蒼との邂逅





(本編後:転生したエレインがミクリオに出会うまで)





真っ暗な世界に蒼が灯る。



 それが物心ついた頃からエレインが定期的に見るようになった記憶巡りの夢が始まる合図。勿論エレインが勝手にそう思っているだけで、実際にそうなのかは分からない。それこそ幼少期はこの夢がエレインの前世の記憶であると疑うなんてことはなかった。単にそこまで考えられる程大人ではなかったのであるが。
 次第に現実的になっていく夢は追体験しているようで、それでいてどこか懐かしくエレインは感じた。

 一体今日はどんな記憶を見せてくれるのか。昨日はどこか覚束ない様子で低飛行していた球体。残念ながら昨日の夢の記憶はそこまでだ。続きがあった筈なのに妙な懐かしさがあったという事しか覚えていないので、恐らく今日見る夢の内容も目が覚めたら高確率で忘れてしまうのだろう。

 この日の球体は何だか少し忙しない。チカチカ点滅を繰り返したソレは次第に形を変える。近くに居るはずなのにぼやけてはっきりと見えないが、色知覚からして自分と同じ天族か人間の男の子だろう。
 

 場面はいつのまにか黒から緑に変わっていた。緑豊な高地の大きな滝の側で釣りをしている男女。その情景はやはりエレインの記憶の最奥に眠っている……、絶対そうに違いない。でなければこんなに既視感を覚えないだろう。
空から降ってきた魚を嬉しそうに少年へと見せびらかしている亜麻色髪の少女。本当に楽しそうだ。

 『エレイン……』

 優しげにそう呼ぶ少年は誰なのか。知っている筈なのに知らない。早く思い出したいと思っている自分と、思い出しては駄目と塞き止める自分がいる。

『絶対に君を見つけ出すよ。……例え君が僕のことを忘れていても』

『エレイン、     =x




「待って!」

 伸ばした左腕は虚空を掴んだだけだった。そうして唐突に夢から覚めた事をエレインは知る。自分が何故腕を伸ばしていたのか、何を止めようとしていたのか。やはり今日の夢の内容も全く覚えていない。僅かに残っていたのはきゅっと胸が締め付けられる感覚と頬に伝った涙痕だけ。

「今日の夢もハズレ……」

 幼少期よりも頻繁に見るようになった前世の夢は、登場人物の姿や声を忘れていてもどこで何をしていたかは覚えていることもある。尤もここ最近は姿や声は愚か、内容すらサッパリなのでエレインは酷く落ち込んでいた。

 エレインは天族だ。天族の中でも人間と同じような姿をしている水の天族。育て親は腕っ節の強い人間の女性で、商人キャラバン隊であるセキレイの羽の頭領。ヴァーグラン森林を経由して職人の街、ラストンベルに向かう途中に彼女は偶然その森林の地脈から生まれたエレインを拾ったのだ。初めのうちは驚きの連続だったとエレインは後から頭領に聞かされた。何せ頭領以外、エレインを認知出来なかったのだから、と。

 彼女は頭領に本当に感謝していた。かつて災禍の時代と呼ばれていた頃より遥かに平和になったと言われているこの世界。人間と天族が手を取り合って過ごしているだなんて昔の皆が聞いたら驚くのだろう。
それこそ文献には遥か昔、天族が聖隷と呼ばれていた頃、聖隷は人間の道具であったと記されていた。今の時代を生きるエレインにとっては全然想像が付かない。現に人間である頭領は天族であるエレインを邪険にせず育ててくれた。
どんなに平和になったとしても人間には必ず負の感情がある。憎しみや悲しみ、怒り……そういった感情から生み出される憑魔は生まれたばかりであるエレインでは当然太刀打ちなんて出来ず、頭領がいなければ最悪の場合、死に至っていた。

 そんな頭領とセキレイの羽のメンバーとして世界をまわりながら前世の記憶も探していたエレインは一年程前から頭領のもとを離れ、一人旅を始めた。女性の一人旅は危ないと渋られたが、何とか説得して今に至る。
昨日は憑魔に対して不慣れな天響術を暴発させてしまい、自らも頭から盛大に水を被るという大失態を犯した。いくら天族が人間より丈夫で高い治癒能力を持っていたとしても油断は禁物だ。そういった訳で丁度近くにローランス帝国の首都があったので、ペンドラゴの宿屋『ギリオーヌ』に一泊したのであった。

