誰かに呼ばれている気がした。その声はとても必死で、そして悲しそうだ。どうしてそんな風に私の名前を呼んでいるのか分からない。けれども目を覚まさなければいけないと思った。
「っ……」
「エレイン!」
重たい瞼を気合いで押し上げ、最初に目に映ったのはなんとも顔の整った美少年の悲痛な表情だった。青みがかった銀色の髪に白い肌。綺麗な紫色の瞳。人間離れしたその美少年を私は知らない。それなのに彼は私の名前を知っている。
「もう目が覚めないかとっ。上位回復術を使っても全然腹部の傷が治らないからっ」
彼の言っていることが直ぐに理解出来なかった。腹部の傷とはなんのことだ。そんな怪我をした覚えはない。私を誰かと勘違いしているのではないかと目覚めたばかりの低下した脳で考えていれば、お腹がじんわりと熱を持ち始め、先程は何も感じていなかったのが嘘かのように激痛が走った。
「っ?!何がっ……」
「……その様子だと記憶が飛んでいるようだね」
無理もないか、と彼は私に起きたことを教えてくれた。その間も杖から出る淡い光を私のお腹にあて続けていた。気付かなかったがその場所に感じる異物感。もぞもぞと手を動かせば自身のお腹に何かが刺さっている。本来あるべきものではない何かが。
「レディレイクをドラゴンが襲ったんだ。僕は女将さんから聞いたんだが、エレインは倒壊した宿屋の下敷きになったらしい。……その時に木が刺さったんだろう。無理矢理抜かないほうがいいと思ってそのまま治療している。間に合わなくてすまないっ。もっと早く僕たちがレディレイクに着いていたらこんなっ」
冷静さを徐々に失っていく美少年の目からはついに涙が溢れ始めた。それを他人事のように綺麗だなと思ってしまう。彼を見ればわかる。私の状態は良くないんだろう。自分自身これはもう手遅れではないかと思う。死が間近なのに些か客観的過ぎるが。
それにしても、本当に彼は誰なのだろうか。女将さんの知り合いか、宿屋のお客様か、必死に私の治療を諦めていない彼をぼーっと見つめる。泣き顔も綺麗とか狡い。声も美声だ。ミクリオ様の声にそっくりである。……いや、そんな筈はない。まさかこの美少年はミクリオ様とかそんな筈は。私の知っているミクリオ様は丸くて青い球体である。私は霊応力がスレイ様やロゼさんのように高くない。だからこの美少年はミクリオ様ではないと決めつけていた。
「……もしかして、ミクリオ様ですか?」
彼の白い頬に手を伸ばせばピクリと反応した。本当にミクリオ様なのか。私の手に彼の手が添えられる。その温もりも感じられた。確かに見えるし、触れる。
「最後に……ミクリオ様のお顔を拝見出来て良かったです」
「っ!」
段々と霞んでいく視界、お腹の痛みももはや麻痺してた。これはそろそろ限界かもしれない。極限状態で霊応力が高まったのは神様の最後のプレゼントだろうか。有り難く受け取る。私はまだ自分の気持ちを彼に伝えていない。このまま死んじゃうなんて後悔する。
「好きですっ!ミクリオ様のことをお慕い申しておりますっ」
ミクリオ様からしたら今から死に逝く女に告白されても困るだけだと分かってる。それでも伝えたかった。
沈黙している彼の目を見るのが怖くて目を逸らしてしまう。すると、突然抱き締められた。
「僕もエレインが好きだ。ずっと、君が僕の存在を知る前から好きだった。こういうのは普通男の僕から言うものだろう? 先を越されてしまったな」
「それは……すみません……。どうしても……言わなければと思って。」
でも同じ気持ちで嬉しいですと笑えば僕もと返してくれた。夢みたいだ。意識がふわふわとしている。
「私……もし生まれ変われたらまたミクリオ様に恋したいです……」
「っ……ああ」
「前世の記憶なんて思い出せないかもせれないけどっ……それでもまた絶対っ……」
「待つよ。天族の寿命は長いんだ。絶対エレインを見つけ出すから。例えエレインが僕のことを忘れていてもまた好きになってもらえるような男になって待ってる。災厄の時代もスレイ達と終わらせておくよ」
「それは……頼もしいですね。安心して眠れそうです」
本当に生まれ変われる確証なんてない。生まれ変われたとしても犬猫といった愛玩動物かもしれない。……それはそれでミクリオ様のお供になろうか。出来れば彼と同じ天族になりたいけれど。
次第に重くなる瞼。喋る気力もない。最後に彼が耳元で囁いた5文字の言葉に頬が緩んだ。眠る前に確かに唇に温もりを感じた……――。