右手を添えてベンチから立ち上がる。そのまま自然と指を絡め、恋人繋ぎへと変わった。エレインはチラチラと視線をミクリオに向けてしまう。偶に合う視線が気恥ずかしくて俯けば繋がれた手にぎゅっと力が込められる。天族を認知出来るレディレイクの住民はそんな初々しい二人のやりとりを暖かい目で見ていたのだった。
 




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