(本編後:恋人になってからの2人のお話)
師弟という関係から一変、晴れてまた恋人同士になった私とミクリオ様。空気が甘い。甘過ぎる。ミクリオ様ってこんなにぐいぐい来る御方だったっけと思うくらいには。
私の知っているミクリオ様は師匠として優しく、極稀に厳しく天響術を御指導してくれる頼れる水の天族の先輩。そして前世の記憶が戻ってからはそこによく仲間に揶揄われちゃう、弄られキャラがプラスされた。
至って硬派なタイプだと認識していたのだが……。隙あらば私の腰に腕を回して密着してくる。正直とても恥ずかしい。
勿論最初は街中で手を繋いでいるのを見られるだけでお互いパッと離したりしていた。人前ではやめようと私たちの中で決めたのだ。しかしそれが数日前に裏目に出てしまった。
「あ、これ可愛いです……」
職人の街であるラストンベルに立ち寄った際のことだ。広場には出店が沢山あって、流石は職人の街と言うべきか、武器や防具以外にも装飾品や小物なども充実していた。そしてその中に私が目を惹くものがあった。
青いサテンリボンの真ん中に光輝くパールとビジューがあしらわれた豪華なバレッタだ。食い入るように見ていれば後ろから伸びて来た白い手にそれが奪われる。自分の物でもないのに奪われるという言い方はあれだが、あっと思わず声が漏れてしまう。
「目を離すと直ぐに何処かへ行ってしまう。これが欲しいのかい? 確かにエレインに似合いそうだ」
バレッタを手に取ったのはミクリオ様だった。彼は私の髪にバレッタを当てがい、ふむと頷く。そうして懐から財布を出した彼を慌てて私は止めた。
「ミクリオ様! そんなっ駄目ですよ! 無駄な出費は!」
「無駄じゃないだろう。エレインが欲しがってるんだから」
駄目だ。話が通じない。私が足を止めてしまったせいで出費が。お金は無限にある訳ではない。節約はとても大事だ。髪留めは既に何個か持っているので絶対買わなければいけないものではないのに。せめて人間の店主が私達のことを見えてませんようにと願ったが、神はミクリオ様を味方した。
「おじさん、これを一つ買いたい」
「はい、毎度ありー」
「ちょっ」
あっという間にミクリオ様の手に握られていたお金が店主に渡り、代わりにバレッタが再度ミクリオ様の手におさまる。ミクリオ様は直ぐに私の髪を纏めてそのバレッタで留める。似合っているとにこやかに笑う彼を見て無駄な出費がとはもう言えない。それよりも照れ臭くて恥ずかしい。
御礼と大切にしますとハニカミながら言えば、そんな私達のやり取りを間近で見ていた店主から思わぬ爆弾を落とされた。
「いやぁ〜。仲の良い天族の兄妹だね」
その言葉は場を凍らせる凶器だった。フリーズランサーやアイスシアーズを放った訳でもないのに寒い。ミクリオ様の口角と眉がぴくりと動いている。笑顔なのに怖すぎるだろう。
「……僕の聞き間違いかな。どう見ても仲の良い恋人の間違いだ」
「ええ?! そうだったのかい?! ゴメンゴメン。てっきり兄妹かと……」
私は思わず店主さんに空気を読めと言いそうになった。そこは確実に話を合わせるべき箇所だったのに。てっきり兄妹かと思ったということはイコール全然恋仲に見えないと言ってるも同然だ。
一気に機嫌を悪くしたミクリオ様は私の手を掴んで歩き出す。半ば引き摺られながら私は不機嫌極まりない彼をどうすればいいんだと店主を恨めしく思った。
天族に生まれ変わり、ミクリオ様と同じ髪色になったので兄妹と間違えられてもおかしくはない。実際、こう間違えられることは私が前世の記憶を思い出す前もあった。その頃も困ったような顔を浮かべていたのが気になっていたが、今はその比じゃない。なんと声を掛ければ良いのか悩んでいれば、不幸とは続くものだ。今度は変な二人組に絡まれた。
「そこの美人な彼女と可愛い彼女〜。今暇? 暇だったら一緒にお茶しようよ」
「…………」
「美人なお嬢さ〜ん? 聞いてる?」
「ああ、あのっ。ミクリオ様は……」
「……僕は男だ」
明らかに女性にしては低い声でミクリオ様がそう言えば男性二人は目を丸くして驚いていた。暫し残念そうな顔をしていた彼等は何を思ったのか、標的を私一人に変えてきたのだ。
「なるほど、兄妹だったのね。じゃあお兄さん、妹さんちょっとお借りしてもいいかな?」
「妹ちゃんもそんな青褪めた顔しないで。大丈夫大丈夫。カフェでお茶するだけだから」
ね、と一人がミクリオ様を説得しようと試み、もう一人は私の肩を抱いてカフェへと促す。馴れ馴れしい態度は確かに気持ち悪いが、今私が青褪めているのは別の案件だ。もうこれ以上ミクリオ様を怒らせないで下さいと言いたい。恐る恐る彼の顔を見ればそこには般若がいた。杖を出した所を確認して私はナンパ二人組の未来を悟った。
それからだ。ミクリオ様が人前でも恋人オーラをオープンにし始めたのは。兄妹のきの字が出ようものなら負の感情を見せ睨みつける。
ミクリオ様が全面に恋人ですと主張し始めた甲斐もあって、最近では兄妹に間違えられない。周りがきちんと恋人と認識してくれるからミクリオ様の機嫌は頗る良い。対する私はまだまだ気恥ずかしいのだが。
「ミクリオ様っ。あのっ」
「それ、呼び方。直してって言っただろう?」
今現在、ペンドラゴの宿屋でミクリオ様に後ろからぎゅっと抱き締められている私。最初は目を左右に泳がせて彼の腕の中で固まっていたのだが、私のうなじに顔を擦り寄せて来たり、耳を甘噛みされてもう我慢出来なくなって抗議の声を上げれば彼の綺麗な人差し指が私の唇に待ったをかける。
そうなのだ。ミクリオ様から再三呼び方を改めてくれと頼まれていた。師匠や様付けで呼んでいたから慣れない。けれども呼ばなければこの恥ずかしい悪戯が続きそうだ。
「み、ミクリオ……さん」
「よく出来ました」
褒め言葉に次いで唇にキスをされた。驚いて目を閉じず呆けてしまう。カチコチに静止していればミクリオ様……否、ミクリオさんが離れて舌舐めずりをしていた。それが妙に色っぽくて私の頬は茹蛸状態だ。
獲物を狙うかのような鋭い目がもう一回と訴えかけている気がする。両手でバツ印を作り、ギブアップを提示するもその手を引き寄せられて唇を塞がれる。啄むようなキスの嵐にくらくらした。それでもまだ足りないとばかりに喰らいついて来たので思わず平手打ちを繰り出してしまう。
その日は左頬に綺麗な紅葉マークをつけたミクリオさんの機嫌を直すのに精一杯だった。