「困ったわ……」

「おはようございます。どうかされたのですか?」

 身支度を終えたエレインがチェックアウトを済ませようと受付に赴けばこの宿屋の女将が腕を組んで唸り声を上げていた。今の時代、商売をしている大半の人間は天族を認識出来る。天族を認識出来るか否かで売り上げの差がつく。ここの女将も勿論天族を認識出来る人間なので昨日も快くエレインを泊まらせてくれた。

「ああ、天族のお嬢さん。昨日は良く眠れたかしら?」

「お陰様で。夕飯のドラゴ鍋も美味しかったです」

 睡眠に関しては例の夢のせいもあっていつも快眠とはいかない。それは個人的な問題なのでそれとなく当たり障りのない返答をする。そもそも天族に睡眠は必要ないし、食事も摂る必要がないのであるが、エレインは生まれた時から人間に囲まれて育ったので見様見真似で睡眠と食事をとっていた。習慣付いたそれは今や彼女の嗜好でもある。

「それで、一体どうされたのです?」

「ああ、実は受付担当の従業員が熱を出してしまってね……。私も今日は外せない会議があって困っていたところなの。息子に頼もうとは思っていたのだけれど、あの子だけだと不安で……」

「あの……役に立つか分かりませんが、私も一緒に受付の仕事をしましょうか?天族なので一人では無理ですが」
 
「本当に?お客さんに頼むのは申し訳ないのだけれど……」

 特に急ぎの用はないので大丈夫だとエレインが告げれば、女将は本当に申し訳なさそうな顔で宜しく頼むと頭を下げた。

 エレインが着ていた天族の衣装は少々華美だったので予備として持ち歩いているセキレイの羽の隊服に着替えた。仕事内容を女将から教わったエレインは早速受付へと立ったのだが……隣にいる例の息子さんが仕事をせずに話しかけてくるので困っていた。

「仕事なんて放っといて食事なんてどう?どうせ朝早くから宿屋を利用する客なんて殆どいねぇよ。昨日泊まった客の対応終わったら遊びに行こうぜ」

「えっと………、困ります。私は貴方のお母様から受付を任されているので仕事を放棄するなんて出来ません」

「そんな固いこと言わずにさぁ」

 成る程、これは女将さんも不安になる筈だとエレインは身を持って実感した。隙あらば肩や腰に手を回して来ようとするので正直気持ちの良いものではない。さりげなく躱していたが、そろそろ強めに注意したほうがと思ったその時、宿屋の扉が開いたので気持ちを切り替える。

「いらっしゃいませ。お部屋の御予約ですか?」

「一人部屋を頼みたいのだけれど……?!」

 目線を下ろし、懐からお財布を取りながらやって来たのはとても綺麗な天族だった。人間とはオーラが違うので直ぐに天族であると気づいたが、本当に自分と同族であるのかと疑うくらいに美しかった。声質からして男性のようだけれど、女性である自分より女性らしいのではとエレインは思った。それくらい眉目秀麗な青年だった。
 そんな青年はエレインと目線を合わせた瞬間固まってしまった。そして宝石のアメトリンのような瞳から突然一筋の涙が溢れたので一体どうしたのかとエレインは慌てる。気づかぬうちに自分か隣の彼が何か粗末な態度を取ってしまったのかと。そうして自分の横を見てみるが、美人は美人でも男性には興味のないらしい女将の息子は見境いがないのか、今度はチェックアウトしに来た人間の女性を口説いていた。もはやエレインは呆れてものが言えなかった。

「取り乱してしまってすまない。僕としたことが油断をしていた」

「えっと……よく分かりませんが、何ともないようなら良かったです?」

「本当に気にしないでくれ。僕はミクリオ。水の天族だ。世界の遺跡をまわって旅をしている。見たところ君も天族のようだけれど」

「あ、はい。水の天族です。初めまして、エレインって言います。普段は私も旅をしているのですが、訳あって今日は代理で働いているんです」

「……初めまして、エレイン。これからよろしく」

 初めましてと言った彼の顔はどこか寂しそうで、名前を呼ばれたエレインもきゅっと胸が苦しくなった。それと同時にポカポカと暖かくもなったので矛盾した気持ちに困惑する。


 これが後にエレインの師匠となる彼との出会い。そして彼が自分にとって師匠よりももっと大切な存在であるとエレインが気付くのはまだ少し先のお話……。




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